雄星と詩羽

エピソード文字数 2,616文字

ねぇ、何してるの?

 地面を削る音に引かれて、詩羽(うたは)は勝手知ったるお隣の庭に顔をみせた。

 

手紙を書いている
 不法侵入を咎めることなく、雄星(ゆうせい)は答えた。その息は弾んでおり、柄の長いスコップを杖にようにして立っている。
地面に?
あぁ、ナスカの地上絵みたいな奴だ。俺が生きていた証を残すんだよ
誰に?
誰だっていいさ。読んでくれる人がいるならな
 詩羽は黙り込んだと思ったら、何やら携帯を操作していた。
特定の相手に渡すものが手紙であり、不特定多数に見せたり渡したりする目的を持つものはチラシに分類される
 調べたのか、淡々と読み上げる。
で、雄星はなんでチラシなんて作ってんの?
……おまえなぁっ!
 雄星はスコップを地面に放置して、縁側に座り込む。
別に私が悪いわけじゃないのに。雄星が馬鹿なのが悪い。つまり、理不尽だ
 詩羽は隣に座ってから、わざわざ文句を口にした。
うるさい。それにその馬鹿も、もうすぐ直る予定だ!
えー、馬鹿は死んでも治らないって聞いたけど?
ほんっと、おまえは酷い奴だな

 雄星は嬉しそうに言う。

 詩羽だけが、こうして変わらないでいてくれた。他の子どもたちや大人たちと違って、いつも通り接してくれる。

だってー。全然、死にそうに見えないし
もしそうだとしたら、病院を訴えて億単位の慰謝料を奪ってやる
ほんと? じゃぁ、その時は結婚しよう
おまえ、ほんと酷いな
だって~。大金を残して死んでくれるなんて優良物件だよ
おのれは本当に中学生か?

うん。まぁ、一カ月も経たない内にJKっていうブランド入りだけど。

でも、残念。雄星は私の制服姿を見れないね

だから、結婚もできないな
雄星だって、まだ十八じゃないじゃんか
おまえが十六歳になるよりは先さ
えー、そうなの? ぜんぜん成長してないから、雄星の年なんて忘れてた

 家族を含め、他の人たちが勝手にタブー視していることも詩羽には関係ないようだ。

 子供の無邪気さでもって、冗談として扱う。

小学生の頃は、雄星にいちゃんって呼んでたのにな
だって、年上っぽくないんだもん
仕方ないだろ? 成長できない不憫な俺を思って、久しぶりにおにいちゃんって呼んでくれないか?
……別にいいけど。私、おにいちゃんって呼んだことなくない?
冥土の土産にいいじゃんか。お願いだから「お」を付けてくれ
雄星おにいちゃん
最高の響きだな
うわー、変態って奴だ
それくらいいいだろう
……やっぱ、雄星って童貞なの?

そりゃ、そうだろ。筆おろしをしてくれる看護師さんが現実にいるわけでもないし。

ってか、年頃の娘がはしたない台詞を言うんじゃありません

そんなことないって。学校じゃ、みんなもっとエグイこと言ってるし
……そうか。中学生だもんな
 一度も経験していないからか、雄星は寂しそうに漏らした。
……思い出にさせてあげよっか?
随分と魅力的な誘いだが、残念。悪いがもう、勃たないんだ
……ごめん
別におまえが謝ることじゃない。それにムラムラとはしたから
……あっそ
 さすがに恥ずかしくなったのか、詩羽は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
ははっ。安心したよ。お隣の詩羽ちゃんが、ちゃんと慎みのある女のコで
うっさいなぁ
ごめんごめん。でもさ、俺と違って成長しているから
 背も身体つきも大人に近づいていて、本当に一緒に手を繋いで歩いていた女のコなのか、雄星にはわからなくなる時があった。

でも、最後にこうして話せてよかった。

この時間帯は、俺一人のモノにするはずだったんだけどね

……なにそれ。そんなの、私聞いてないし
俺の人生は死ぬ死ぬ詐欺みたいだったからさ。もう、家族のほうが参っちまってな。酷い言い草かもしれないが、一緒にいたくなかったんだ
 家族に限らず、大人たちはそうだ。小さな村だから、誰もが知っている。知っているから、雄星を見ると痛ましい顔を浮かべる。
それで、一人で落書きして遊んでたの?
落書きって……酷いなぁ
だってこれ、どう見ても落書きじゃん
これが、今の俺の全力なんですよ。本当は絵でも描こうと思ったんだけど。細かい作業はもう、てんで駄目でさぁ
……ごめん
だから、おまえが謝る必要はないって。それに俺の知っているお隣の詩羽ちゃんは、気遣いなんてできるコじゃないし
それは昔のことだしっ!
そうだね。現に素敵な誘惑をしてくれたわけだし
あれは! ……もういいっ!

 どうやら調子に乗り過ぎたようだ。詩羽は拗ねたようにそっぽを向く。

 それでも、楽しかったので雄星は満足していた。

はは。ごめんごめん
駄目。そんなんじゃ、許さないもん
 不意に、詩羽は幼い物言いをした。
……じゃぁ、どうして欲しいの? にいちゃんに教えてくれる?
 タイムスリップした錯覚を憶え、雄星は優しく訊く。
……手紙書いてよ。今思えば、雄星は私に年賀状を一度も返していない。理不尽だ
そりゃ、お隣だし。わざわざ書くわけないじゃんか
私は書いたもん……何回も書いたのに、無視された
 男と女の違いであろう。女のコは年賀状を書くことに楽しみを見出せるかもしれないが、男には無理だった。
けど、手紙って言われてもな。一度も書いたことないぞ
だから、書いて。雄星の初めてを私にちょうだい
俺の初めてって。だったら他に……

 雄星は考えるも、思いつかない。

 初キスは人工呼吸で済ませてることを詩羽も知っている。

……意外に、ないもんだな
うん。雄星は意外に大人
意外は余計だ
できれば、愛の籠った恋文がいい
無茶を言うな、無茶を。つか、そんなん貰ってどうするんだ?
男除けに使う。雄星は知らないかもしれないけど、私はモテるから
うわぁ……。確かに、死んだ男からの手紙を見せりゃ、軽い男は逃げるわな
うん。だから、手紙から溢れるほどの愛を籠めて書いて。字が汚くて読めなくても、想いの重さが伝わればそれでいい
呪いのアイテムみたく使うのか? ほんと、おまえは酷い奴だ
雄星おにいちゃん、お願い
……ったく。しゃぁない。妹に悪い虫がつかないよう、死ぬ前に苦労してやるよ
ありがとう
けど、条件がある
何? エッチなのは駄目だよ?
ちげーよ。つか、それはおまえが言い出したことだろうが
 勝手な奴だと心の中で悪態を吐きながらも、悪くない気分だった。長い間、誰かに気遣われていたからか、こうして振り回されるのが新鮮で心地よい。
悪いが、肩を貸してくれ。ここで親を呼ぶと、俺の時間が終わっちまうからさ
 詩羽の顔に様々な感情が去来する。
――わかった
 それでも、最後には小生意気な面を見せてくれた。
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登場人物紹介

雄星(ゆうせい)。17歳だが、病気の為に中学校にすら行っていない。



詩羽(うたは)、まもなく高校生になる15歳。

雄星のお隣さんで妹分。


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