『黄金の女王』対『白銀の姫君』2

文字数 5,214文字

 大堂(だいどう)恵礼那(えれな)は審判にタイムを求めると、コートに横たわる大堂(だいどう)遙流香(はるか)の傍らに舞い降りた。
「遙流香!」
 横浜のみなとみらい競技場で、恵礼那の脳裏に対戦校である山手誠栄女学院のウイングボール部でキャプテンを務めていた鈴井(すずい)雛子(ひなこ)を心肺停止にした記憶が、鮮やかによみがえった。遙流香は、
「痛ぇ!」
 左肩を押さえ、よろよろと立ち上がった。打撲で済んだようだった。恵礼那はほっとして、怒気をみなぎらせて美雪を見ると、
「あんた、わざとやったでしょ!」
 美雪は臆面もなく、
「あら、進路妨害をしたのはそっちじゃない、変ないいがかりはやめてよね」
 しれっとこたえた。
 ウイングボールの試合監視システムはAIで自己学習を重ねているが、まだまだ完璧とはいいがたいのが現状だった。
 試合監視システムを尊重する、というのが試合を円滑に進めるためのルールになっている。観客席も美雪の行動の賛否にざわめいていた。
肩を傷めた遙流香は、美羽にチームベンチへ付き添われ、花之木(はなのき)仁菜(にな)に素早く消炎鎮痛スプレーを噴射されている。
 恵礼那は瞬時にチームを再編成し、審判に申告した。レポーターがすぐに、
「背番号2番、大堂選手の交代として、背番号24番、中二C組、寺岡(てらおか)(まり)選手がコートに入ります。
 副部長の交代として、起用された寺岡選手、厳しい表情を見せます。
 ここで、東和麗華学園のチーム編成を確認しましょう。同時にポジションも変更になっています。
 背番号1番、高三B組、大堂(だいどう)恵礼那(えれな)
 背番号30番、高一C組、穂積(ほづみ)美羽(みわ)
 背番号13番、高一A組、志垣(しがき)逸希(いつき)
背番号24番、中二C組、寺岡(てらおか)(まり)
 背番号27番、中一A組、三木(みき)華生(はなき)
 ポジションは、
 PG(ポイントガード)は大堂恵礼那、
 SG(シューティングガード)は穂積美羽、
 SF(スモールフォワード)は志垣逸希、
 PF(パワーフォワード)は寺岡鞠、
 C(センター)は三木華生」
 解説の星野さん、この再編成はどうでしょうか?」
 レポーターが星野に尋ねた。星野は、
「東和麗華学園は主力とする大堂遙流香選手、志垣瑞希選手を失い、中等部の選手の中でも特に優秀な選手を選抜しました。この選手たちの奮起に期待したいですね」
 次第に追い詰められていく東和麗華学園に応援団席は再び敗色が漂ったが、
「まだまだ! 恵礼那! がんばんだぞ!」
 恵礼那と遙流香の父親である大堂(だいどう)(とおる)が声援を送った。コートでは美雪が薄笑いを浮かべ、
「とうとう、中学生頼み? 大丈夫なの?」
 恵礼那にいうと、
「あんたが鍛えた中等部の部員に、あんたがノサされるのよ、覚悟しなさい」
 恵礼那は自信満々にこたえた。
 鞠のスローインによって試合が再開されると、恵礼那が瞬時にしてボールをキャッチした。
 恵礼那はソートⅣの翼を翻し、就学園のバックストップ・ユニットを目指した。
「1番、くるわよ!」
 美雪が選手たちにゴールの死守を命じると、バックストップ・ユニット直前に西脇(にしわき)未来(みらい)酒井(さかい)敦子(あつこ)が、水平に並んで恵礼那の進攻を妨げた。
 しかし、未来と敦子の眼前に、垂直に上昇してきた美羽が、黄金の巨翼を最大展張し、瞬時、滞空した。たちまち、未来と敦子の視界が遮られた。美羽は、恵礼那が頭上を飛び去ると、コートに着地した。
 恵礼那はやすやすと就学園のディフェンスをかわすと、リングにシュートをたたき込んだ。
 美雪のスローインで試合が再開されると、副部長の早見(はやみ)(けい)がボールを受け止め、東和麗華学園のリングに迫ったが、鞠がシュートの体勢に入った渓からボールを奪い去り、就学園のバックストップ・ユニットを目指した。
「やるわね、中学生!」
 美雪が鞠にいい、ボールに手を伸ばしたその瞬間、鞠は後方にいた華生にパスを送った。華生はボールを受け取ると、加速をかけ、美雪の下方を飛び去った。
 就学園のバックストップ・ユニットに未来と渓がディフェンスに入ったが、再び美羽が黄金の翼を用いて二人の視界を塞いだ。
 美羽が、未来と渓の視界から飛び去ったとき、二人の間を華生が貫き、ゴールを決めた。
 もはや、東和麗華学園の攻撃は偶然ではなく、綿密な練習の上に成り立っていることが明白となり、競技場内は歓声に包まれた。
 美雪が模擬戦で育てた中等部の選手が、就学園を脅かしているのだった。
 美耶のスローインで試合が再開されると、未来がボールをキャッチし、東和麗華学園のバックストップ・ユニットに進んだが、美羽が巧みにボールを奪った。
 美羽は大きく旋回すると、就学園のゴールへ進んだ。美雪が美羽に急迫すると、美羽は何のこだわりもなく、華生にパスを送った。
 『黄金の女王』からのパス――
 尊く、重いパス。夏の大会に出場している自分の重責を華生はかみしめた。華生は就学園のバックストップ・ユニットを目指した。
 美耶と渓がディフェンスに入っている。三度、美羽がディフェンサーの視界を遮った。
 華生は後方に飛来した逸希にパスを送ると、逸希は美耶と渓と美羽の足許を飛び去り、更に下方から上昇してきた恵礼那にパスを送った。
「1番がゴールを狙っている!」
 美雪は美耶に叫んだが、恵礼那はゴールを決めた。
 試合は、第一ポジションは就学園が優勢だったが、第二ポジションで東和麗華学園が巻き返し、第三ポジションでは東和麗華学園が優位についている。
 美羽が黄金の翼を活かした戦いを始めると、応援団席の一角にいた『黒曜石の舞姫』の二つ名をもつ野澤(のざわ)日々記(ひびき)は、
「ねえ、わたし、お父さんとお母さんにお願いがあるんだ……」
 美羽の両親の霊に、思い詰めた表情で語りかけた。
 東和麗華学園のチームベンチで高等部の部長である醍醐(だいご)聡子(さとこ)は、予想以上の戦績を上げる美羽を見ると、上流家庭の子女を預かる学校に、よりにもよって児童福祉施設の生徒を入学させなくとも、と保守的な中高等部の学年主任たちの反対を押し切り、奨学生として入学させた成果ににやりと笑った。
 就学園のチームベンチでは、聡子の双子の妹である醍醐(だいご)智子(ともこ)の表情が引き締まっていた。姉が、『黄金の女王』を特例として入学させたとは聞いていたが、その存在ははったりや口からの出任せで、実在はしていても、まさかここまで『白銀の姫君』と戦えるとは思いもしなかった。
 入り乱れて敵味方が戦うコートの中で、いわゆる『目隠し作戦』を考えた美羽は、偉介の著作である『黄金の女王』のクライマックスを思い返した。

 『翼競争』が始まり、一日二日とたつうちに、つぎつぎとあきらめてしまう子が出てきます。
 でも、黄金の翼をもつソレイユと白い翼をもつ子は戦い続けます。
 大自然と、そして自分自身と。
 獣がひそむ草原を、
 海のような大きな川面を、
 鏡のような湖でさえ、どんな生き物が突然に飛び出してくるのか解りません。
 白い翼の子がおだやかにひろがる湖面を飛んでいたとき、不意に大きな魚が飛び跳ねてきて、白い翼の子を食べようとしました。
 ソレイユは慌てて白い翼の子の腕を引き、大きな魚から白い翼の子を助け出しました。
 少し離れたところでは、鳥人の子が飛び出してきた魚に飲み込まれてしまっています。
 白い翼の子は恐ろしさに顔を青ざめさせながら、ソレイユとともに『翼競争』を続けました。
 鳥人の女の子たちは、もう何人も大きな獣や魚に襲われています。
 ソレイユはその光景を目の前で見るたびにお姉さんを思い浮かべ、今にもすわり込み、泣き出したい思いをがまんしているのです。

 子供だましのような『目隠し作戦』がいつまでも続けられるとは、美羽は考えていなかった。いずれ、『白銀の姫君』は巻き返してくる――
 美羽は拮抗した両校の乱戦が続く中、自分同様に緊張しきった美雪の端正な顔を遠くに見つめた。
 華生から鞠へパスが送られた。鞠が就学園のバックストップ・ユニットを目指した。たとえゴールまで行き着けずとも、『白銀の姫君』にせめて一太刀浴びせてやりたい、と考えたとき、一陣の向かい風が鞠に吹き付けた。鞠はたちまち失速し、着地すると、ボールを保持したまま四歩、走ってしまった。
 すぐに、鞠の周囲に『violate』の赤い文字がフラッシングし、鞠はファールを取られた。
 華生が鞠の後方につき、パスを受けようとしていたから、唇をかみしめる鞠に、
「ドンマイ、鞠先輩!」
 すぐに、華生の傍らに美羽が舞い降り、
「その調子です、がんばりましょう!」
 鞠を励ました。鞠は大きくうなずいた。
 美羽のスローインによって試合が再開すると、美雪がボールを奪い去り、東和麗華学園のバックストップ・ユニットを目指した。
 恵礼那と美羽がディフェンスに入ったが、美雪はゴール直前に(けい)にパスを送り、ゴールを決めた。
 美雪はコートに着地すると、肩で息を始めた。ユニフォームの襟元からブラックの総フラワーレースで仕上げられたブラに包まれたEカップの胸で激しく呼吸している。霧雨が降り始めた。
 恵礼那は、美雪の胸を一瞥すると、
「牛みたい」
 鼻の先で笑うと、美雪は、
「あんたこそラクダみたいな足。少し痩せなさいよ」
 二人が口げんかをしていると、美羽のスローインで試合が再開された。逸希がボールを手中にすると、就学園のバックストップ・ユニットへ進んだ。その後方に華生がぴたりとついている。
 就学園のリング直前で美雪と渓は手足と翼を広げたが、美羽が黄金の翼を使い、美雪と渓の視界を瞬時、塞いだ。
 逸希からパスを受けた華生が、ゴールに成功した。
 渓は、美雪とともにコートに着地すると、
「どうしようもないね、あれ」
 美羽の『目隠し作戦』に苦り切った顔をした。
 美雪は、タイムを審判に告げると、渓、美耶、敦子、未来を集め、
「『黄金の女王』の『目隠し作戦』を破る方法を教えるわ。簡単よ」
 レポーターがマイクを握りしめると、
「就学園の背番号1番、筧選手、選手たちを集め、円陣を組ませると、気合いを入れます!」
「就学園はまだまだ戦えます!」
 解説の星野がいうと、就学園の選手たちはそれぞれのポジションについた。
 美羽のフリースローによって試合が再開すると、未来にボールが渡った。すぐに鞠がボールを奪い取り、就学園のバックストップ・ユニットへ羽ばたいた。
 就学園のリング直前では、美雪と渓が高低差をつけてディフェンスを開始した。美雪と渓の視界を塞ごうと、美羽が黄金の翼を最大展張したが、高低差をつけて滞空する美雪と渓には、鞠の飛来コースは丸見えとなった。
 美雪は真っ向から鞠に迫ると、ボールを奪い、東和麗華学園のバックストップ・ユニットへ白い巨翼を翻した。
 美羽は美雪の後方につけたが、美雪は臆す素振りもなく、シュートを決めた。美羽と美雪は同時にコートに着地した。美羽は、美雪に、
「どうしてあんなことしたんですか?」
 (ただ)すと、美雪は怪訝そうに、
「どんなこと?」
 まるで罪の意識がない美雪に、美羽は勘に障り、
「遙流香さんをわざと墜落させたことです!」
「何を怒っているの? 駆け引きよ、ウイングボールに限らず、どんなゲームにだってあることじゃない」
 サッカーやラグビーで制限時間内で勝ちが確定したら、下手に続行などして反撃を受けるよりも、試合の最中にパスの練習を始めて、制限時間を空費してしまう。
 また、チェスや将棋でも、展開によってはわざと駒を取らせてしまう。
「遙流香さんは怪我をしたんですよ! 美雪さんはとっても頼りがいがあって、物静かで、お母さんともお姉さんとも思っていたのに」
 このとき、恵礼那が美羽の肩を叩き、
「美羽、いいから」
 制止したが、美雪は、
「あなたがまだ初心者だから理解できないのよ。そのうち頭脳戦も覚えていくようになるわ」
 ズルさもウイングボールには必要であることを教えた。
 霧雨が小雨に変わったが、鳥人たちはユニフォームは濡れても、翼は水をはじいている。
 飛行中ではないにもかかわらず、美羽の目の色素が薄くなり、不気味な光が(またた)いた。
 東和麗華学園の応援団の一角で、偉介の霊は、
「『姫』は『女王』の怒りを受けた。もう、助からない……」
 美雪の背に不吉な気が重なったことを感じ取った。
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