第5話 言葉の要らない関係

文字数 805文字

 ホントウに愛することなんか、できない。
 そう書けば、嘘っぽい。
 ホントウに愛することはできる、そう書けば、これも、嘘っぽい。近いけれど、言葉にすると、嘘っぽい。
 断言できない。今までの、自分の「ホントウに愛した気持ち」を、その現実描写や状況、心情を書けば、その時はホントウだった、と思う。
 しかし、時間が過ぎて、よくよく考え、見つめてみれば、ホントウだったには違いない、でも、と、なる。
 この「でも」が手ごわい。なぜ、「でも」。「でも」がつかなければ、ホントウなのに。それでは済まされないものが、強く感じられてならない。この「ホントウに」を追求すればするほど、言葉にせず、自分の中でとりとめもなく、漠然としている時はホントウだけれど、文字に現そうとすればするほど、どんどんどんどん、離れていく。

 いきなり、自分はほんとうにひとを(異性を)愛したことがあるのか、と思う。愛されたこと、は、実感できる。ところが、自分が、ホントウに愛したか、となると、かなり心細い。結局、あの中学の時が、ホントウだったと思えて、そこに戻ってしまう。

 その後、結婚したひととは、初恋の時とは全然違った関係だったと思う。「愛してる」「わたしも」「ぼくも」とか、そんな言葉など、ほとんど交わしていなかった。初恋のひととは、いやというほど、よく交わしたのに、そんな「思い」を伝えるよりも、「合うこと」、お互いに、「あ、このひととは、合う」ということ、それをお互い確認し、喜び合っていたように思える。
 どうして、一緒に暮らそうと思ったの? と訊いたら、「言葉を、いっぱい、必要としないから。」同じような感じ方を、きっとぼくは、相手と一緒に、していた。

 つきあう相手が変われば、自分の、相手への向き合い方も変わった。
 自分が変わったのか。
 相手との間に生じた関係、ぽっかり浮かんだ空気玉みたいなもの。
 そいつに、吸引されていくようでもあった。
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