第六話

文字数 1,457文字

結局、駿馬の脚に助けられて、襲撃もなく私たちはオアシスに着いた。
砂漠の陽は暮れかかっていたが、まだ沈んではいない。木賃に泊まるというアビと村の入口で別れて、私とミノメールは旅行者用の宿を取った。馬賊はここで、数日に一度の仲間の訪れを待つという。土地に心を縛られた身では盗賊稼業から抜けるのは難しいだろう。次に会ったら斬るとだけ伝えた。

宿に入ると一番に、私たちは湯を浴びて体の埃を落とした。砂漠ではなによりの贅沢と言っていい。このために、路銀をはたいて二人分の宿銭を払ったのだ。部屋に戻ると、ミノメールが片手で不自由そうに髪を拭いていた。艶やかな黒髪に再び魅せられて、私は彼の手からタオルを取り上げる。――ここからは少し時間を飛ばそう。

遅い夕食を済ませて、私は籠に盛られた果実を()いている。南方からの行商が運んできた特産品だろう。寸分の差もない八片の櫛形に切り揃えてから、ひとつ摘んで味を見た。甘い。皿の上が奇数になったところで、それをミノメールに差し出した。一応私の国では礼儀だ。

「コレリー、やっぱりやめた方がいいよ」

林檎の一片を手に取ったまま、ミノメールは思い余った顔で言った。仄かな果実の色はこの友人の肌とよく似ている。

「なんだ、私の腕を疑ってんのか?」
「そうじゃないよ。でも危ないと判っているのにわざわざ……」
「危ないから賞金首なんだろ」

私は笑った。

「いつもこういう仕事で路銀を稼いでるんだから大丈夫だ。皿洗いがしたくて旅してる訳じゃない」

それに、先ほどの彼の話を聞けば、問題の大男が棲む墳墓がミノメールの目的地の一つであった事は明白だ。とりわけて裕福でもないらしい彼が身の危険を冒してまで出て来た旅である。一肌脱ぎたくもなるではないか。

「どうせその腕が治るまでは国にも帰れないだろ? ここで暫く休めばいい。そのうちに片付けてやるよ」

私は荷物の中から脇差を取って(おもむ)ろに引き抜いた。もう何人かの血に濡れてきた刃だが、手入れの済んだ刀身は新品のような光沢を放っている。
刀というのは鞘に収められた姿が最も美しいと私は思う。抜き身の刃の輝きはたしかに人を魅せるところがあるが、いかに鋭利に研ぎ澄まされた刀でも、その輝きだけでは次第に嫌悪の感を与えるようになっていく。砂漠の太陽が人を()くのと同じだ。

「遺跡の中ってのはどんな風になってるもんなんだ?」

脇差を鞘に戻して、私は訊いた。

「場所によるけど、ここのはかなり発掘も進んでいるからね。通路の部分は大人二人くらいは並んで歩けるくらいの広さがあるはずだよ。調査隊が入ってた頃は全体に灯りが燈ってたんだろうけど、いまは地下に潜っちゃえば真っ暗だ」
「人が暮らせるような部屋もあるのか」
「うん、実際に墳墓の守護職に就いた人たちが大勢常駐してた場所だもの。詰め込めば百人からの人数が暮らせるよ。地下にある細い水脈を引き込んで井戸の代わりにしてたって聞いた事がある」

となると、件の大男の(ねぐら)はかなり深い地底ということらしい。数年間の月日は身に染みついた戦いの技を損なうほどには長くはないが、孤独な隠者を獣の一匹に変えてしまうには十分な時間だ。アビの話が誇張でないなら、大男の手にはいつも、その背の丈ほどの巨大な剣があるという。獣の脳に人の技術だけが残るとき、剣は魔性を帯びてその主に憑く。
心配そうに眉を顰めるミノメールに微笑を向けながら、私は早くその魔性を見たいと思った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み