鳳さんと天空橋さん(4)

文字数 1,797文字

 前に言った様に、僕の家に帰るには、学校近くのバス停からバスに乗り、そしてまた私鉄へと乗換えなければならない。
 この経路で最後まで一緒になるのは、実は糀谷でも穴守でもなく、天空橋さんだった。天空橋さんは僕と同じ中学の出身で、中学三年になった時に県外から転校してきたのだ。

 僕と天空橋さんは、駅を降りてから分かれ道に至るまでの間、夕暮れの道を並んで歩いた。ここまで一緒にいたのに、態々別々に歩くのも何か不自然な気がしたのだ。

 天空橋。始めて聞いた時、随分珍しい名字だと僕は思ったものだ。
 彼女の鞄に鞄に貼ってあるアルファベットシールの並びを、彼女の名字だと思う人は何人いるのだろうか?
「天空橋(わたる)
 僕はつい、彼女の名前を声に出して読んでしまった。
 それまで無言で歩いていたのに、突然名前を呼ぶなんて、相当失礼な行いだった。それも敬称も付けず、呼び捨てで……。
「珍しい名前でしょう?」
「うん、ご免。でも、素敵な名前だよね、天空橋を渡る……だ何てさ」
「私ね、(わたる)って名前大嫌いだったの」
 僕はちょっと驚いた。本気でセンスの良い、いい名前だと思っていたのに。
「私が生まれる前、父も母も男の子が欲しかったらしくて、子どもが出来て、CTスキャンで男の子って分かった時は大喜びしたんだって。それで、一所懸命名前を考えて、(わたる)って名前に決めたの。でも、生まれてきたのは私、何故か女の子だったんで、両親とも酷く落胆したそうよ。それでも諦めきれずに、私に渡って名前をそのまま付けちゃったらしいの。そして、暫く私に男の子の玩具持たせたり、野球帽を被せてズボン穿かせて、男の子の様に育ててたんだけど、弟の(かける)が生まれたら、どうでも良くなったみたいで突然私のことを構わなくなったわ。自分は男の子でもいいと思ってたのにね……。当時の私は、随分と落ち込んだものだったわ」
「で、でも、今は随分と女性的(フェミニン)だよね」
「反動かな? だから、女の子って感じで髪も伸ばして、いかにも女の子って言うものを選ぶようにしているの……。本当はそうでもないんだけどね」
 女の子って、自分の名前の話しとか、そんな事って好きなのかな? 僕にそんなこと言われても、僕が彼女の名前を変えることなんて、出来はしないのに……。
 それにしても僕は、こんな話を彼女から聞いたのは初めてだった。と言うより、同じ中学出身で、クラスも一年の時から一緒だったのに、彼女と言葉を交わしたことなんか殆ど無かったのだ。
 それは、僕が彼女を嫌っていた訳では決してない。彼女は兎も角、僕は彼女のことが大好きだった。だから、逆に話し掛けることが出来なかったのだ。
 僕が彼女を始めて見た時、中学の時のクラスは違ってたんだけど、すごく可愛い子だなって思っていた。
 だから僕は、体育祭とか、文化祭とか、ことあるごとに彼女のことを横目で眺めていた。
 一度、それに気付かれたと思ったことがある。僕はきっと恥ずかしくて、直ぐ目を逸らした筈だ。でも、なぜかその時、天空橋さんが笑ってくれた様な気がしたのを覚えている。そんな筈は無いのだけど、僕にはそう見えたんだ。
 要するに、天空橋さんは、僕の初恋の人で、ずっと片思いの相手だったと言う訳だ。

「何か、こうして歩いていると、天空橋さんと僕、付き合ってるみたいだよね?」
「だめだよ、二股掛けちゃ。鈴木君は鳳さんと付き合ってるんだから……。ところで、鈴木君と鳳さんって、前からの知り合いだったの? なんか、他の人よりお互い分かり合ってるみたい……」
 じょ、冗談じゃない! ここは誤解を解いておかないと……。
「実は、前にアルバイトで一緒だったことがあるんだ! そういう訳で、彼女、僕が一番クラスで話し易いみたいなんだ!」
「そうか、鳳さんってイタリアから来たばかりで、周りに知っている人が一人もいないから、きっと不安なんだよね。だったら、鈴木君は彼女の力になってあげなきゃね。彼氏なんだもの」
 彼氏? いや、あれはどう見ても、僕のことを実験サンプルか何かだとしか思っていないさ。
 それに、そもそもストラーダ隊員が、周りに知っている人がいないから神経質になるなんて、僕にはとてもそんなタマには見えないけどね。
「じゃ、ばいば~い。またね」
 そう言って天空橋さんは自分の家へと走って行った。
 僕たちは取り留めもない話しをしているうちに、いつの間にか分かれ道まで着ていたのだ。
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登場人物紹介

鈴木 挑(すずき いどむ)


横浜青嵐高校2年生。

異星人を宿す、共生型強化人間。

脳内に宿る異星人アルトロと共に、異星人警備隊隊員として、異星人テロリストと戦い続けている。

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