魔女(5)
文字数 1,997文字
しかし、僕はそれ以上のことが出来なかった。一人が突然、僕の両足を撃ち抜いたのだ。
その武器は猟に使う散弾銃の様なもので、僕の足が吹き飛ぶのと、僕が弾みで転がってしまうのと、どちらが先か分からなかった。僕はあまりの痛みに、気絶してしまったのである。
僕が意識を取り戻した時、車は未だ走り続けたままであった。
足の痛みは、我慢できるレベルになっていた。明らかに、アルトロの力で痛みが軽減されている。だが、両足は全く動かない。と言うか、見た訳ではないが、足は既に存在していないのだろう。それでも、両足の手当は済んでいる様で、太腿を縛られて止血だけはされている様だった。
「いいか、俺たちにゃ心を読む術を使えるんだ。もう頭の中でも変な事を思うんじゃねぇぞ。次にやったら足じゃなく、頭が吹き飛ぶと思うんだな」
僕は、こいつらが何故、すぐさま僕を撃ったのか良く分かった。そう考えると、今は何も考えず休んだ方が良いだろう。下手に何かしようなどと思うと、本当に僕の命が危ない。
しかし、自分でも不思議なのだが、両足が吹っ飛んだと言うのに、僕はそれほどパニックになっていなかった。
理由は分かっている。
痛みが相当抑えられているのと、僕は再生できると信じていたからだ。
最近の僕は、自分の回復力に凄く自信がある。ビルが崩壊した時もそうであったし、心臓を貫かれた時もそうだった。
今回、両足が吹っ飛んでも、僕は同じ様に必ず回復できると考えていた。だが、そのメカニズムを僕は理解できていない。アルトロの能力が僕の再生能力を強化させた為なのだろうか?
しかし、心臓を刺された後、僕たちは自分の身体にいなかった。なのに戻った時には既に傷が癒えていて、憑依を解いても何も問題なく行動することが出来た。何故だろう? 誰かが、僕の身体を直しているのだろうか?
ヌディブランコ2号は都心を抜け、高速を通って一気に郊外へと走って行く。僕は床に寝かされた状態なので、どこをどう走っているのか分からない。ま、それを考えたら命が無いかも知れないのだが……。
最近は高速の入口も自動になっているので、止められることは無かったが、ETCの入口には監視カメラが設置されているだろうから、アオウミウシのマイクロバスがどこを通ったかなどは、直ぐに調べてくれるだろう。
「おい、次のSAで止めるんだ。そこで別の車に乗り換える」
彼らは事前に次のSAに仲間を待機させておいて、この目立つウミウシから、自分たちの車に移動させる心算だったのだ。そうなると、少々追跡は困難になってくる。
「そこには、あなたたちの仲間も何人かいるんでしょう? だったら、私は逃げられないわ。この子は解放してやってくれない?」
「そうだな、解放してやってもいいぜ」
そう言った一人が、ニヤリと笑って僕の頭に銃口を向ける。僕はその表情で理解した。こいつは僕を解放する気なんか無いんだ。東門隊員をウミウシから出したら、僕を射殺する気でいる。
東門隊員も僕と同意見の様だった。
これまで彼女はチャンスを待っていたに違いない。都心のオフィス街では一般市民に被害が及ぶ事もある。だから、東門隊員は抵抗せず車を発進させた。しかし、もうチャンスは無い。SAで車を止めたら、もう僕は助からない。
彼女はSAに入る少し前で、突然急ブレーキを掛けた。僕は床を転がり身体と頭をぶつける。恐らく東門隊員もシートベルトで身体を締め付けられ、ハンドルに頭を突っ込んでいるだろう。だが、一番ダメージを受けたのは僕たちを拉致した二人のテロリストだ。
東門隊員に銃口を向けていた方は、強かに運転席の脇のダッシュボードに頭を打ちつけ、僕を見張っていた方は、冷蔵庫の前ドアに激突している。東門隊員はダッシュボードの敵から銃を奪い取り、躊躇なくそのテロリストの頭を撃ち抜いた。そして、シートベルトを外すと僕の方に向かって行き、残りの一人を倒そうとする。だが、そいつはもう起き上がり、東門隊員に銃を向けていた。
僕は身体を芋虫の様に転がしながら、その男の両膝裏を拳で叩く。勿論、アルトロの力付きでだ! テロリストは膝が崩れ、ヌディブランコの天井を撃ち抜いた。その隙に東門隊員は相手の頭を持っていた銃で思いっきり殴りつける。それで相手の頭蓋は割れ、脳漿と血液は激しく飛び散った。
「チョウ君! SAにいるこいつらの仲間が来る前に、ここから逃げるわよ!」
僕は胸ポケットを探る。だが、そこに携帯はなく、残念なことに、SPA-1を呼び出すことは叶わなかった。