第20話 死角の世界Ⅱ

文字数 2,117文字


 盛大な音を立てて扉が突き破られた。土石流がごとく兵の大群が狭き室内になだれ込む。

「いない! いないぞ!」「どこへ……どおこへいったあ!?」「兵長! 穴が! 箪笥の裏です!」

 一斉に兵がそこに押し寄せ、押し合いへし合い。

「まさか、こんなところ……どうやって……」

 そう疑問に思うのも不思議はなく、箪笥をどけた壁に、暖炉のように穴が、でかでかと開いていた。その穴のある壁の材質がまず石造りで、掘削をするには専用の機具でもなければ不可能だった。

「そうか、魔喰い。侮れぬな」

 兵長と呼ばれた男が、しばらく顔を阿修羅のように歪め舌を噛んでいたが、髭を数本束でぶち抜いて、平静を取り戻す。

「あい、わかった。これにて、探索を終了とす。他の外の兵に知らせろ。もう帰ってよいとな」

 指示を受けた兵がやや戸惑った。

「は。しかし主命では必ず見つけ出し、捕獲。又は最悪死体を連れて帰れと」

 兵長は、目をぐりっとこじ開け、

 

「馬鹿かお前は。まあいい。とにかく今の言葉の意味がわからないやつは早々に立ち去れ。わからんのか? 本当にまるでわからんのか?」

 

 その目を問い返した兵に向ける。その目はまるで。

 

 “今ここで死ぬか? ”

 

 と、訴える程のけたたましさで、迫っていた。

 

 ひっと漏らした兵に兵長はナイフの柄で横突きをした。軽く血しぶきが舞う。

 

「ふむ、そこにはいないと……」

 

 他の兵が疑問を浮かべているのも他所に、出払ったかどうか外を確認しにいく。

 

 その間に殴られ倒れていた兵が、穴の縁についた自分の鮮血をみていた。極々普通に血が飛び散っているだけだった。僅かの間。

 

 するとそこへ、

 

「本当に死ぬかお前?」

 

 ナイフの刃が鎧の間を縫ってするりと入る。

 

「わっわかりました、いま!」

 

 兵が周りを見回せば、たしかにもう皆いない。すぐに外へと駆ける。

 

 そうして、彼らは、完全にいなくなった。

 

 僅かに香る汗の匂いと、息遣いだけを残して。

 

 そう、もちろん、いる。

 

 そこに彼らはまだいた。姿は見えなくなっているが、兵の中に魔喰いでも忍ばせているのだろう、これは恐らく魔法の使える魔喰い。得意でさえあれば透明になる程度わけもない魔法の一種である。

 

 ラストは、口をひくつかせた。自分たちが今どこにいるのか、彼らは知っているのではないかと。魚がいる池の水が干上がって釣れるまで、待つつもりなのは明白だった。唯一のリードは、彼らが完全にこの狭い室内のどこにいるかまでは、把握できていないことだ。壁や土に同化しているか、どこか、と明言できないが、室内にいる事に疑いをかけていることに変わりない。

 

 そして、そう長くもつかは、保証できかねる状態だった。彼らが逃げたのは、他でもない。天井である。天井の角。そこに蜘蛛のように張り付いている。支えているのはほぼラストの筋力のみ。支えている対象は自分含め3人。それ以外の全ての力はここには存在しない。

 

 せいぜいが、魔力で見えなくなっているだけ。見えないから、じゃあ、兵の隙間を縫って逃げ出せたか、否。足の合間を這って進めたか、否。

 

 どこかに隠れてやり仰せたか、否。少なくとも地上にいたらとっくに捕まっている。触れば感触はあるのだ。そこで考えたのが、箪笥の裏にある彫り進めた穴の幻覚を見せて、自らは、天井の角に身を潜め、背中に女二人を乗せて全身全霊で支えることだけ。

 

 もちろん疲労をマクイに操作させて無にしてもらうような事はしない。最後の最後で、力尽きる前に、その予兆が掴めないのは死を意味した。

 

「さあって、どこにいまちゅかねええ? マクイちゅわわわわん」

 

 何か赤ちゃん言葉でほざいている髭の鎧爺を無視して、次に彼が行っていたこと。それは、

 

「さあて、どこにいるかはしらないが、言っとくが、魔法を使おうとしているなら、それは無駄な足搔きだぜい。何せ、俺いま、バグ石身にまとってるから。ぶえははははははは!」

 

 想定内だった。背中越しに震えが伝わる。多分エイブリーだ。マクイはずっと黙っていたけれど、自力で牢を抜け出してきた。今更怖がる相手などいないだろう。

 

 程なく、兵がやってきて、

 

「兵長! 実は」

 

 耳打ちしている。直後。

 

「なに…………?」

 

「ええ、ですから、穴は本物でした。既ににげら」

 

 言葉の中途で鉄拳を食らいはじけ飛ぶように壁に向けてよろめく兵。

 

「わかった……今日の所はこれで中止だ。皆の衆ご苦労。後ほど、私が上に報告する。退陣!」

 

 兵長は髭を全てむしり取り、ぱらぱらと床にまいた。

 

「は!」

 

 盛大な音を立て、また再び兵たちが、戻っていく。


 そして、ようやく、静寂が訪れた。しかしラスト達は用心に用心を重ねて、あと半時間は、じっとそこでそうしていた。
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登場人物紹介

後々記載するにゃ

実は前に出した分を削除してしまったので再投稿にゃ

因みに吾輩は作中で喋る猫として登場するにゃ

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