第81話 彼の検査日前夜

文字数 2,989文字

 火曜日の夕方。
 明日は彼の検査の日。手術の成否が分かる日らしい。
 月曜日はLINE電話で話をしただけで会わなかった。火曜日の今日は、帰りを送ってくれて私の(うち)で夕飯を食べることになっている。
 いつもの待ち合わせ場所で彼の車に乗って帰った。私が先に上がって彼は車をマンションの裏に置いてから上がってくる。私は、その間に急いで服を着替えて食事の準備を始めた。ドアのカギを開けておいたので、彼は勝手に入ってカギを掛けてダイニングにやってきた。

「普段着を持ってくるわね」
「ありがとう。助かるよ」
「旅行から帰ったら、あちらの部屋への出入りを許可するわね」
「うん、楽しみにしてる」

「いよいよ、明日は検査の日ね。手術がうまく出来てたらいいね」
「手術そのものは失敗なんて殆ど無いのよ。精子が残っているかどうかの検査だから、大抵は大丈夫。しっかり出しておいたから」
「ああ、そうなのね。何回分くらい残ってたんだろ?」
「次々作られるから分からないけど、多分8回~10回程度じゃないかな?」
「じゃ、一度にその回数分出したら空っぽになるのね」
「まあ、計算上はそうだろうけど、一晩経ったらまた補充されるから、薄くなるだけなんだろうねぇ」
「今夜、10回分出してしまったら?」
「無理だね。詩織さんに手伝って貰ったらできるかも知れないけど」
「あは、私、変なこと言ってしまったわね。聞かなかったことにして」
「聞いてしまったからなぁ」
「ごめんなさい! あ、でも、検査の結果によっては、旅行で困るんじゃない?」
「そうだよねぇ。手伝ってね」
「え~? 無理よ。さあ、この話は忘れてご飯にしましょ」

「明日の結果は別として、水曜日~金曜日は来ないからね」
「どうして?」
「出張の準備しないといけないでしょ?」
「ああ、そうよね。頑張ってね。……って、何をするの?」
「まあ、一応はカバンに資料なんかも詰め込んで帰るし。誰も見ないけどね」
「緻密な準備は、お手の物よね」
「地図は買ってないけど、ナビがあるから多分大丈夫だと思う」
「ゆとりのあるプランになったから、ゆっくりしようね」
「うん。車のタイヤとかの点検もして貰ったから準備は済んだよ」
「私も、明日からカバンに荷物を積み込み始めるわ」

 食事が済んで、いつものようにコーヒーを持ってソファに移動した。
「まだ女の子の日は済まないの?」
「多分、明日くらいで終わるわよ。ちょうど旅行前で良かったわ」
「そうだねぇ。重なってたら、それも困ったよねぇ」
「うん、私、平生の行いが良いの」
「偶然だと思うけどなぁ」
「そうだね、って言うのよ。こういうときは」
「あ、ごめん! 気が利かないよね、僕は」
「ねぇ、貴方、謝る回数が多くない?」
「え? そう言えば、詩織さんと話すと謝る回数が多いような」
「日頃、適当に喋ってるのかしら?」
「えぇ~?! そんな筈ないんだけどなぁ」
「でも、意地を張って(かたく)なでないから、好感持てるわよ。意地を張る人は嫌い」
「良かった! 意気地なしで」
「そこまでは言ってないでしょ?」
「あ、ごめん!」
「ほら、また謝るのよね」
「ひょっとすると、詩織さんの突っ込みが厳しいからじゃない?」
「え~? 私は優しいわよ」

「優しい詩織さん、灯りを消してもいい?」
「いいわよ。その前に、今日はティッシュをここに持ってきましょうか?」
「いいの?」
「だって、トイレに走っていくの大変でしょ?」
「ありがとう」
「それと、この前、焦ったから、私、ブラを外してくるわね。貴方も上を脱いでおいたら?」
「じゃ、あっちの部屋へ行くときに消していって。それから脱ぐよ」

 私は、立ち上がって灯りを消してから寝室に行って上を脱いだ。変な格好だけど、バスタオルを巻いてリビングに戻った。殆ど真っ暗だけど、目が慣れたら場所くらいは薄っすらと確認できるから危なくはない。彼も服を脱いでソファに座っていた。リビングで抱き合うのは、今夜が最後だ。

「何かねぇ、これからエッチをしますって準備してるような感じだわね」
「確かに、服の上から触ってたときは準備なくても困らなかったけど、この前は焦ったものねぇ。明るくする直前がね」
「これで今夜は万全の準備のはずよね。……さぁ、いいわよって雰囲気はムードないなぁ」
「喋ってるからだよ」
「あ、そうか。でも、私も随分慣れてきたってことよね。最初はびっくりしてたもの」
「環境順応能力が高いということかな?」
「ほら、またそんな話をしてるから、ムード出ないじゃない。今日は止める?」
「いや、今日こそしないと。そして精子の数を減らしておかないと」
「ねぇ、それって義務感でするの?」
「え!? そんな義務感である筈がないよ。僕はキスしたり触りたいのだから」

「1つ聞いていい?」
「うん」
「どうして触りたいの? 私なんてボインじゃないのに」
 彼の手が、バスタオルの上から私の胸に触り始めた。
「ボインじゃなくても、ちゃんと胸があるじゃない。これでいいのよ。別に大きさが大切なわけじゃないからね」
「そうなの? だって、男の人はボインが好きだって言われてるじゃない。……あぁ、そこ触られると感じる」
「感度が一番なのよ。まぁ、好みも千差万別だからなぁ。僕は、感度が一番。詩織さんは感度が抜群だよ」
「じゃあ、小さいのを心配しなくていいのね?」
「勿論だよ。美人で感度がいいなんて、素晴らしい」
「……なんで……触りたいの?」
「そりゃ、詩織さんが感じてくれるから」
「私が感……じると……嬉し……いの?」
「そう。……脚のほうも触っていいよね?」
「うん。……スカートの……中は、……まだ……だめよ」

 彼の手が私の意識を抑え込んでいく。バスタオルは滑り落ちて胸が全部無防備になった。彼の手が、太腿の内側を滑っている。身体中の神経が、彼の手を求めているように敏感になってきた。触られると感じる。感じると、もっと感じたいと身体が求める。

 呼吸が乱れて喘ぎ声が段々激しくなってきた。彼がティッシュをとって何かをしている。暫くすると、また、私の身体を弄り始めた。私はまだ絶頂を迎えていないから、すぐに反応が再開される。彼の手がゆっくりと私を焦らすように動く。もっと感じたい私は、さらに敏感になって彼の手を求めて身体を(よじ)った。

 彼は、内股だけではなく、両脚のあちらこちちらを触ったり、身体中をゆっくりと弄っている。唇が胸の敏感なところを吸い込んで舌が弄ぶ。手が内腿を刺激する。身体がうねる様に反応する。快感が何度も身体中に行き渡ると頭の中が真っ白になり、突如、下腹部から大きな快感が全身に突き抜けていく。……彼の背中を力一杯抱き締めていた腕から力が抜けていった。

 彼は、もう一度ティシュを使って何かしていたが、そのあと私をぎゅっと抱きしめてキスをしてくれた。私はこの瞬間が好き。愛されていると実感できるひと時なの。今更だけれど、女に生まれて良かったと思った。暫く、抱き合ったあと、彼がトイレに立った。私はバスタオルを持って寝室に行き、服を着てから灯りをつけて身繕いをし、リビングも点灯した。彼もちょうど服を着終わったところだった。

 ソファに並んで座って、キスをした。彼と恋人だという歓びがじんわりと湧いてくる。

「今日は、焦らなくて済んだね」
「ありがとう。ティッシュがあったから、2回出せたよ。明日は、きっと良い検査結果がでると思う」
「そうだといいわね」

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登場人物紹介

矢野 詩織 《やの しおり》

大学准教授

近藤 克矩 《こんどう かつのり》

大学教授

天野 智敬 《あまの ともたか》

ソフトウェア会社社長

森山 結心 《もりやま ゆい》

パン屋さんの看板娘

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