前編・無くなった財布の中

文字数 1,854文字

依頼人が退学届を出す。
全ての罪を背負って、明日から路頭に迷う。

「あなたが責任を感じる事はありません」

麗しき生徒会長が声をかけてきた。
紫色のリボンが揺れる胸元に抱きつく。
取り巻きの動揺した気配を察したけど、気にしてはいられない。

「あの者は当学園に相応しくなかった。それだけの話です」

会長の白魚のような指先が、ボクの肩に触れて、引き離す。

「学生の本分は勉強です。あなたも不埒な遊びは程々になさってね」

去って行く姿を見送りながら、事件のことを思い出す。
あれはお昼休みのランチルーム。


「パン完売してた」
「やった午後の授業、榊先生だ」
「三階のトイレが水漏れ工事で使えない」

ありふれた日常会話に耳をすませて
まどろみに身を委ねていると、突然降って湧いた大スキャンダル。


「一年生男子が窃盗で退学になるらしい」


かぐわしい事件の匂いに、胸を踊らせる。
これは探偵の出番だ。
ワクワクしながら聞き込みを開始する。

◯抜き打ち検査で没収された生徒達の財布が、職員室から無くなった。
◯一年生は誰にも呼ばれていないのに職員室にいた。
◯彼の鞄から、空の財布達が見つかった。

「現金そのものは見つかっていないものの
状況・物的証拠ともにクロか」

ノートを開きながら思考する。
不自然な犯人だな。
財布の中身はどこに行ったんだろう。

「あのぅ」

おずおずと声をかけられて、顔を上げると
髪の長い少女が立っていた。
制服とリボンの色から、中等部一年生。

「例の事件を調べているとお聞きまして」

「そうだよ。もしかして被害者?」

「はい。お財布は戻ってきましたが、妙なのです」

「お金以外にも何か無くなっていた?」

「えっ、どうして・・・」

「現金が無くなっているのは公表されているから。それで、一体何が?」

「お守り、なんです」

確かに妙だ。
盗んだ他人のお守りを自分で身に付ける者はそう居ないだろう。
ご利益ゼロに決まっている。

「期間限定とかで、珍しいやつ?」

「いいえ、近所の神社で売っているものです。
今は離れて暮らしている母が買ってくれたもので。猫の絵が描いてあります」

「ママとの思い出・・・それなら大切だね。
探してみる。クラスと名前を教えて」

「一年二組、永遠坂(とわざか)魅俚(ミリ)です」

「ミリちゃんはどうしてお財布を没収されたのかな」

「わたくしにも分かりません。これなのですが」

鞄から取り出されたそれは
ピンク色で可愛いリボンが付いている。

「ピンクだからアウト」

「そんな決まり、生徒手帳にありません」

「去年、今の生徒会長が決めたんだよ。
ピンクは学業の妨げになるから持ち込み禁止って」

「意味が分かりません」

「ホントにね。彼女ちょっと独裁気味だから、自分の権力を見せつけたかったんじゃないかな」

「それは違います」

よく通る声で話しかけられて振り返ると、噂の会長が取り巻き二人と共に立っていた。

「私は学業を最優先する為に必要なことをしているまでです」

「そうよ!訂正なさい」

「あなた会長に逆らうつもりなの?」

怖い怖い。
両手を上げて首を振ってみせる。

「憶測を語り、大変失礼をいたしました・・・女王陛下」

取り巻きが掴みかかってくる。
サッと身を引いて避けると、テーブルにぶつかってひっくり返った。

「貴様、どこまでも舐めた真似を!」

もう一人も向かってきたけど
こっちは動きが遅い。簡単に捕まえられる。
手首を軽くひねりあげたら、踏まれたカエルみたいに鳴いた。

「およしなさい、貴方達。私は暴力を好みません」

会長は倒れたテーブルの下にあるノートを拾いあげ、返してきた。
手首に光るブランド物のイニシャル入りのブレスレット。彼氏がいるみたいだ。

「事件を嗅ぎ回っているみたいですね。
探偵にでもなったおつもり?そんな暇があるなら」

「学年一位ぐらい余裕だから」

女王陛下はしばらく黙っていたが、取り巻きを起こして食堂を後にした。

学園での自由は成績に左右される。
人並み以上には勉強をしているつもりだ。存分に探偵業をしたいからね。

「あの方、恐ろしい目をしていましたわ」

ミリが怯えている。
確かに、普通ではない気迫があった。

「ますます興味が湧いた。行ってみよう」

「どちらへ?」

「退学直前の一年男子のところ」
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