第1話

文字数 819文字

 数年前の12月、ある雪の降る夜の23時過ぎ、83歳女性が腰痛で当院に救急搬送されてきました。
 「4~5日前からの腰痛」との救急隊員からの一報を聞き、なぜ今頃、この時間になって救急車で来るのだろうと思ってしまいました。
 「腰、痛てえ~。」
 救急外来で、着膨れして達磨(だるま)のようになった老婆が、狭い診察台からはみ出して横になっていました。
 「はあ~、腰痛えの~。」
 聞くと患者さんは、雪に埋もれた月山(がっさん)の麓の集落にひとり暮らしで、4~5日前から腰痛で歩けなくなり、家の中を這って移動していたものの、今日になって這うこともできなくなり、救急車を呼んだのだそうです。
 「ひゃ~! 何これ、婆ちゃ?」
 カルテを記載し指示を出している私の背後で、患者さんの着物を脱がし診察の準備をしていた看護師が、驚きの声を上げました。着物の懐からテレビのリモコンが出てきました。その後、出てくるわ、出てくるわ、内服薬、老眼鏡、封を切っていない菓子パン、財布、湿布、メモ帳…そして地元の某医院の診察券。まさに「ドラえもん」のポケット状態でした。やっと患部に到達すると、腰とは遥かに離れた側腹部に湿布が貼ってあり乾いて皺くちゃになっていました。
 この患者さんは医学的には軽症でした。経過は、入院し約1か月のリハビリテーションを経て杖歩行ができるまで回復しました。退院支援として最大限の福祉サービスを整え、患者さんの希望もあり、ひとりで雪に埋もれた自宅に帰って行きました。
 これが冬の僻地(へきち)医療の現実の一端です。

 さて写真は2016年1月に撮影した夜の羽越本線余目駅です。降る雪を写真に映す方法を知ったので試してみました。

 僻地の医療弱者の多くは移動手段を持たない高齢者です。冬の1月、83歳の老婆が(失礼、)病院を退院してひとり、月山(がっさん)の麓の雪に埋もれた自宅の前に立った時のことを想像すると言葉が出ません。
 ドラえもん、何とかならないでしょうか?
 んだの。
(2019年11月)
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