第四章の一 変化①

文字数 2,078文字

 まだ肌寒い二月の下旬。梅の花は満開で、一足早く春の訪れを知らせている。白や桃色の梅の花を、(かなで)とあずさ、結人(ゆいと)の三人は眺めていた。

「綺麗だね、奏!」

 あずさは梅の香りの中、微笑んでいた。奏はそんなあずさの様子を微笑ましく眺めていた。

「あ、そうだ」

 花見が終わった頃あずさがごそごそと鞄を漁っていた。そしてそこから天狗の団扇(うちわ)を取り出した。

「奏、はい」

 あずさはその団扇(うちわ)を奏に渡そうとする。奏はそれを見て、

「え?」
「私、もう団扇(うちわ)がなくても呼び出したり出来るから、だからこれは奏に持っていて貰おうって思ったの」
「あらあら」

 奏は困った様子で、どうしたものかと思案顔だ。

「奏?」
「あ、いえ。気持ちは嬉しいんだけれど、アタシには必要ないわ」

 奏はにっこり微笑みながらあずさの申し出をやんわりと断った。あずさは不思議そうに奏を見上げている。

「アタシね、守護霊様にお願いして今、修行(しゅぎょう)をしているの」

 だから、団扇(うちわ)は必要ないのだと言う。するとあずさは結人に向かって団扇(うちわ)を差し出す。結人は不思議そうにあずさを見つめた。

「私が死ぬの、待たなくてもいいよ。あげる」

 それを聞いて結人は合点がいった。すっかり忘れていた。自分があずさと共に行動している理由は天狗の団扇(うちわ)をあずさが死んだ時に貰い受けるためだったのだ。しかし結人は、

「もう、それには興味がないですね」

 そっぽを向いてそう答えた。

「そうなの?」

 あずさは不思議そうに結人を見つめる。結人はそうだ、と答えるとあさっての方向を向いていた。

「ん~、どうしようかな、これ」

 あずさは困ったような顔をしている。

「いっそのこと、返しに行かない?」

 奏がそう提案するとあずさはいいね、と乗り気になっていた。

「太郎坊の様子も気になるし、天狗の里へ行こう!」

 こうして、週末に天狗の里を再び訪れることが決まったのだった。
 そして週末。三人は電車で太郎坊のいる天狗の里へと向かっていた。険しい山道を抜けると急に開けた場所に出る。そこは夏の終わりに一度来た天狗の里の入り口だった。

「懐かしいわね~」

 奏は感慨深げに呟いた。結人は初めて見る天狗の里に興味津々(きょうみしんしん)のようだ。きょろきょろと辺りを見回している。

「ほらっ! 結人、行くよ!」

 すると前方から声をかけられた。あずさだ。あずさと奏は、丘の上にある一際大きな屋敷へと向かっていた。
 固く閉ざされた門扉の前に立つと、上から声が降ってきた。

「あ、人間だ!」

 それは以前世話になった小天狗だった。

「今日はどうされたのだ?」
「ん、ちょっとね、太郎坊に用事があって来たの」

 小天狗の問いかけにあずさが答える。

「太郎坊様に用事なのか。ちょっと待っていろ」

 小天狗がそう言って顔を引っ込める。するとしばらくして重厚な門扉が開いた。

「部屋へ案内しよう」

 小天狗がそう言って先頭を歩いていく。それに三人はついて行く。
 小天狗が大きな扉の前で立ち止まった。

「ここだ。太郎坊様、お客様です」
「入れ」

 中から良く通る低い声が響いた。中に入った奏とあずさは驚いていた。

「凄い……」

 そこは以前来た時の真っ暗な部屋ではなかった。窓を開け、風通しも良く、そして明るい室内だった。

「どうしちゃったの? 太郎坊」

 あずさが尋ねると太郎坊は、

「あぁ、自分なりの太郎坊になろうと決心したからな。いつまでも閉じこもっていないで外に出るきっかけになれば、と思ってな」

 その言葉を聞いて奏とあずさは安堵した。自分たちが以前来たことは無駄にはならなかったようだ。

「して、今日は何用で参ったのだ?」

 太郎坊の言葉にあずさは鞄の中から天狗の団扇(うちわ)を取り出した。

「それは……?」
「太郎坊から以前貰った団扇(うちわ)だよ。これを返そうと思って、今日は来たの」
「何故?」

 太郎坊の素朴な疑問に、あずさは答える。この団扇(うちわ)を巡って争いが起きてしまったこと。それにより、奏が一度死んでしまったこと。

「でもね、凄く助けられたこともあったの。ありがとう」

 あずさはにっこりと微笑んで言う。

「なるほど、それはすまぬことをしたな」

 太郎坊は立ち上がるとゆっくりとあずさへと近付き、その団扇(うちわ)を受け取った。その仕草だけで、以前とは全く違う、堂々とした太郎坊に見えた。

「太郎坊は変わったのね」

 あずさがそう言うと、太郎坊はまだまだだ、と答えた。

「これからが本番だ」

 そう言う太郎坊の横顔は凛々しく、逞しい天狗の(おさ)の姿だった。



 天狗の里を後にした三人は、再び電車に乗り帰路へとついた。奏と結人はあずさを家へ送り届けた。あずさが家に入るのを確認した結人は、

「奏さん、ちょっといいですか」

 そう声をかけてきた。

「なぁに?」
「相談したいことがあるんです」

 日は沈み、暗闇の中、結人がどんな表情をしているのか奏からは見て取れない。
 結人は奏の返事を待たずに前を歩いていく。奏もその後をついて歩いて行った。
 結人に連れられた場所は人気の無い山の中だった。そこで結人が九尾の狐の姿に変わる。すると丁度雲間から月の光が差し込んできて、暗かった結人の姿を映し出した。

「まぁ……!」

 その姿を見た奏は驚いた。
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