頭狂ファナティックス

次の一手

エピソードの総文字数=2,605文字

 忍谷と赤藤が出会ってから数日が経ったとき、忍谷は千陰に秋葉原のマンションに呼び出された。千陰の方からマンションに招くことは珍しかった。
 何かしらの局面が変わり、重大な事態になったのだと忍谷は予測した。しかしそれが良い方向に変化したのか、悪い方向に変化したのかまではわからなかった。
 マンションの一室から出迎えた千陰は兄に似た神経質な表情を浮かべていた。いつものように冗談を言うこともなかった。
 二人はダイニングテーブルに座り、話を始めた。
猫松が殺されて、忍谷ちゃんは庇護してくれる人間のあてを失った。しかし新しい庇護者になり得る人間が見つかった。これはビッグチャンスだよ。
その人間は信用ができるか? 猫松以上にむかむかする人間は勘弁だぜ。
何を隠そう、その人は私のパパだよ。今、パパはある政略を考えている。しかし千ヶ谷の家長という立場上、その達成が難しい。もしも、政治的にどこにも所属していない忍谷ちゃんが動けるならば、間違いなくパパはきみを傘下に入れる。そうすれば、当然東京にも残り続けることができる。
はたしてその政略とは? 成功すれば、素性のわからない男を身内に引き入れるくらいだから、簡単な仕事ではないのだろう。
毎年、年末になると大規模なオークションが上野で行われることは知っている? おそらく知らないだろうね。なぜなら、そのオークションに参加できるのは政界や財界の権力者だけだからだ。一般人には当然その存在を隠されている。権力者たちのオークションなのだから、一口で億が動く。そういう世界だ。怖気づくなよ? きみにはこのオークションに参加してもらうのだから。
千陰のお父さんだって権力者だろう。なぜ自分で参加しない?
このオークションの取締りが宇津木派の人間だからだ。だから、このオークションに千ヶ谷家の人間が参加することは不可能と言っていい。しかしパパはこのオークションで出品されるものをどうしても欲しいらしい。今回のオークションは二十世紀最後のオークションだから、例年よりも遥かに値打ちのあるものが競売にかけられる。
絹人さんが欲しがっているものを俺が手に入れれば、向こうも俺を贔屓せざるを得ないというわけだな。その競売にかけられるものは何だ? 俺みたいな人間は一生お目にかけれないようなものなのだろう。
聞いて驚け! それは未来を見通す道具だ。私も具体的にどのような道具なのかは知ることができなかった。しかし確かに未来を見通すことができるらしい。おそらくだけど、大昔に予言するコンプレックスを持つ人間がいた。その稀有なコンプレックスを後世に残すため、別のコンプレックスによって、ある道具に能力を宿したのだと思う。
そんな道具が本当に存在すれば、一国を傾けることも可能じゃないか。そんなものが存在するのか?
去年の正月。2000年問題により、全世界のコンピュータが誤作動を起こした。ところが日本だけは2000年問題が起きることを知っていて、事前に対処した。なぜ、日本は2000年問題に対処できたのか? それはその道具が2000年問題を予知していたからに他ならない。私も本職はハッカーだから、2000年問題の起こらないプログラムを組むために、死ぬかと思うほど働かされたけどね。その分、お給金はふんだくったけど。そして日本は唯一コンピュータが停止しなかった国として、世界の頂点に立った。それこそ、アメリカ、中国、ロシアを抑えてね。
なるほど。権力者なら何億を払っても手に入れたいものだな。しかし、ここで疑問がある。現在のその道具の所有者は誰かは知らない。しかしそんな有益な道具をなぜオークションにかける。自分で保持していれば、一生、権力を保つことができるだろう。
そのあたりは政治だね。一人の人間が未来を見通す道具を持っていたならば、すべての権力はそこに集まってしまう。そうなれば、政治のバランスはあっという間に崩れてしまう。だから周期的に道具の持ち主を変えなければならないのだよ。もっとも、その持ち主は宇津木派の人間の中で取引されるのだけれどもね。だからその道具だけによって、千ヶ谷家は宇津木の一派に遅れを取っている。私たちとしては、どうしてもその道具を宇津木派から奪い取らなくてはならない。
疑問がある。国の趨勢を左右するような道具をなぜ公の場で取引する? そういった貴重なものは秘密裏に取引するものだ。
それも政治だね。その道具を現在、誰が持っているかわからなくなれば、お互いに疑心暗鬼になる。そして、最悪内ゲバが起きる。だから公の場で取引をすることによって、誰がその道具を所有しているか明確にするのだよ。そうすれば、周りの人間は道具を所持している人間に対して、牽制する。未来を見通す道具というものはあまりにも危険だ。その取り扱いについて、関係者が調停を図らなければ、日本政府そのものが崩壊する。
確かにその道具を手に入れて絹人さんに譲渡すれば、俺は多大な信用を得られるだろう。だが、一つ問題がある。俺は一般人だ。上野で行われるという、権力者だけのオークションへの参加資格がない。
ふふふ。それが問題はきみが思っているよりも簡単だったりするのだよ。このオークションの取締り、誰だと思う?
知らないよ。もったいぶらずに言え。
上野のカジノのオーナーの源次郎助だよ。きみは源ちゃんに直接連絡が取れる。だからどうにかしてオークションの参加権を手に入れなさい。そして未来を見通す道具を買い落としなさい。源ちゃんは宇津木派の人間だ。だから交渉のさいには自分が無所属であることをアピールしなさい。
簡単に言ってくれるな。この仕事は一筋縄ではいかんぞ。もっとも、俺も成り上がるためにそれくらいの労力は払うつもりでいたが。一両日以内に源と接触して、オークションの参加権を取る。この仕事は失敗できない。
うんうん。やっぱり忍谷ちゃんは頼りになるねぇ。実はこのオークションの件、兄貴が私に相談してきたものなんだ。誰か顔を知られていないかつ、オークションに参加できる人間はいなかってね。兄貴は私を馬鹿だと思っているから、その人間に下手に出るなんて異常事態だよ。それほどにその道具が欲しいみたいだね。私がオークションに参加できる人間にあてがあると言うと、兄貴は強い期待を抱いたようだ。この仕事が上手くいけば、忍谷ちゃんの当面の問題は解決するという道理さ。

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