咎人達の宴~トガビトタチノウタゲ~

文字数 2,568文字

西暦2090年8月9日―――。

この日、藤原(ふじわら) 俊夫(としお)二等陸佐は、とある人物とレストランで会食を行っていた。

「それで……、アイツに、モモに『もうおじさんはやめてくれ』って言ってるんですが。全然やめてくれないんですよ……」

藤原は笑いながら、目の前の相手を見つめる。
そこにいるのは、灰色のスーツを着た、痩せこけた白髪の老人である。

「そうですか……。でもあの子は人一倍人見知りですから。
藤原さんに気を許している証拠だと思いますよ?」

その老人、葛城(かつらぎ) 智弘(ともひろ)は、そう言ってかすかに笑う。
その力ない姿に、藤原は少しだけ笑みを消した。

『葛城 智弘』
クローンなどのバイオ研究の第一人者にして、かつて極秘に行われた()()()()()()()()のために集められた研究者の一人。
今流行りのエコロジストテロ組織の標的にもなっているバイオ技術の権威である。
そんな彼が、普段出ない表に出るのには、彼にとっては命より重要な理由が存在した。

「それじゃ……葛城さん
いつものと……、これを……」

不意に、そう言って藤原は懐から何かを取り出す。
それは、小さな映像記録用チップと――。

「手紙?」

老人がそうつぶやくと、藤原はその手紙を葛城に手渡した。

「モモから、貴方にですよ」

「……」

記憶媒体が豊富なこの時代にあって、紙の手紙は極めて珍しいものである。
老人はそれを優しげな眼で見つめた後、俯き目をつむった。

「記憶チップの方はモモの日常動画です。
手紙の方は……」

「モモ……」

その老人の呟きを聞いた藤原は、少し笑いながら言葉を投げかける。

「あの子は……貴方に、自分の想いのこもった、なにか形あるものを持っていてもらいたいんですよ」

「……私に」

藤原はさらに続ける。

「肉親のいないあの子にとって……。あなたは親そのものなんですから」

その言葉を聞いた瞬間、老人は眼を開いて机に手を打ち付た。

「私はあの子の親ではない!!」

それは、突然の吐き捨てるかのような言葉。

「あの子の……親であってはならない……」

藤原は黙って老人を見つめる。
その老人の苦しげな表情にあるのは、桃華に対する嫌悪ではない。
そんなものは彼は持っていない――、
むしろ――、

「この世のどこに……。

大事な娘を兵器として産み、

兵器として育て、

戦場へと送る親がいるのか」

それは、咎人たる自分自身への、抗いがたいほどの嫌悪。
政府からの強制であったとはいえ、自ら生み出してしまったイビツな命。
その、生まれてしまった命を守るべく、あえて政府に従った自分自身。
それは、その命を兵器として――、戦争の道具として育てる事であり――、

「葛城さん……」

藤原は黙ってその弱々しい老人を見つめる。
すでに、()()()()()()()()の計画は停止されている。
目の前の老人は、すべてを公表しない事――、
今後一切研究対象である桃華と接触しない事――、
を条件に生かされている状態である。
この老人は、果たしてどんな気持ちでその条件をのんだのか?
所詮、政府側の人間である藤原には、はかり知ることは不可能であった。

老人は、何よりも愛おしいもののように、記憶チップと手紙を懐にしまい込むと、椅子から立ち上がって藤原に背を向ける。

「藤原さん……。モモをよろしくお願いします」

その言葉を発した後、老人はその場を去っていく。
藤原は、その高身長に似合わない小さな背を眺めながら、無言でただ静かに見送る。心の中の黒い部分が強く軋む。

「葛城さん――、
それでもモモにとってあなたは、かけがえのないひとなんです――」

軋む心をそのままに、かすかな声でそう藤原はつぶやいた。


◆◇◆


「モモ……。モモ……起きなさい」

「んう?」

その日、桃華はいつもの机の上で居眠りをしていた。それを誰かの声が揺り起こす。

「ん…? あ!」

不意に桃華は顔をあげる。今は大事な勉強中だったのだ。
口の端によだれを残す桃華を笑顔で見つめる老人がいる。

「カツラギ!! ごめん!!
寝ちゃった!!」

慌てた様子の桃華を、優し気な笑顔で見つめる老人は、

「いいんだよ。勉強、疲れたろ? 少し休みなさい」

そう言って桃華の頭を撫でた。

「でも……」

「いいからいいから」

そう言って老人は桃華の手を引いて、勉強机から引きはがす。

「そうだ……。今からちょっとついてきなさい」

「? 何?」

いきなりの言葉に困惑する桃華。
しかし老人は笑顔で、桃華の手を引いて勉強部屋から彼女を連れだした。
そうして向かった先は……。

(食堂の方向?)

老人は桃華の手を引いて、食堂の扉の前に彼女を立たせた。

「さあ、モモ。開いてごらん」

「?」

意味も分からず、食堂の扉の電子ロックのボタンを押す。
扉が音を立てて開いた。

次の瞬間―――。

パパパパパパン!!!

小さな炸裂音が無数に桃華に降り注ぐ。桃華は驚いて目を見開いた。
そこにいたのは、

「モモ!!!!
ハッピーバースデー!!!!」

老人の部下である研究所の職員たちであった。

「え?」

派手なとんがり帽子をかぶり、手にクラッカーを握った職員たちは、笑顔で桃華を出迎える。
そのうちの一人、ちょっと太った男が桃華に何かを差し出した。

「モモ!! 俺からのプレゼント!!!
最新ポータブルゲーム機とソフトだ!!!! ……げふ!!!!」

突然、その男を隣にいた女性職員が殴り飛ばした。

「こら!!!! 田中!!!!
それは18禁エロゲだろ!!!
何考えてんの!!!!!」

その言葉に、男性職員の方は、

「ちがいます~~~~。
エロを排除した、一般向けバージョンです~~~~~」

そう言って口を尖らせる。それを聞いて女性職員は、

「同じだ馬鹿垂れ!!!!」

そう言って、男性職員の手からゲーム機を奪い取った。

「あ~~~。僕からの誕生日プレゼント!!!」

「……」

桃華は、あっけにとられた表情で、二人の追いかけっこを見つめる。そして、

「ぷ……」

不意に吹き出し、笑い始めた。

「ありがとう。みんな……」

そう言って呟いた桃華に、職員たちは満面の笑顔を向けたのである。

「う~~~」

突如、涙を流して泣き始める田中。

「泣くなよ田中。顔がキモイぞ」

そんな彼を、職員たちが囲んでいじり始める。

「モモ……」

不意の、背後からの言葉に、桃華は振り返った。
そこに、いつのも優しい老研究者は立っていた。

「モモ……。
ハッピーバースデー。
桃華……」

その老人の笑顔はどこまでも優し気で。


―――それは、
桃華にとって、何よりもかけがえのない―――。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

小柄な中学生くらいの見た目の少女。

人工的に合成された遺伝子による人造人間であり、肉体年齢的にはもう中学生程だが、実年齢はまだ9歳に過ぎない(本編第一話の時期)。

その身体能力は極めて高く、強化義体によるサイボーグでもないのに、それと同等の運動能力を発揮できる一種の超人である。

その能力の高さは、知能に関しても同等であり、大学レベルの論文なら一瞬にして理解できる知能を有する。

その能力に裏打ちされた性格は極めて尊大であり、自身を『天才』だと言ってはばからない、多少他人を見下しがちな悪癖を持つ。

しかし、そんな彼女の本質は極めて純真で、他人を思いやる気持ちに満ちた、本来は戦争行為など行えない優しい性格をしている。

すぐに他人の気持ちを察知できる頭脳の持ち主なので、必要な時は決して他人を不快にさせる言動はしない。

それほど純粋な性格に育ったのは、育ての親である研究者たちに、大切に育てられたことが大きく影響している。

なにより、平和な日常を守ることを使命だと考え、テロリズムには自身のできうる限りの苛烈な暴力で制圧を行う。

日本陸上国防軍・二等陸佐である優男。通称『おじさん』。

第8特務施設大隊の大隊長であり、桃華の後見人にして直轄の指揮官でもある。

そこそこ整った顔立ちのイケメンだが、多少くたびれた雰囲気があり周囲には昼行燈で通っている。

国に奉仕することを第一とする典型的な軍人ではあるが、政府の行った闇の部分には思うところがあるようで、自分をその手先の『悪人』だと思っている節がある。

海外の生まれであり、そこで戦争に巻き込まれ家族全員を失っている。

その時に救ってくれた日本国防軍のとある人物(現在は国防軍の高官)の推薦で国防軍に入ることとなった。

このため、心の中では戦争やテロリズムを憎悪しており、それを引き起こそうとする人物に対しては、容赦しない苛烈な部分を持つ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み