第1話 未練

文字数 1,432文字

未練がましいが、俺は出来ることなら未希を手放したくはなかった。未希を愛していたからそうしたなんて言いたくはない。でも未希の幸せを考えてそうした。俺は未希を幸せにしてやれないと思ったからだ。だから、それ以後は未希と会わない覚悟をしていた。

未希から会いたいと連絡があっても、その都度、仕事で都合がつかないと断っていた。何回かそれを繰り返すと、未希も諦めたのか、俺の気持ちを察したのか、連絡をしてこなくなった。寂しさもあったが、これで未希を忘れられると思った。

未希が俺の元を去ってから1年が過ぎたころ、結婚式の招待状が届いた。未希は21歳になっていたが、こんなに早く結婚するとは思ってもみなかった。俺の元を去って寂しかったのかとも思った。そして、もう未希は俺の手の届かないところへ行ってしまったと諦めがついた。

式には出る気がしなかったので欠席のはがきを返送した。その代わりにきっと貯金も多くないから何かの足しになるだろうと結婚祝を10万円送った。未希から洋菓子の詰め合わせと共に返礼の手紙が届いた。「お祝いをありがとう」とだけ書いてあった。

未希の結婚を知ってから、何かが吹っ切れた。これで俺の手から完全に離れて遠いところへ行ったと思ったら、気が楽になった。圧し掛かっていたものが取り除かれたような気がした。

ここのところ、以前のように月2回位は格安の風俗店に通うようになっている。生気がよみがえってきたと言うか、元のようにできるようになった。ただ、今の暮らしは未希と出会う昔に戻っただけだ。

仕事も無難にこなしている。室長から、来た時よりも角が取れて随分丸くなったと言われた。それもあってか、4月に次長に昇進させてくれた。前の次長の山村さんが急に異動になったからだ。ここへ来た時には何も分からなかった俺を丁寧に指導してくれた良い人だった。

大体、このお客様相談室のメンバーは一癖あると言うか、個性の強い人が多い。見かけも怖そうな人ばかりだ。山村さんは始め一見やくざのようで、凄まれると怖い感じがしたが、話をするととても優しくて気の小さい人と分かった。

俺も癖があって人当たりは良い方ではなかったが、この仕事で揉まれて丸くなってきた。同期の友人とも付き合うようになって、同期会の幹事を頼まれている。

アパートに帰るのは以前より早くなって、8時前に着くことが多い。次長の俺が早く帰らないと部下が帰れない。残業手当も多く必要になるので予算を取ってこなければならない。予算を取ってくるのも次長の仕事だ。

俺の経験から残業は仕事が半分、上を見て残っているのが半分だから、残業は半分に減らせると思っていた。室長が帰ると仕事がなければ俺もすぐに帰ることにしている。そうすると部下も帰りやすい。残業経費が半分になった。それでも業務に差し障りはなかった。

相変わらず、ウィークデイの夕食はコンビニの弁当で済ませることが多い。未希が調理師専門学校に通っていたころは、毎日夕食を作ってくれていたので、帰るのが楽しみだった。

弁当をレンジでチンして、缶ビールを飲みながら食べる。未希がクリスマスプレゼントにくれた青い模様の入ったグラスを今はもう使わずに食器棚にしまったままにしてある。

俺ももう35歳になろうとしている。同期の多くが身を固めている。今は付き合う相手もなく一人暮らしているが、この先も一人と思うと確かに寂しい思いはある。

それでも一人暮らしは気が楽だ。土日はゆっくりしよう。風呂に入って一日が終わる。
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