第4話
文字数 946文字
頬杖をついて話し続ける母は、いつものように「母さん」とは呼べない雰囲気だった。母親という
ラスボスの気配を感じるのは、今戦ったら、親子の情とか持ってもらえない気がするからかな。徹底的にボコられそう。
「あの人が帰ってくる予定だった日に、約束した時間に約束した場所に行ったりしたよ。来るわけないのにね。出るわけがない電話にも、契約が切れるまでかけ続けた。”
「そ…っか…」
それ以上、何の言葉も出ない。
「あの人の部屋が撤収されるときには立ち会わせてもらった。沖縄のコと、検死に立ち会ったコと三人で。それがちょうど金木犀が盛りの時期で、アパートの周りがその香りに包まれててね。だから今でも、金木犀の香りは嫌い。嫌いと言えば、葬儀には参加しなかったサークルメンバーの女子に、いきなり”あなたの気持ちはわかる”と言われて、今でも嫌い」
動かない表情で話し続ける母は、”他人”を通り越して”別人”のようだった。
「そのコ自身を嫌いなんじゃないよ。だけど、そう言ったあの時のあのコは嫌い。私の何がわかるんだ。カレカノとか言ったって、しょせんサークルメンバーに理解されちゃう程度の仲でしかないんだよって、言いたいのかって。被害妄想もはなはだしいんだけど、そう思っちゃったんだよ。……今ならわかる。あれは、あのときの彼女の経験値と語彙力精一杯使って、なんとか慰めようとしてたんだろうって。ただ、それを受け取る余裕もなかったのよ、こっちだって。言い返す気力もなくて、今では言い返すのもバカバカしい昔話になっちゃって。行き場のない気持ちだけが、いつまでも燻 ってる」
母が語る「昔話」は、情報過多だ。
その事実も、心情も。
どうしていきなり、こんな重い恋バナをし始めたのか。
その理由はすぐにわかった。
「あの人は、バイクの自損事故で死んじゃったんだけど」
人は驚くと、本当に息を飲むらしい。
「発端は、宝くじに当たったことなんだよね」
音が出るほど大きく息を吸った僕の前で、母は長い長いため息をついた。
役割
が削げ落ちて、まるで赤の他人みたい。ラスボスの気配を感じるのは、今戦ったら、親子の情とか持ってもらえない気がするからかな。徹底的にボコられそう。
「あの人が帰ってくる予定だった日に、約束した時間に約束した場所に行ったりしたよ。来るわけないのにね。出るわけがない電話にも、契約が切れるまでかけ続けた。”
ただいま
電話に出ることができません”っていうメッセージの途中で切ることを繰り返して…。一緒に取った講義では代筆し続けた。何とかして、あの人が生きていた時間を引き延ばしたかった」「そ…っか…」
それ以上、何の言葉も出ない。
「あの人の部屋が撤収されるときには立ち会わせてもらった。沖縄のコと、検死に立ち会ったコと三人で。それがちょうど金木犀が盛りの時期で、アパートの周りがその香りに包まれててね。だから今でも、金木犀の香りは嫌い。嫌いと言えば、葬儀には参加しなかったサークルメンバーの女子に、いきなり”あなたの気持ちはわかる”と言われて、今でも嫌い」
動かない表情で話し続ける母は、”他人”を通り越して”別人”のようだった。
「そのコ自身を嫌いなんじゃないよ。だけど、そう言ったあの時のあのコは嫌い。私の何がわかるんだ。カレカノとか言ったって、しょせんサークルメンバーに理解されちゃう程度の仲でしかないんだよって、言いたいのかって。被害妄想もはなはだしいんだけど、そう思っちゃったんだよ。……今ならわかる。あれは、あのときの彼女の経験値と語彙力精一杯使って、なんとか慰めようとしてたんだろうって。ただ、それを受け取る余裕もなかったのよ、こっちだって。言い返す気力もなくて、今では言い返すのもバカバカしい昔話になっちゃって。行き場のない気持ちだけが、いつまでも
母が語る「昔話」は、情報過多だ。
その事実も、心情も。
どうしていきなり、こんな重い恋バナをし始めたのか。
その理由はすぐにわかった。
「あの人は、バイクの自損事故で死んじゃったんだけど」
人は驚くと、本当に息を飲むらしい。
「発端は、宝くじに当たったことなんだよね」
音が出るほど大きく息を吸った僕の前で、母は長い長いため息をついた。