第40話:被災地に石油を送れ4

文字数 1,700文字

 速度を上げれば一気に登り切れると考えるのは素人の発想。正解は逆だ。運転士の遠藤文重さんは列車の速度を時速40キロから30キロ、25キロに落とし車重を使って車輪とレールの摩擦を稼いでいく。同時に砂まきも開始した。車輪の横に装着された小箱には10キロ程度の砂が詰められており、ホースから車輪に向けて少しずつ砂をまきレールとのかみ合わせをよくする。

 今回のDD51は、九州など雪のない地域から集められてる。砂まき装置に、急ごしらえで凍結防止のヒーターが装着されていた。遠藤さんは、運転席の窓を開け耳を澄ます。空転ランプだけでは分からない車輪とレールの摩擦、砂のかみ具合を耳で判断するためだ。いつの間にか外は吹雪だ。吹きすさぶ風の音、ディーゼルエンジンの排気音に交じって甲高い金属音が聞こえる。

「もっと速度を落とせ。砂をまけ」
間もなく翁島の駅だ。急カーブが眼前に迫る。速度は既に10キロ程度まで落ち、それでも空転ランプは消えない。パワーを微調整しなんとか切り抜けようとした時、ひときわ甲高い音を立てて車輪は空転し、石油列車は前進をやめた。傾斜が落ちるカーブの出口まであとわずかだった。

 遠藤さんは坂道をずり落ちないようブレーキをかけた。まだ終わりじゃない。列車が完全に、停止したのを確認してから再度ノッチ・アクセルを入れ、機関車、貨車のブレーキを少しずつ解除しながら脱出を試みる。自動車の坂道発進の要領だ。車輪はレールと激しくこすれあい、甲高い金属音がこだました。動かない。後退する前に再びブレーキをかけた。

「これ以上は車体が傷む」
 同乗していた指導員が首を横に振った。ノッチを戻し、顔を上げた遠藤さん。辺りを見回すと、谷の様な地形に雪が積もり、急カーブが迫る景色が見えた。昔、停車したあの場所だ。悪夢が再来した格好だ。

 同乗していたJR東日本の会津若松運輸区長が線路に降りて、現場を確認する。車輪周辺の雪がさびを含み茶色い。
「レールの上に5センチも雪が積もってるわ。ほかの列車が走っていないから、さびまで浮いて…。こりゃ石油積んで走れる状況じゃないよ。しようがないって」

 雪まみれで運転席に戻ってきた運輸区長の明るい口調に、遠藤さんは少しだけ救われた気がした。石油列車の運行の前に、レールは磨き上げられているが、震災以降ほかの列車が走っていないだけに予想以上にさびが発生し、ただでさえ乏しい摩擦係数を引き下げたのかもしれない。遠藤さんは無線を取り会津若松駅司令室を呼び出した。

 「空転しつつ運転を継続するも、ついに止まった。救援要請します」。
 できるだけ冷静に告げたが、悔しさが込み上げてきていた。会津若松駅の指令室には、駅長の渡辺さんらJR東日本の職員数人が集まり、運行情報表示装置で石油列車の運行を見守っていた。同装置は列車が信号機などを通過するたびに画面に表示されるもの。

 なにごともなければ一定のテンポで画面が動いていく。磐梯町付近で画面の動きが遅くなると、職員から声が上がった。
「頑張れ。登れ、止まるな」
 しかし、翁島近くの更科信号所を列車が通過したデータは受信されず画面は動かなくなった。

「止まったか? 雪だな、たぶん」
間もなく無線で救援要請が寄せられた。
「了解しました。救援車両を派遣しますので、待っていてください」
駅長の渡辺さんが指示を出す。

「DE10、準備いいな」
「いつでもいけますよ」
 部下の声が心なしか弾んでいた。鉄道による歴史的な石油輸送を目撃すべく猪苗代湖畔で列車到着を待っていた日本石油輸送石油部の渡辺さんも、異常を察知。

 過去に何度も冬場の停車事案が発生している地点は調査済みだ。同行の友人と共に、翁島手前のポイントに車を走らせた。現場は激しく吹雪が舞う。驚いた事に、そこには既に5、6人の鉄道ファンが先着していた。視線の先にはDD51を先頭にした石油列車が立ち往生していた。

「脱出をトライしていたけど、無理っぽい」
 渡辺さんに気付いた先着者が心配そうに話しかけてきた。
「雪の磐越西線、やはり甘くないな」。
 用意してきたカメラを向けるのも忘れ、呆然と石油列車を見つめるした。
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