第7話 自死でも葬儀は拒否しません。

文字数 1,487文字

ひとまず捕まえられたみたいですね。ヒーロー組合に連絡を取ってこちらで彼女を引き取ります。
ああ、ただ……
ハジメさん、彼女のことで過去に不当な訴えがあれば、それに基づく対処はさせません。私が調べて洗い直します。ただし、今回は明確な意志と殺意を持ってあなたの命を奪おうとしてきました。その点はきちんと処罰を受けてもらいます。
分かった……そうしてくれ。
その時だった。四人の中で最も動物的勘の鋭いペンタがふと呟く。
おいっ……あの姉ちゃん急に静かになったな?
おかしいですね……あれだけ騒いでたのに、さっきから少しも動く気配がありません。
えっ……でも、この穴は垂直でそう簡単に登れないし、毒液も上までは届かないですよね? 何か企んでいるとしても、こちらが下手に動かなければ逃げ出すことは……
いや、何か変だ……息さえしているように見えない。まさか……自分で命を?
「あんたたちに従うくらいなら死んだ方がまし」……ついさっき投げられた言葉が頭に浮かぶ。ハジメは慌てて穴の中を覗き込むが、彼女の体はピクリとも動く様子がない。
下まで行って確かめたら襲われる、っていうパターンかもな。罠だとしたら、穴の中で毒液を吐かれたら逃げられる余裕もない。一発でアウトだ。かといってマジで息をしていなかったらこのまま死なせることになる……なかなか厄介じゃねーか。
まさか……死のうとする人間を止めないわけにいかないメグミさんたちの心理を利用して? 確か、キリスト教では自殺も罪になるんですよね?
自ら命を絶つことは罪である……教会内でそのような評価が定まってきたのは、7世紀の教父トマス・アクィナス以降だと言われている。欧米では、カトリックの信徒が自死によって命を落とした場合、神父が葬儀を引き受けてくれないなんてシーンが映画に出てくることもある。しかし、実際のところ、日本のカトリック教会では「自殺だから」という理由で葬儀を拒否することはまずないと言っていい。とはいえ、目の前で死のうとしている人間をほっておくわけにはいかない。
どうする? 罠だったらこっちが死ぬし、マジだったら彼女が死ぬぜ……?
くっ……!
ハジメが選択しようとした時だった。突然、背中に焼けるような痛みが走る。
ハジメさんに毒液が!?  なっ……どうして!?
振り返ると、ついさっきハジメが上からレッド・ショットを放ったように、教会の屋上に立って毒液を飛ばしてくるスネイク・マーダーの姿があった。
残念っ、気づくのが遅かったわね!
やられた……穴の中で動かなくなっていたのは、脱皮した皮の方だったのか。
そう、彼女はハジメたちが話している間に脱皮した皮を身代わりにして、こっそりと穴を抜け出していたのだ!
おいおい、わけが分からないぜ。穴は垂直に掘ってあったんだぞ? 蛇は自分で穴を掘らないし、いったいどうやって抜け出したんだ?
忘れてました……そう言えば、蛇はレンガの溝を利用して壁を登れるほどの能力があります。お腹に生えた鱗を立たせながら、壁に引っ掛けて進むことができるんです。
脱皮に鱗の能力か……完全に油断していたぜ。

背中の鱗が一部溶け、ハジメは自嘲気味に苦笑する。幸い、鱗のおかげで思ったほどひどい負傷はしていない。これは穏やかに終わらせそうにないな……そう呟きながら、ハジメはもう一度神経を集中する。再生能力の高いトカゲのミックスで助かった。エネルギーをだいぶ消耗する代わり、傷ついた鱗をみるみるうちに再生させる。スネイク・マーダーの方もこれだけ何度も毒液を出したのだ。残りは幾ばくもないだろう。今度こそ、次に決着がつく。ハジメは深く息を吐き出した……

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登場人物紹介

【琴乃ハジメ】KOTONO,Hajime

トップクラスのヒーローをやめて牧師になった青年。暴力を封印し、教会の仕事に専念しようとするが、ヒーローに復職させようとする者や戦いを挑んでくる敵が後を絶たない。

【飯野カナ】INO,Kana

ヒーロー組合の職員で、ハジメを復職させるよう業務命令を受けている。真面目で責任感が強く、業務を果たそうとするあまりちょっとストーカー気味になっている。

【神野メグミ】KAMINO,Megumi

ハジメの教会の主任牧師。プロテスタントの牧師なのに、なぜかシスターのコスプレをしている。丁寧な口調でいつも笑みを絶やさないが、時々凄みのある雰囲気を纏う。

【ペンタ】Penta

教会に住み着いている黒猫……と思われているが、元々怪人だった一人。悪戯好きで声真似を使って人を混乱させるのが得意。教会の子どもやお年寄りに好かれている。

【蛇の怪人】

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