ブサメンの彼(一)

文字数 2,462文字

「う~ん……」
「ねえ、どう? うちの旦那の大学時代からの友だちなんだけど、旦那ったら『いい奴なのに女は見る目がないなあ』なんていつも言っているのよ。まあ、たしかにイケメンにはほど遠いかもしれないけど、問題は中身よね」
 去年まで同僚だった井上幸子は、まるでバッグでも薦めるかのように、北沢純平の写真を差し出しながら言った。
 退社して専業主婦に納まったものの暇を持て余し、最近パートに出始めたというが、それでも長い間フルタイムで働いていた幸子には、退屈に感じるのだろう。ときどき、遊びに来ないかと声をかけてくる。
 結婚と同時に購入したという建売りの三階建て――二人なら十分だが、いずれ子どもができて成長したら手狭になるだろうな、などとお節介なことを感じながら紅茶を口にした。でも人のことをとやかく言える立場にはない、私は彼女より一歩も二歩も遅れているのだから。子どもどころか結婚相手の候補さえいない。
「ねえ、一度会ってみない?」
「そうねえ、考えておくわ」
 今までの私なら、この写真を一目見ただけで、間違いなく断った。でも、四十歳という年齢が私を留まらせた。
 それにしても、幸子はこの男と私が、本当にお似合いだと思って言っているのだろうか? 新婚の旦那に点数を稼ぎたいだけなのでは? それとも、暇な日常ではこんなことでも刺激になるというのだろうか? 改めて写真の男性を見ると、気持ちは萎え、深いため息がでた。
 
 
 母とふたりの夕食後、昼間の話をした。
「なんか、タイプじゃないのよねえ」
「あんた、自分の歳を考えてみなさいよ。それに、どんないい男だって歳をとればみんな爺さんよ。うちのお父さんだって、若い頃はかなりの男前だったけど今ではあんなよ。
 外見ではなく、どこか自分にはないいいところ、尊敬できるところを探してごらんなさい。
 お友だちのご主人だっていい人だと思うから薦めてくれるのだと思うわよ。だって愛妻の友だちにいい加減な人を紹介するわけないでしょ? でも、そんなに気が進まないのならやめといたほうがいいかもね、相手の方に失礼だから」
 珍しく母にやり込められ、私は考えた。義兄のような人を追いかけ高望みをしていては、いつまでも独身ということになるだろう。それにあの姉が美貌を武器にしないで義兄を射止めていたわけだし、これまでの自分を変えてみよう。このタイミングで幸子からの薦めというのも、何かの巡りあわせなのかもしれない、そんな気がした。
 
 電話でその旨を伝えると、その日のうちに返事が返ってきた。
「今度の土曜に上野公園ということでいい? 西郷さんの銅像の前に午前十一時」
 遠足じゃあるまいし、なんで上野公園なんだ? とか、お上りさんじゃあるまいし、なんで西郷さんの銅像が出てくるんだ? と突っ込みたいところだが、私はもう流れに任せることにした。心のどこかで無理をしている自分に、気づかないようにするので精いっぱいだったから。
 
 
 そして当日がやってきた。とても気乗りのしないデート――雨でも降ってくれたら、仮病を使ってでも断ろうと思っていたが、生憎、抜けるような青空のデート日和だった。仕方なく支度を始めたが、異性に会うような気合など入らず、母とランチにでも行くようなノリで支度を終えた。
 駅まで歩くのも、電車に乗るのもすべてが面倒だった。こんなにイヤならどうして断らなかったのだろう、と後悔しそうになるのを必死にこらえ、私は変わるんだ、変わらなければ、と自分に言い聞かせた。
 駅を出て、階段を上り、西郷さんの銅像のところへやってきた。すると写真通りの純平が待っていた。小太りでいかにも人のよさそうな笑顔を浮かべ、こちらに近づいてくる。
 やっぱり、無理……それが第一印象だった。でもここは大人になって、今日一日を乗り切ろうと心に決めた。
 
 まずはお天気もいいので、少し散策することになった。桜の季節は人でごった返す上野の山も、今日は動物園へ向かう親子連れが行き交うくらいで、ゆったりとした時間が流れている。純平はつかず離れずの距離を保って歩き、退屈させない程度に話しかけてきた。そのためか、これといって不快な感じはしない。前を向いて歩いていれば、むしろ心地よい時間にさえ思える。
 すると突然、小さな子どもが走ってきて私たちを抜き去ったかと思ったら、前の方で転び、泣き声をあげた。すかさず純平は駆け寄ると、自然な仕草で子どもを起こし、なだめ、駆けつけた親に渡した。そして、立ちすくむ私の元に戻り、
「甥っ子がいるんで慣れているんですよ」
と笑った。
 お昼は、近くのお店に入った。混んでいてかなり待たされたが、純平はその時間を楽しい話題で上手につなぎ、私を退屈させなかった。そして、やっと食事を運んできた店員に対しても笑顔で接した。
 午後からは動物園に入った。動物を見て歩く頃には、お互い慣れてきたので、冗談も出るようなった。
「ここなら、自分も男前に見えるんじゃありませんか?」
 ゴリラの檻の前で純平が得意そうに言った。
「そうですね。素敵ですよ」
「よかった、動物園を選んだ意味がありましたよ」
 純平はそう言って笑った。
 今まで、その容姿から異性に敬遠されていたことは容易に想像がつく。それを卑下することもなく、屈託のない笑顔でやり過ごす純平がとても立派に見えた。それに引き替え私は、姉を羨み卑屈になって……
 母の言葉がよみがえった。
『外見ではなく、どこか自分にはないいいところ、尊敬できるところを探してごらんなさい……』
 家まで送ってもらって、デートは完了した。
 とても不思議な一日だった。
 最初、銅像の前で見た純平と、今日一日、一緒に過ごして別れる時の純平はまるで別人のように思える。二度と会うのはご免だと思った人が、半日でまた会ってみてもいいかな、と思う人に変わっていた。容姿さえも違うように感じる。私は魔法にでもかけられたのだろうか?

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