chapter1-5:仮面のMetamorphose

文字数 6,843文字



『おー、遅かったなぁ!ちょっと早いけど始めてたよ!』




 崩れ行く家の大黒柱。
 そんな今なお煙を上げ続ける廃屋―――鳴瀬ユウの我が家だった場所を前に、クラッシュ・ロウはおどけるような素振りで言い放った。



「……は? 」

 ―――意味が、分からなかった。


「まだ、11時―――」

 昼と呼ぶには早すぎる時間に、僕はあの路地裏へと確かに行った。
 だが奴は出てこなかったのだ、だからここに一度戻ってきただけ。


 ―――それがどうして、こんなことに。


『ん、その手に取ってるもん……』

 クラッシュ・ロウは僕の手元のキャリーを見つめる。
 積み重なっているジェラルミンケース。
 それはまさしく、彼に集めてこいと命令された三億円そのもの。

『―――まさか、ほんとに3億集めたの!?まぁじで!!!?すげーじゃん!!!!』

 ―――だが、それを見て奴は意外そうな声を上げた。

 その反応から僕は、すべてを察してしまった。

『いやー、惜しかったなー!俺がここに来る前だったらあのご両親も妹さんも助かったかもなのにー!』


『―――ま、どっちにしても焼き払ってたとは思うけど』


 あぁ、やはり。

 ―――こいつは最初から、僕の家族を皆殺す算段だったのだ。

 三億円を集めろ、なんて頭の悪い命令もきっとただの遊びのつもりだったのだろう。
 実際に集めてくるなんて想いもせず、ただ困惑し恐怖し、家族への後ろめたさに苦しむ鳴瀬ユウという人間を面白おかしく観察したかっただけ。

 ―――それどころか、この様子だと観察すらしてたかも怪しい。

 だとしたら僕のあの得体の知れない恐怖感は完全に取り越し苦労で、無駄なものだったということだ。

「……お前…………!」


『いやいや、だって普通学生に三億なんて集めるの無理っしょ!つか俺金に困ってないからいらないし』


 思わず怒りを露にする僕に、クラッシュ・ロウはなおもふざけた態度を取り続ける。

『まぁでも献上品としてもらう分にはありがたいか、じゃ、それそこに置いといて―――』


 ―――その時だった。

「ヒ、ヒーロー様……なぜ、私らの家を……」

『ん?』

 老人の声が、響いた。
 見るとそこには、この街の町内会会長であるお爺さんが立っていた。

 その後ろには主婦の奥様方や小さな子供まで、休日を家で寛いで過ごしていたであろう周辺住民の人達が集まっている。
 恐らくは皆、この家が破壊された音を聞いて慌てて駆け付けたのだろう。



『あぁ貴方達、ここらの住人の方々ですね!実はこれには深い事情がありまして……』

 途端、クラッシュ・ロウは声色を変える。

 それはまさしく営業マンめいた変わりようで、先ほどまでの横柄な態度は一切見受けられない。

 ―――まさしく、正義の味方のような懇切丁寧な対応。

「は、はい……」

 思わず普通に対応してしまうお爺さん。
 だが、その後に聞こえた言葉は誰もが耳を疑うものだった

『―――それは、そこの彼が怪人だからです!』



「―――はぁ!?」

 唐突に向いた矛先に、思わず驚愕の声を上げてしまう。

 ―――怪人。
 体内の負のエネルギーが過剰増幅し能力が暴走した子供達が変異する、人とは違う生命体。

 本来それを狩ることも一つの目的として結成された『英雄達(ブレイバーズ)』だ、なるほど確かに話は通っているのかもしれない。

 だがまさか僕が怪人だなんて、そんな嘘八百を並べ立てるなど―――

「な、ユウくんが!?そんな……」

 同じく驚愕の声を上げるお爺さん。
 その様子にたまらず、僕は否定の言葉を投げていた。

「ち、違う、僕は!?」

 思わず狼狽する僕。
 なんで、こんなことに―――

 ―――だがそんな僕の混乱と必死さを、 御老輩はすべて察してくれていた。

「いや分かってる、分かってるよユウくん!町内会の為にもたくさん協力してくれた君が、まさか怪人だなんて……」

 かけられた優しい言葉。
 その暖かな声と言葉に、僕は思わず感動した。

 これまで地域の催しには積極的に参加してきたし、日頃の挨拶も欠かさなかった。

 それがきっと、今日に繋がって―――


『―――なんだ、騙されねぇのか』


『じゃ、死ね』

「ぐぶっ」

「―――」



 不意に振るわれた剛腕と、飛び散る鮮血。その光景を見て、僕の表情は固まった。



 ―――あぁ、人の命というのはどうしてこうも、簡単に奪われていくのか。

 もしかしたら、日頃の行いなどその人物の末路には一切関係ないのかもしれない。

 だって、どんなにいい人だったとしてもこうも簡単に、悪意にその命を踏みにじられる。しかもその悪意は自分のことを『正義』だと喧伝して憚らないのだ。

 そして民衆はそれを支持し、盲信し、思考を停止する。




 ―――ならば、いっそ。


『そう、やっぱその顔が最高だぁ! 』

 立ち尽くす僕―――否、「俺」。

 その姿を見て心底嘲るような、クラッシュ・ロウの下卑た笑いが周囲に響く。

 絶対に自分に抵抗できない弱者が絶望する顔を見て、そんなに愉しいというのか。
 弱者を虐げて、力を誇示して、そんなにも。



「――――あぁ、」



 ―――今、力が欲しい。
 あの傲慢な正義を破壊する為だけの、絶対的な力が。




 きっとこれは、復讐心というやつだ。


 俺は、この屑を―――


「殺す」


 ―――そう誓ったその時、俺の腕から光が迸る。
 白い光の奔流、それはまるで日の光の如く辺りを照らし、目をくらます。



『あぁ……?なんだ、その光……!?』

 クラッシュ・ロウも、その光に思わず目をそらす。


 ―――その光が収まった時、鳴瀬ユウの腕には再びあの腕輪―――『エゴ・トランサー』が巻かれていた。



 あぁ、そういうことか。
これが、あの女の言ってた「適性」というものか。


 ―――全身に先程気絶した時と似た感覚が走るが、先ほどまでよりも不快感は少ない。

 むしろ、それが心地よくて、馬鹿らしくて。


「―――」


 ―――脳裏に流れ込む、この機械の使い方が。

 そして、俺は握った拳を見る。
 光が集まり、ナニカがそこに形作られる感覚が脳裏に浮かぶ。

 鳴瀬ユウという存在がそれを知覚したその瞬間、暗黒を想わせる紫の光が霧のように現出した。


 ―――『MASKED』と中央に彫られた、PCの基盤のような意匠が施された小さな機械。

 それが握った手の中に生成され、怪しく紅い光を発する。

『その触媒(カタリスト)変身機(トランサー)!?まさか、お前は―――』




 ―――さぁ、行こう。


「―――『変身』」

MASKED(マスクド):負荷着装(アンチフォーミング)


 その声と共に、記憶触媒(メモリ・カタリスト)をトランサーへと装填したその瞬間。

 俺の身体の周りを、黒い霧が覆い包んだ。

 ―――あぁ、この感覚。

 全身をどす黒いエネルギーが覆い、それは鎧のようになって全身に装着されゆく。

 断続的に機械音が鳴り響き、その度に今自分が『一般人』からかけ離れていっているのだということを自覚する。

 顔を、仮面が覆う。

 そして全身の鎧の装着―――『変身』が完了したその時、全身の廃熱機構部から蒸気が噴出された。



 ―――視界を阻む霧が、晴れる。



◇◇◇




『てめぇは……!?』

 クラッシュ・ロウの狼狽する声。

 その声に気付き、俺はふと道端のカーブミラーに映る自分の姿を見た。

『……この姿』


 ―――鋭利な装甲に身を包んだ、仮面の戦士。
 それがそこに映っていた、変身した自分の姿だった。


 そんな鳴瀬ユウの変貌した姿を見て、ふと笑いそうになってしまう。

 だってこの色と姿、まるで今の自分の心のなかみたいに歪で刺々しくて、醜悪で。


『僕には……いや、「俺」にはお似合いの色だ』

 心の底から、そう思ったのであった。




『な、なんだてめぇも、ヒーローだったのかよ!……ごめんなぁ、家族を殺しちまって』

 そんなことをしている間にも、狼狽したままのクラッシュ・ロウは釈明を始める。

 先程までの態度はどこへやら。
 どうやら奴は、『英雄達(ブレイバーズ)』のなかではそれほど高い地位にはいなかったらしい。

 相手が同格か、それ以上か。

 俺が今初めて変身したばかりだということも知らずに、勝手に勘違いをしているようだった。

『だ、だがよ!『四英雄(カルテット)』の「リバイバル・アクター」さんの力添えがあれば生き返らせられっから、だから俺のやったことを、隠して……』


 ―――は?

 こいつは、それで赦されるとでも思っているのか?
 家族を生き返らせることが出来るかも知れない、という事実を伝えたことにだけは、少しの感謝をしてやらないこともない。


『―――いや、お前は潰す。お前のやったことも、全部公開してやる』

 だが、それが成されたとしてもこの屑がやった今までの悪行がチャラになるなんてことは絶対にないのだ。

 なんであれ復讐は遂げる、それは最低限にして、絶対の目標だ。
 きっとこの歪な力を手にしたのも、全部そのためで―――


『そんな!俺ら同じ正義の味方で、仲間だろ!?』

『―――正義?』



 ―――思わず、大地を蹴る。

 下らない雑音と妄言を垂れ流す目前の敵に、俺はつい(はや)り駆け出した。

 風を切る音と、過ぎ去っていく風景。
 比較的遠くに立っていたクラッシュ・ロウへの距離が、瞬く間に縮まっていく。


 ―――身体が恐ろしく軽く、早い。


 実際に動かしてみて分かる、今の俺の身体は性能が段違いに引き上げられている。
 元々の自分の能力である「身体強化」も捨てたものではないとは思っていたが、これはそれ以上だろう。

 或いはこの腕に付けられた「エゴ・トランサー」が、それを増幅しているのか。


『んなっ!?』

 クラッシュ・ロウの眼前。


『―――お前らみたいな奴らが正義だっていうなら』

 手に力が宿る。
 手甲が紫に発光し、内部のモーターのような部分が高速回転を始め、そして。

『俺は、「悪」で十分だ』



 ―――加速した拳が、『英雄(ヒーロー)』の額へと直撃する。



『―――ぐふぉぉぉぉッ!???』



 吹き飛ぶクラッシュ・ロウ。
 その勢いは止まらず、何軒もの建物を突き破っても減速せずに貫通し続け、そして。



『―――あ、が』


 大きなビルの根本に直撃して、ついに止まった。
 着弾したビルには巨大なクレーターが出来上がり、辺りは瓦礫まみれとなる。

 クラッシュ・ロウは全身から血を噴き上げ、思わず項垂れる。

 ―――ここで気絶しない辺りは、腐ってもヒーローといったところか。

 そんな彼の前に、俺は一足飛びで住宅街を飛び越え降り立つ。


『待、待ってくれ……痛いのはやだ、やめ―――』


 ―――その瞬間、クラッシュ・ロウのトランサーが外れる。

 大地に落ちたトランサーの中からはオレンジ色の記録触媒が外れ、地面に転がった。


変身解除(リクルージョン)


『あっ―――』

電子音声が、辺りに鳴り響く。
 それと同時に、クラッシュ・ロウの変身が解ける。
 ―――恐らくは時間切れだ。

 そしてそれはヒーローの爆発的な能力向上も、無制限ではないということ。うかうかしていては自分とて、いつ変身解除に追い込まれるか分かったものではない。

 ―――手早く、復讐を遂げなくては。


「ま、待ってくれェ!俺はもう丸腰なんだよ!?それに危害を加えようなんて、そんな……」

 目前のクラッシュ・ロウ―――だった男は、情けなく涙を流しながら訴えかける。

 無様に命乞いをするその姿は、あまりにも滑稽。

 だがこれがクラッシュ・ロウの今まで愉しんでいた優越感の正体なのかもしれないと思うと、反吐が出そうだった。


『何人がお前に同じ事を言った?』


『へ―――?』



『その命乞いを、お前は何回無視した?』


『いや……それは……、』


 吃りながら、目をそらす男。

 ―――それを見て、少しの躊躇もいらないことを俺は確信した。

『―――喰らえ』

「待、待って……やだ……」

 拳から、光が迸る。
 それは拳から漏れだした破壊エネルギーのその極一部だ。

 ―――つまりはこれが、今出来る最大限の出力。



「いやだ、いやだいやだいやだ!しにたく―――」

 拳を振りかぶり駆け出す鳴瀬ユウ―――否、仮面の戦士の姿に、男は情けなく失禁しながら逃げ出そうとする。

 だが、間に合うわけがない。


 ―――否、間に合わせてなどやるものか!

 俺の家族も、知り合いも、見ず知らずの人達だって無差別に殺してきたような屑を、これ以上この世界に存在させてなんておけるか。

 この男はここで必ず殺す、絶対に―――!

 男の目前。

 拳は吸い込まれるように男の顔面へと向かい、そして。

『死―――』



「―――そこまでです」


 ―――謎の力場に、阻まれる。


『あんた、は……!』

 響いた声には覚えがあった。
 つい数時間前に聞いた声。
 俺に、この変身機を埋め込んだ女。

 ふと横を見ると、緑がかった黒髪のスーツ姿の女が、タブレットを手にこちらを見つめている。


 ―――間違いない、レイカその人だ。



「あら、素直に拳を収めてくれてなによりです!」


 レイカの姿を認めた俺は、拳の強化を解き一旦距離を取った。

 ヒーローをも打ち倒す拳を受け止めたレイカ。

 だが、その腕には変身機(トランサー)のような物は巻かれていない。
 一体どのような手品で、この力を相殺(そうさい)したというのか。

「彼の身柄は、私たちの組織が一時的に拘束しますので」

 彼女はそういって、周りに指示をするような素振りをする。

 ―――その瞬間。

 どこにいたのか、辺りから黒服の男性たちが数人現れ、倒れ付したクラッシュ・ロウの元へと向かい出す。

 まずい、このまま連れていかれたら復讐の機会を失ってしまう―――!

『待て、俺はそいつを―――』

 俺はつい、たまらず駆け出す。
 だが、レイカはそれを制止するように手を翳した。

「復讐なら後でも出来るでしょう?こいつから能力を回収する為に、少しの間借りるだけだから!」

 そういってレイカは、俺の後方を指差した。

 俺は後ろから車が走ってくるような音を聞き取り、思わずその指された方角に振り替える。

 するとそこには大きな車両が止められており、そこからは怪我人を輸送するためのストレッチャーが出てきていて―――


「それにほら、妹さんもいることだし?」


 ―――そこには最愛の妹、鳴瀬ハルカは血塗れで横たわっていたのだった。

「……ッ!?ハルカ!」

 その衝撃的な出来事に、俺はクラッシュ・ロウのことなどそっちのけでハルカの元へと駆け寄る。
 まさか無事だったのか?あれほどの惨劇のなかで?


 だとしたら―――


「ご両親は……その、遺体で収容してるわ。生きていたのは、妹さんだけ」

 淡い期待は、すぐに砕かれた。
 ―――だが、それでも。

 一人でも生きていてくれたことは、俺にとって形容できないほどの救いで、嬉しくて。

『ごめん……ごめんな、ハルカ……!』

 そして、それと同じくらいに自責と後悔の感情が、胸の内に渦巻いた。


「出血多量で気を失ってるみたいだけど、まだ死んではない。私たちの息のかかった病院でなら直ぐに治療ができるけど、どうする?」

『……頼む』


 選択肢など、とうにない。

『よろしい。それと貴方にも同行して貰いたいの、私たちの拠点へと。それもよろしいですよね?』


 たった一人生き残った家族を助ける。
 それが成されるなら、それ以上に願うことなんてない。

 ―――もう、自分にはそれ以外何も残されていないのだから。


『―――あぁ、なんでもいい』



家族(いもうと)が無事なら、それで……』


 家族という言葉。
 その言葉が意味するところがもはや妹だけになってしまったことに、俺は思わず涙した。


 ―――仮面の中で、誰にも見えはしなかったが。





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