強盗VS世間知らず

文字数 1,911文字

 チャイムが鳴る。

「はーい、どなたですか」
 そんな風に尋ねながら、どうせ宅配か何かだろうかと僕は無警戒に扉を開けてしまった。
 
 そして、固まる。
 
「強盗だ! 金を出せ!」
 黒い目出し帽をかぶった男がナイフを突きつけてきたからだ。

「ご、後藤さん……?」
「違う、強盗だ! 強引な盗人と書く犯罪者だ!」
「なるほど、名は体を表すってことですね……って、ご、ごご強盗!? う、うちは銀行じゃありませんけど!?」
 慌てて間違いを指摘する。

「見れば分かるわ! 強盗が襲うのが銀行だけだと思うな!」
「え、そうなんですか? ドラマだと、てっきり……」
「銀行を襲うのは強盗の中でも選ばれたエリートだけだ! 普通の強盗はちょっと裕福そうな一軒家を襲うんだよ!」
「なるほど……強盗さんは、非エリートかつごくごく一般的な強盗さんというわけですね!」
「失礼な奴だな!」
「どっちが失礼なんですか、他人の家に土足で上がり込んでおいて!」
「わ、悪い……って俺は強盗だぞ! 土足で上がり込むに決まってるだろ」
「え、そうなんですか? す、すいません、僕、そういうの疎くて」
「まあ、お金持ちの坊ちゃんが強盗業界に詳しいわきゃないか……」
 強盗さんは言いながら、土足でリビングまで来てしまった。帰り際に掃除とか、きっとしてくれないんだろう。

「よし、早速だが金目の物を出せ」
 そして強盗さんは、僕をナイフで脅しながら『金目の物』を要求してくる。

「か、金目の物……? あ!」
 僕は慌ててキッチンに向かった。

「こ、これで勘弁してください……」
「それは金物な!」
 フライパンを取り出したところ、強盗さんに指摘される。

「あわわ、じゃあ、これで……」
「それは刃物! ていうか、俺のナイフより立派じゃねえか!」
 自慢の刺身包丁を取り出したところ、再び、指摘される。

「じ、実は、お料理が趣味で……」
「お前の趣味とか、どうでもいいわ! そもそも、キッチンに金目の物はないだろうが!!」
「そうなんですね!」
 ぽんと手を叩いて、本棚に向かう。
 黒い革張りの本を取り出し、包丁で指を切って血を垂らす。

「エロイッサムエロイッサム……」
「ちょっとなにやってんの!」
「いや、金の目の者を呼び出そうと……」
「それは魔物! モンスター! つーか、お前さん、魔法とか使えるのか!?」
「いえ、生まれてこの方、一度として呼び出せた試しはありません!」
「じゃあなぜ今、この状況で召喚を始めた!?」
「ほ、ほら、窮地に陥った時に目覚める力もあるかと思って」
「いい加減、現実を見ろや!!」
 強盗さんはため息を吐くと、手を差し出してきた。

「いいから金目の物を出せよ! いや、お前はもう動くな! とりあえず、財布出せ!」
「なんだ、お財布が欲しかったんですね? はい、どうぞ」
「おい! なんで金持ちなのに小銭しか入ってないんだよ!」
「現金はあまり持ち歩かない主義で……」
「その割にクレカはおろか通帳カードもないじゃねえか!」
「す、すいません……うち、インターネットバンキングで……支払いも基本PayPayですし」
「情報化社会の波!」
 強盗さんが財布を床に叩きつける。

「ごめんなさい、ポイントバックとかあるから……」
「そこじゃねえよ! 怒ってるのそこじゃねえんだ!」
「あ、すいません、今、お茶出しますね!」
「だからそこじゃねえんだ!」
「いったい、どうしたら……?」
「さっきから言ってるじゃん! 頼むから金目の物を出してくれよ!!」
「あ、そういえば昨日、冷蔵庫に……」
「違えんだ! それは多分、金目鯛なんだ! そうじゃねえ! もう、やってられるか! 俺はもう帰る!」
「……強盗さん、怒ってますか?」
「怒る気も失せたわ!」
 強盗さんは目を怒らせて、怒声を上げつつ、肩を怒らせながら踵を返した。
 怒る気、全然、失せてないじゃん。むしろ、カンカンに怒ってるじゃん。

「ごめんなさい、あの……タクシーとか呼びます?」
「要らねえよ! 変な気を回すんじゃねえ!!」
「タクシーだけに……?」
「俺がボケた風にすんな! いい迷惑だわ! もういいから普通にしてろ!」
「分かりました、じゃあ、普通に警察だけ呼んでおきます」
 強盗さんを見送り、ドアを閉める。

「てめえ、ふざけやがって! ドア、開けろ!」
「ご、強盗なら間に合ってます」
「強盗が不足しているお宅は普通ねえんだ! いいから開けやがれ!」
 強盗さんは激しくドアを叩いていたが、警察に通報すると諦めて逃げていった。

「はぁ、怖かった……これからはドアを開ける前にきちんと強盗かどうか、確認することにしよう……」

『だからそうじゃねえんだよ!』
 強盗さんの鋭いツッコミが遠く聞こえたような気がした。
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