五月中旬 その二

文字数 2,573文字

 栃木駅に着くと、同じ制服を来た生徒はみんな、同じ方向に進む。濃子や瑠瀬も例外ではない。

「おっはよ、瑠瀬!」

 男子が一人、瑠瀬の肩を叩いて言った。

「朋。今日も遅刻だと思ったぞ?」

 この男子生徒は小田切(おだぎり)朋樹(ともき)。瑠瀬の親友だ。

「流石にテストに遅れるわけにはいかないぜ?」
「そうか? でも二年の後期中間は遅刻だったよな? だから俺はあれだけ、徹夜するなって言ったのに」
「…過ぎたことは気にするな!」

 瑠瀬は朋樹と一緒に、楸中学の昇降口に向かった。そこには蔵王(ざおう)(とおる)がいた。

「徹…。隈がすごいぞ?」
「恒例の一夜漬けだよ。気にしないでくれ」

 コツコツやれば徹の成績はかなり良い。しかし前に一夜漬けで高得点を取ってしまったがために、日々の予習復習を怠るようになってしまった。その結果が、あの目の下の隈だ。出会った当初はそれがなかったので、本当にみっともなく感じる。
 三人は同じクラスだ。さっさと上履きに履き替えると、すぐに階段を登っていく。

「濃子!」

 後ろで女子の声がした。濃子が振り返るとそこには、剣菱(けんびし)亜呼(あこ)がいる。

「亜呼、おはよう!」

 濃子は亜呼とは、小学校時代からの友人である。いつも一緒に行動していた。もう一人加わって三人組だった。

「純心は?」

 濃子は鎌田(かまた)純心(じゅんこ)の下駄箱を見た。

「もう教室にいるみたい。行こっか」

 二人も教室に向かった。


 今日が試験で出席番号順に座らなければいけないため、教室の生徒はいつもの席には着いていない。

「相変わらず早いね純心は」

 濃子の後ろの席に座っている純心に言った。

「私から言わせれば、濃子たちが遅いんだよ」

 決まってそう言う。

「濃子、おはよ。今日は頑張ろうね」

 朋樹が後ろに座る濃子に言った。

「朋もね!」

 試験は最後まで、何が起きるかわからない。互いに激励し、奮い立たせる。
 一方の瑠瀬も、番号通りの席に座った。

「ごきげんよう、瑠瀬様」
「ああ、おはよう」

 前の席の藤枝(ふじえだ)麻林(まりん)が振り向いて挨拶した。麻林は今年転校してきた子で、家はお金持ちらしい。山の手言葉で話すため、育ちも良いのだろう。

「…おはよう。瑠瀬君、麻林さん…」

 すごく暗い声を出したのは、花巻(はなまき)勇刀(ゆうと)。ゲームに熱中してしまうあまり、しょっちゅう酷い点数を取る奴だ。

「その声はお前、また勉強してないな?」
「勇刀様、出来が悪いと内申点に影響しますわよ?」

 瑠瀬と麻林がそう言うと、勇刀は机で眠り始めた。今回も駄目そうだ…。

 担任の白石(しらいし)順一(じゅんいち)先生がやって来た。一時間目が社会のテストだからか、テスト用紙の入った封筒も持っている。

「朝の会を始めるぞー。日直!」

 今日の日直は純心だ。

「起立。礼。着席」

 号令が終わると、朝の会だ。何度もカンニングだけはするなと忠告された。それ以外には特に何もないのか、すぐに終わった。

 しかしみんな席を立たない。最後の復習をして、テストに備える。初日は社会と理科だけだ。


「あーあ。これならもっとワークノート見直しとけば良かったぜ…」

 テストが終わると、帰りの会だけ席はいつも通りに戻る。今のは濃子と同じ班の、郡山(こおりやま)和哉(かずや)の発言。運動神経は高めだが、反比例して頭はそれほど良くない。

「終わってしまったことはしょうがないよ。明日の国数英に全力で取り組もう。勇刀も、ね?」

 濃子の隣の席の水沢(みずたに)大宙(たかひろ)が言う。

「大宙君に言われても、何も…」

 勇刀がそう言うのも無理はない。大宙はこのクラスで一番頭が良い。だから正直、嫌味に聞こえてしまう。

「濃子、どうだった?」

 亜呼が濃子に聞いた。

「ヒドラの増殖方法だけ、書けなかった」

 濃子は解答欄に、発芽と書いた。しかし解答用紙回収の時、純心に間違っていると指摘された。

「出芽を間違えたの? バッカじゃねーの!」

 和哉が大声で怒鳴る。

「徹から聞いたけど、誰かさんは空白だったらしいじゃない?」

 純心がそう言った。

「…うるせえな、過ぎたことを気にすんのが間違ってるぜ。なあ大宙?」

 和哉はあっさりと引き下がった。しかし、

「勇刀ですら書けたのに…。君はもうちょっと勉強に集中した方がいいよ。部活が大変なのもわかるけど」
「何だよ大宙も! ったく、面白くねえぞ…」

 教室の反対側でも生徒たちは盛り上がっていたが、それはテストの内容ではなかった。

「麻林の家の紡績会社? 見学に行けるの?」

 班員の江刺(えさし)由香(ゆか)が尋ねる。席替えで知り合って間もないので、麻林に対しては知らないことばかりだ。

「面白そうだな。私も行ってみたい」

 転校当初から仲の良かった古川(ふるかわ)恵美(めぐみ)も興味を示している。

「瑠瀬様たちも、いかがでしょうか?」
「ん?」

 急に話を振られた。瑠瀬も朋樹も徹も、話を聞いていなかったわけではないが反応に遅れた。

「試験明けの土日、何か用事がありまして? もしないのでしたら、由香様たちとご一緒に、わたくしの両親の会社にご案内ができますわ」

 三人は顔を合わせた。三人とも生物部で、土日は活動しない。

「何もないから、ちょうどいいや! 行ってみようぜ、瑠瀬、徹!」

 朋樹が二人と肩を組んで答えた。

「受付嬢が美人だったらいいなー」

 徹がそんな感じの発言をすると決まって恵美が、

「本当に下心が上に来てるな、徹は。もう宿命か…」

 と言って頭をポンと叩く。

 瑠瀬が発言する前に白石先生が戻って来て、純心の号令で帰りの会が始まった。先生が色々と喋っているが、瑠瀬は小声で、隣の席の麻林に話しかけた。

「他にも誘っていい? 濃子とか…」

 しかし、

「…瑠瀬様の気持ちもわかりますわ。ですが、お母様に班員ぐらいにしておけと。お力及ばず、ごめんあそばせ…」

 それなら仕方がない。濃子が来るなら、亜呼や純心も来てしまう。
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