復活ライブ
文字数 1,883文字
その夜、一年ぶりのライブを秋葉原で行うとつづったーで告知した。
素性がバレても、またまた運良くバレなかったとしても、これで最後にするつもりだった。
一紗が、一年前に依頼されたアニメのキャラクターデザインに心血を注ぐ一方で、自分も有終の美を飾るために半年間全力で練習することを決意した。
当初、それは一紗の声援のみ成し遂げるつもりだったが、思わぬ流れで賢太郎のおばあちゃんまで巻き込む形となった。
気づくと俺は、週一のペースで賢太郎のおばあちゃんと会っていた。何の前触れもなく可愛い孫を失って寂しかったのだろう。いつも俺のことを喜々と出迎えてくれた。
「あの子は、いまだに死んだふりをしているだけなんじゃないかって思うのよ。なんたって、学習発表会では名演技を披露したんだからね」
孫の思い出を語る時、おばあちゃんは必ず派手なメガネを外して目頭を押さえる。そのたびに自分がしようとしていることは土足でおばあちゃんの心を踏みにじっているのではないかと不安を覚えた。しかし、その複雑な気持ちを察してか、おばあちゃんは溌溂とした笑みを向けてくることも忘れなかった。
その後、練習の質を上げるべく、ボイストレーニングに加えて、We Tubeにアップされたままの動画をもとに、生前の〈ハーメルン〉の仕草やなにげない癖を体にひとつひとつ覚えこませた。
いつも指にはめていたハートのシルバーリングやハット帽など、ライブで使用する衣装は、おばあちゃんの了承を得てすべて借りることになった。
その頃になると、おばあちゃんが一人暮らしではなかったことが判明する。時折、隣の部屋から顔を見せる五十代後半くらいの痩せた中年男だ。男は、まるで山奥で発見されたのかと思うほど色黒で、魂をどこかに置いてきてしまったのかと思うほど陰鬱な空気をまとっていた。上背は高かったが、恐ろしいほど存在感がなく、生きているけれど死んでいるようだった。子供に先立たれる辛さは、当人しかわからないものなのだろう。
「もともと寡黙な子なんだけどねぇ、あれでも賢太郎の父親なのよ」
言われてみると賢太郎とは鼻の形が似ていた。
「どこまであなたに話していたかわからないけどね、なかなかの〝問題児〟なのよ」
「問題、〝児〟ですか……」
どんな事情があるかまでは訊かなかったが、賢太郎の親父さんについては、断片的に知っていたので、そう呼びたくなる心情がまったく理解できないわけではなかった。
いよいよ迎えた復活ライブ当日は、歴史に残るくらいの秋晴れだった。
早速、自己紹介ソングから歌い始めた。
千代田区が、いわゆるハートではなく、あくまでも心臓の形をしているなんて気づけるのは、きっと賢太郎しかいない。
五日前に新曲が見つかったので、復活ライブは二回に分けて行うことにした。
結構な投げ銭の使い道について悩んでいるとき、一紗から電話がかかってきた。
「つづったーをチェックしてみたけど、なかなかの評判よ。賢ちゃんとは一心同体ね!」
「まるで、〈ハーメルン〉のマネージャーだな、一紗は」
「マネージャーねぇ。何だかその言葉はピンと来ないわ」
「じゃあ、どんな言葉ならピンとくる?」
「んー」
一紗は、賢太郎の隅から隅まで思い出そうとしていた。
その一言だけで、自分にはそれが痛いほど理解できた。これもひとえに、〈ハーメルン〉になりきろうと日々努力し続けた成果かもしれない。
「賢太郎は、いつも多くの星を追いかけることに夢中だけれど、私は賢太郎という星だけを追いかけているの。だから、マネージャーなんてものじゃないわよ」
「何だか、主旨が変わっちゃった気もするけど……、要するに、ふたりは両思いで、常に目標がないと生きられない性分で、ウザったいほどお似合いのカップルだってことは嫌でもわかったよ」
電話越しで、俺たちは一笑した。
「そうそう、二回目のライブでファンの子から万札を受け取っちゃってさ……」
「え、すごいじゃない! メジャーデビューも夢じゃないわね」
「そんな甘くないって……。それより、一紗の団体に寄付とかするのが良いんかねぇ?」
なかなかの名案だと思ったが、意外にも一紗は言葉を濁した。
「それは、どうかしら? 一晩で、結論出すのはいかがなものかと思うわ」
俺は頭を掻いた。
「〈ハーメルン〉同士で、じっくり相談するのはどうかな?」
琴線に触れる言葉だった。
「それもそうだな。わかった。そうしてみるよ。貴重なアドバイス、サンキューな」
そこで、電話は穏やかに切れた。
素性がバレても、またまた運良くバレなかったとしても、これで最後にするつもりだった。
一紗が、一年前に依頼されたアニメのキャラクターデザインに心血を注ぐ一方で、自分も有終の美を飾るために半年間全力で練習することを決意した。
当初、それは一紗の声援のみ成し遂げるつもりだったが、思わぬ流れで賢太郎のおばあちゃんまで巻き込む形となった。
気づくと俺は、週一のペースで賢太郎のおばあちゃんと会っていた。何の前触れもなく可愛い孫を失って寂しかったのだろう。いつも俺のことを喜々と出迎えてくれた。
「あの子は、いまだに死んだふりをしているだけなんじゃないかって思うのよ。なんたって、学習発表会では名演技を披露したんだからね」
孫の思い出を語る時、おばあちゃんは必ず派手なメガネを外して目頭を押さえる。そのたびに自分がしようとしていることは土足でおばあちゃんの心を踏みにじっているのではないかと不安を覚えた。しかし、その複雑な気持ちを察してか、おばあちゃんは溌溂とした笑みを向けてくることも忘れなかった。
その後、練習の質を上げるべく、ボイストレーニングに加えて、We Tubeにアップされたままの動画をもとに、生前の〈ハーメルン〉の仕草やなにげない癖を体にひとつひとつ覚えこませた。
いつも指にはめていたハートのシルバーリングやハット帽など、ライブで使用する衣装は、おばあちゃんの了承を得てすべて借りることになった。
その頃になると、おばあちゃんが一人暮らしではなかったことが判明する。時折、隣の部屋から顔を見せる五十代後半くらいの痩せた中年男だ。男は、まるで山奥で発見されたのかと思うほど色黒で、魂をどこかに置いてきてしまったのかと思うほど陰鬱な空気をまとっていた。上背は高かったが、恐ろしいほど存在感がなく、生きているけれど死んでいるようだった。子供に先立たれる辛さは、当人しかわからないものなのだろう。
「もともと寡黙な子なんだけどねぇ、あれでも賢太郎の父親なのよ」
言われてみると賢太郎とは鼻の形が似ていた。
「どこまであなたに話していたかわからないけどね、なかなかの〝問題児〟なのよ」
「問題、〝児〟ですか……」
どんな事情があるかまでは訊かなかったが、賢太郎の親父さんについては、断片的に知っていたので、そう呼びたくなる心情がまったく理解できないわけではなかった。
いよいよ迎えた復活ライブ当日は、歴史に残るくらいの秋晴れだった。
早速、自己紹介ソングから歌い始めた。
千代田区が、いわゆるハートではなく、あくまでも心臓の形をしているなんて気づけるのは、きっと賢太郎しかいない。
五日前に新曲が見つかったので、復活ライブは二回に分けて行うことにした。
結構な投げ銭の使い道について悩んでいるとき、一紗から電話がかかってきた。
「つづったーをチェックしてみたけど、なかなかの評判よ。賢ちゃんとは一心同体ね!」
「まるで、〈ハーメルン〉のマネージャーだな、一紗は」
「マネージャーねぇ。何だかその言葉はピンと来ないわ」
「じゃあ、どんな言葉ならピンとくる?」
「んー」
一紗は、賢太郎の隅から隅まで思い出そうとしていた。
その一言だけで、自分にはそれが痛いほど理解できた。これもひとえに、〈ハーメルン〉になりきろうと日々努力し続けた成果かもしれない。
「賢太郎は、いつも多くの星を追いかけることに夢中だけれど、私は賢太郎という星だけを追いかけているの。だから、マネージャーなんてものじゃないわよ」
「何だか、主旨が変わっちゃった気もするけど……、要するに、ふたりは両思いで、常に目標がないと生きられない性分で、ウザったいほどお似合いのカップルだってことは嫌でもわかったよ」
電話越しで、俺たちは一笑した。
「そうそう、二回目のライブでファンの子から万札を受け取っちゃってさ……」
「え、すごいじゃない! メジャーデビューも夢じゃないわね」
「そんな甘くないって……。それより、一紗の団体に寄付とかするのが良いんかねぇ?」
なかなかの名案だと思ったが、意外にも一紗は言葉を濁した。
「それは、どうかしら? 一晩で、結論出すのはいかがなものかと思うわ」
俺は頭を掻いた。
「〈ハーメルン〉同士で、じっくり相談するのはどうかな?」
琴線に触れる言葉だった。
「それもそうだな。わかった。そうしてみるよ。貴重なアドバイス、サンキューな」
そこで、電話は穏やかに切れた。