第一章・第三話 腑に落ちぬ終息

文字数 6,951文字

 長屋の建物を挟んだ向こう側の通りから上がったのは、女性の悲鳴だった。
「何っ……!」
 一瞬、桃の井の顔が浮かぶが、彼女なら大丈夫だと思い直す。悲鳴のほうへ向け掛けた視線を慶喜(よしのぶ)に戻すのと、胸倉を掴まれるのとはほぼ同時だった。
 息を呑んだ瞬間、背中から長屋の壁へ叩き付けられる。直後には、喉元へ短刀の刃が突き付けられていた。
「……言ったろ。注意力散漫、ってね」
「……桃の井と女将(おかみ)をどうした」
 体重を掛けるように押さえ付けられる痛みからどうにか逃れようとするが、無理をすれば鎖骨が折れそうな体勢だ。
「お供を連れてるのが、自分だけだとでも思ってる? 甘いなぁ」
「彼女たちをどうしたって訊いてんだよ」
「気になる?」
 クスクスと、耳障りな笑いを挟んだ慶喜は、表情の見えない濁った目で、家茂(いえもち)を覗き込んだ。
「だろうねぇ。だって、あの上臈(じょうろう)御年寄(おとしよ)りが死んだら、大事(だ~いじ)な宮様が悲しむモン」
 歯を喰い縛った家茂の反応は、言葉ではなかった。
 とは言え、上半身は上手く動かせそうにない。代わりに、慶喜の向こう(ずね)を、思う(さま)蹴っ飛ばした。
「いッ――!」
 マトモに攻撃を喰らえば、家茂を押さえ付ける力はさすがに(ゆる)んだ。()かさず胸元にのし掛かる腕ごと突き飛ばす。次いで、右手に握ったままだった刀を逆手に持ち替え、遠慮なく振り抜いた。返り血を避ける意味で、慶喜の身体を蹴り飛ばす。
 脇腹から胸部に掛けて斬られた慶喜は、血飛沫(ちしぶき)()き散らしながら地面へ転がった。
「……これで、借りは返したぜ」
 乱れた呼吸を整えながら、順手に持ち替えた刀を振って、付いた血を飛ばす。
 慶喜は、浅い呼吸を繰り返しつつ、負った傷を押さえるようにしながら起き上がろうとしている。
「……は、……君、もしかして、結構、根に、持つほう?」
「何とでも言えよ」
 油断なく相手に歩み寄り、どうにか起き上がり掛けた慶喜の肩先を蹴り付ける。再度、仰向けに倒れた相手の肩を足で押さえ付けた。
「手当はしてやるよ。こっちはあんたを殺すつもりはねぇんだ。その代わり、あの日のことは認めて、幕閣の要求する処罰は受けろよ」
「……あの日……って、どの日?」
「しらばっくれんな。あんた、今自分で言ったじゃねぇか。『根に持つほうか』ってな」
「……それが、何……」
「俺が二ヶ月前、重傷を負ってたことなんて、幕閣だって知らない。表への報せ通り、麻疹(はしか)で寝込んでたって思ってる」
 慶喜の表情が、怪我とは別の意味で強張(こわば)るのが見て取れる。
「奥医師と奥女中、それに(ちか)とその側近以外で知ってる奴がいるとしたら、崇哉と、俺に重傷負わせた張本人以外にいねぇんだよ」
「……ッ、は……参ったね、こりゃ」
 クックッ、と無事なほうの肩先を小さく震わせながら、慶喜が右手で額を押さえた。
「……ッ、……あーあー……俺と、したことが、……また、考えられない、ヘマを、やらかしたモン、だね」
 浅い呼吸に、不自然な箇所で言葉を途切れさせながらぼやく慶喜を、家茂は冷ややかに見下ろす。
「認めるんだな」
 念押しするように確認すると、「何を?」とキョトンと切り返され、瞬時唖然としてしまった。怪我の所為で(ほう)け始めているのかと、ぶり返した苛立ちを宥めながら口を(ひら)く。
「……あの夜、大奥にいて俺と一戦(まじ)えたことだよ」
「何年、何月、何日、何時(なんどき)頃の、話?」
「だっから……!」
 思うように相手に自白させられない焦りが口調に出始めて、ふと我に返る。
(……こいつ、()くまでしらばっくれるつもりか)
 唇を噛むようにして、改めて見下ろすと、慶喜は脂汗にまみれながらもうっすらと微笑した。こちらの口に出さない疑問を悟っている、という顔だ。
 盛大に舌打ちを漏らし、慶喜の身体を蹴飛ばしてひっくり返した。彼が、痛みに息を呑んだのが分かる。
「ッッ~~~~……何……手当、して、くれんじゃ、ないの……」
生憎(あいにく)だな」
 言いながら、家茂は慶喜が落とした弓を拾った。相手の背中を足で押さえ付け、弓の弦を切る。
「こちとら、取引もマトモにできない奴に掛ける情けまで持ち合わせてねーんだよっ」
 切った弦で、慶喜の両腕を後ろ手に縛り上げた。
(いった)……! ちょっ、もちょっと優しくー……」
「優しくして欲しかったら、あの夜の犯行、全部吐け! ったく……」
 ブツブツ呟きながら、少し考えた挙げ句に、結局慶喜の足首を掴み、引きずって歩き出した。
「えっ、ちょっ……いっ、痛い! 痛たたたた!」
 半ば本気の悲鳴に、同情する気は微塵も沸かない。自業自得だ。
「静かにしろよ! あんたその辺に置いたままにしてたら、またぞろ何するか分かったもんじゃねぇ」
「だ、だったら、せめて持ち運び、希望……」
「却下だ」
 第一、現実問題として、家茂と慶喜では体格が違う。身長差だけ見れば二寸〔約六センチ〕ほどであまり違わないが、家茂のほうが(自分で言うのは不本意ながら)圧倒的に華奢なのである。
(……まあ、相手が(ちか)だったら、横抱きに抱えて運ぶくらい、訳ないけど)
 無意識に、小柄な和宮(かずのみや)を思い浮かべ、引きずっている相手と比べる。
(……うん、やっぱ無理。こいつ持ち上げたら、マジ腰に来る)
 「痛い」だの「せめて止血」だのと喚きまくる慶喜を無視して歩を進めると、建物の向こうから桃の井が顔を見せた。彼女の手は、家茂同様誰かの足首を握っている。
 引きずられている相手が静かなのを見ると、死んでいるか気絶しているかのどちらかだろう。
「菊千代様」
 彼女は、相手の足首を離さず家茂に歩み寄り、頭を下げた。
「大丈夫か」
「はい。ご心配、お掛けしました。菊千代様も、ご無事で」
「何とかな」
 肩を竦めて、チラリと慶喜のほうへ視線を投げる。彼は、先程までの大騒ぎが一転、すっかり大人しくなっている。自分の訴えが如何(いっか)な聞き入れられない為か、ぶう垂れてしまっているらしい。
「そっちは、何があった?」
「突然、男二人から襲撃されました。女将を守りながらでは、さすがに手加減する余裕がなかったので……」
 桃の井は、ばつが悪そうに目を伏せ、言葉尻を濁した。
「……ま、正当防衛じゃ仕方ねぇ」
 家茂は、再度肩を竦め、桃の井の後ろへ目を向ける。
「で、あんたは誰の足首掴んでんだ?」
「女将です。襲撃された途端逃げようとしたので、当て落としました」
(……やっぱコイツ、(こえ)~……)
 あっさり答える桃の井に、家茂は自身のやったことは棚に上げ、内心で思わず呟いた。
「ところで、菊千代様」
「あ?」
「一つ、申し上げてもよろしいでしょうか」
「何だよ」
「そちら様、このあとどうするにせよ応急手当をせねば、命の保証はでき兼ねるのでは」
 言われて慶喜に視線を戻す。彼を引きずったあとは、見事な赤黒い線が描かれていた。
 彼が静かになったのは、ぶう垂れているからでも拗ねたからでもなく、気絶していたからだと分かって、家茂は若干肝を冷やした。

***

 またあとで行く、と言っておいて、結局丸二日も顔を出せなかった所為で、翌日の夕刻に訪ねた和宮の機嫌は、かなり斜めだった。
 (しも)に座して、ぶんむくれている彼女に、一通り謝罪すると、最後には(ふく)れっ(つら)ながらも、「もういい」という言葉をくれたので、少しホッとした。
「――で? そのあと、慶喜はどうしたのよ」
 まだ尖ったままの唇さえやはり可愛く思える自分に、内心苦笑しつつ、家茂は「浜離宮(はまりきゅう)に放り込んで来た」と答えた。
「浜離宮って?」
「徳川家の別荘かな。機会があれば、一緒に行くか?」
 もちろん、慶喜のような面倒な人物がいない時に二人きりで、と付け加えると、和宮は完全に機嫌を直したらしい。パッと輝かせた顔を、コクコクと上下に振った。
「それはそれとして、その、桐詠堂の女将さんのほうは?」
「しばらくは江戸を離れてもらうことにしたよ」
 彼女――桐詠堂の女将の名は、桐原(ひさはら)千詠(ゆきよ)と言って、元はやはり武家の娘だったらしい。
 安政の大獄の余波で父親が処罰され死去し、母親が書物屋を営み始めたものの、資金繰りに困り、千詠の姉が身売りせざるを得なくなったという。
 その後、母親は、娘を売った罪悪感で病の床に伏し、千詠が二十歳(はたち)の時に帰らぬ人になった。残された千詠は、母の残した書物屋を桐詠堂と改名し、貸本屋を兼業。裏家業として、情報の切り売りを始めた。
 そんな頃、幼馴染みだった慶喜と再会したようだ。
 彼は、千詠の弱みに付け込み、一仕事頼まれてくれれば、姉を身請けしてやると言い出した。その上、仕事の礼金を(はず)まれ、姉の嫁ぎ先まで世話してくれた為、千詠も最初は喜んで慶喜の言う通りにしていたものの、借りによる不自由さに近頃は嫌気が差し始めていたそうだ。
「千詠の姉上……千禰(ゆきね)さんていうらしいけど、彼女と彼女の夫にも俺の素性と事情を明かした上で、千詠共々江戸を離れてもらうことになった。慶喜が回復しない内にな」
 もちろん、引っ越し費用、その他諸々は幕府(こっち)持ちだ。
 慶喜は、療養の名目の下、当面浜離宮に幽閉し、見張りも立てて外部との接触も遮断することにした。
 幕閣の上層部にも、二月(ふたつき)前からこっちの騒動を、固く口止めした上で明かした。事実上、蟄居幽閉で、それが慶喜の起こした騒動に対する処罰に相当させることに同意してもらった。
 以上の件についての幕閣との折衝に、丸一日掛かったことも付け加えて、家茂は言葉を継いだ。
「蟄居の期間は一ヶ月。その(あいだ)に傷も治るだろうし、期間が終えたら外には出て来ることになるから、あいつが自由になったあとで色々調べ回れば千詠の件も早晩知れるだろうけど……これが今の精一杯だな、あいつに対しては」
熾仁(たるひと)兄様に付いては?」
有栖川宮(ありすがわのみや)に関しても同じだ。残念だけど、証拠がない」
「でも」
 和宮は、眉根を寄せて食い下がる。
「あたし、兄様と話してるわ。顔は隠れてたけど、確かに熾仁兄様よ。(こう)だって、兄様の使ってる香に間違いないし、邦姉様だって兄様と話してる。あたしたちの証言じゃ、証拠にならない?」
 家茂は、考えた末に、首を横へ振った。
「……厳しいだろうな。ほかの第三者が、しかも複数の人間が、あいつらの覆面の下を見てたってんなら話は別だけど、下手したらお前らまで疑われる」
「何で!?
 心底心外だと言わんばかりの和宮の声に、家茂は何度目かで苦笑を浮かべる。
「だって、考えてみろよ。これ、すっごく言い(にく)いけど、大奥の女中のほうは、未だに大半がお前になびいてないだろ? そこへ持って来て、侵入者にお前の元婚約者がいたに違いない、とか言ってみろよ。手引きしたのはお前か桃の井じゃないかって、変な邪推する奴も絶対出るぞ」
 和宮は、息を呑んだように押し黙った。唇の両端まで下がり、視線が下を向く。
「そんな……家茂はあんな怪我だってしてるのに」
「悪い。お前を疑ってるんじゃないんだ」
 家茂は、和宮の手をそっと握った。
「お前の言うことなら、全面的に信じてる。俺だってすぐにでも連中、公開処刑にしてやりたいけど」
 当事者と第三者の目に映る『真実』が、違うこともある。場合によっては、嘘をでっち上げたほうが『真実』と受け取られることも珍しくない。
 家茂は、それを嫌と言うほど知っている。それこそ、迂闊な真似をして、和宮を柊和(ひな)の二の舞にさせるわけにはいかない。
「……ごめん。あいつらに正当な裁きを下すことと、お前を守ること、天秤に掛けたら俺には後者のほうが優先なんだ。あいつらを罰しようとすることでお前が窮地に陥るなら、公的には今は沈黙して、徹底的にお前を守るほうが、確実に安全だから」
 どこまで彼女に真意が伝わったか分からない。だが、和宮はやがて榛色の瞳を潤ませ、「バカ」と一言呟いた。
「そんなの、あたしだって一緒だよ! あんたの安全が守られれば、あたしが陥れられるくらい、何でもない!」
 ボロボロと滴を頬へ転がしながら喚くと、和宮は空いた手で頬を拭う。が、涙が止まる様子はない。
 どうやら、先に家茂が重傷を負った件も、彼女の中でまだ尾を引いているらしい。
 家茂は、また一つ苦笑し、握った手を引いた。
「……悪かったってば。俺だって二度も同じヘマするつもりはねぇから」
 彼女を宥めるように腕へ(くる)み込んで、耳元で囁く。
「……ッ、家茂」
「ん?」
「……もうやらないって、約束は……させられない、よね」
 胸元に顔を埋めた和宮の声は、涙に塗れて、如何(いか)にも不安そうだ。その不安を拭えない自分が不甲斐なかったけれど、嘘の上塗りはもっとみっともない。
「……残念ながら、無理だろうな。殺意だけははっきりしてる以上、生涯幽閉とか、そういう措置が執れればいいんだけど……」
 せめて、抱き締めた腕が、彼女を慰められればいい。そんな空しい期待と共に、彼女の額へ唇を落とす。
「情けねぇ話だけど、確固(かっこ)たる物証がないと、そもそもあいつには罪を認めさせんのも難しい。あいつも京まで行く気らしいから、せめて『江戸に帰るまで何もしません』って念書くらいは出させたいトコだけど……」
「京?」
 問い返された言葉に、ギクリと息を呑む。
(やべっ)
 慌てて口を閉じるが、一度出た言葉はなかったことにはできない。
「あ、えっと……いや、何でもない」
 試しに言って、腕の力を緩める。けれど、立ち上がるより早く、家茂の背に回った彼女の手に、力が籠もった。
「昨日の朝も言ってたよね。二ヶ月後に京に行くの?」
「……あー……」
 目線をウロウロと彷徨(さまよ)わせる。が、誤魔化しは許さないとばかりに、和宮の両掌が家茂の頬を捕らえ、彼女のほうへ向けさせた。
「誤魔化さないでよ。行くの?」
 榛色の瞳が、蝋燭の明かりを(はじ)くように、意志を持って煌めく。目を逸らしたいのに、逸らせない。
 家茂は、早々(そうそう)に観念した。いずれは言わなくてはならないかったことが、今になっただけのことだ。
 軽く深呼吸して、瞬時目を閉じる。
「……ああ。行くよ」
 上げた目に、多分迷いはなかったと思う。だが、視線の絡んだ彼女の瞳が、驚きと不安に揺れるのを見たら、やはり話すのを先延ばしにしたい誘惑にも駆られる。
 しかし、その衝動は見ない振りで、家茂はなるべく淡々と言葉を(つむ)いだ。
「勅使の二人に、『攘夷について説明する』って主上(おかみ)への返信持たせたのは、(ちか)も知ってるよな?」
「……うん……」
 鈍い返事をする和宮の手が、力なく家茂の胸元へ落ちる。
「悪い。お前には言わなかったけど、返信渡したあとから、勅使が江戸(こっち)発つまでの八日の(あいだ)に、俺が都に発つ日取りを決めたんだ。『説明する』って言った以上、出向かないわけにいかないしな。もう、勅使にも口頭で伝えてある。主上にもその内伝わるはずだ」
 彼女の唇が、何か言いたげに震えた。
 潤んだ瞳に痛みを覚えた瞬間、彼女の口からは予想の斜め上の言葉が飛び出す。
「……あたしも行く」
「……は?」
 家茂が唖然とする()に、刹那、伏せた目を上げた彼女は、畳み掛けるように言葉を継いだ。
「あたしも行くって言ったの。聞こえた?」
「何でそうなるんだよ」
「だって、慶喜も行くんでしょ?」
「それで何でお前まで行くってことになるわけ」
「あたしが一緒なら、絶対に家茂を死なせない。あたしが一緒にいた上で、(向こう)に行ってあんたが死んでたら、慶喜もお兄様に言い訳できないでしょ」
 開いた口が、塞がらない気分になった。
「……お前、どんだけ皇族権力頼りにしてんだよ。それがあいつを止める盾になるとでも思ってんのか」
「思ってるわ。慶喜があんたを殺そうとするのは、将軍の座が欲しいからでしょ? だったら、お兄様に顔向けできなくなるようなこと、するわけにいかないじゃない」
「あのな……」
 家茂は、無意識に前髪を掻き上げるようにして、一瞬だけ掌に顔を埋める。まさか和宮に向かって、『お前も皇族の(ジョン)だなっ』と言いたくなる時が来るとは、思ってもみなかった。
「あの野郎がそこ大事にするような奴なら、今こんな事態になってねぇぞ! あいつなら、俺諸共お前も殺しといて、何か主上が納得せざるを得ないよーな偽装するくらい、やり兼ねない!」
「実行したら、将軍の座なんか手に入らなくなるのに?」
「あいつと常人の考えること、一緒にすんな! マトモな予想を軽く斜め上に越えてんだぞ! とにかく、お前は江戸に残れ」
「嫌」
(ちか)!」
「一人で京になんて行かせられない、不安でどうにかなりそう!」
 潤んだ瞳に、家茂は息を呑んだように口を閉じる。怯んだ隙に、和宮が容赦なく踏み込んで来た。
「……お願いだから、一緒に行かせて。あんたと離れるなんて、あたし――」
 切々とした訴えを、家茂は最後まで聞く気はなかった。彼女を無造作に抱き寄せ、強引に口付けて彼女の言い分を遮る。
 まだ話が終わってない、とばかりに、彼女は珍しく抵抗を示した。家茂の胸元へ突っ張ろうとする彼女の手首を、掴んで拘束する。後頭部を力で押さえ込み、息継ぎの()もわざと与えずに彼女の口腔を掻き回した。
 彼女の身体から力が抜けた頃合いを見計らって、やっと一度唇を離す。
「……ッ、家、茂……」
「……俺が、平気だとでも、思ってんのかよッ……!」
 (はず)んだ呼吸をそのままに、鋭く吐き捨てる。見開いた目と視線を合わせたのも(つか)()、家茂はそれ以上何も言わずに顔を傾け直し、再度唇を重ねた。

©️神蔵 眞吹2024.
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登場人物紹介

【和宮親子内親王《かずのみや ちかこ ないしんのう》(登場時、7歳)】


生年月日/弘化3年閏5月10日(1846年7月3日)

性別/女

血液型/AB

身長/143センチ 体重/34キロ(将来的に身長/155センチ 体重/45キロ)


この物語の主人公。


丙午生まれの女児は夫を食い殺すと言う言い伝えの為、2歳の時に年替えの儀を行い、弘化2年12月21日(1846年1月19日)生まれとなる。

実年齢5歳の時、有栖川宮熾仁親王と婚約するが、幕閣と朝廷の思惑により、別れることになる。

納得できず、一度は熾仁と駆け落ちしようとするが……。

【徳川 家茂《とくがわ いえもち》(登場時、15歳)】

□幼名:菊千代《きくちよ》→慶福《よしとみ》


生年月日/弘化3年閏5月24日(1846年7月17日)

性別/男

血液型/A

身長/150センチ 体重/40キロ(将来的には、身長/160センチ、体重/48キロ)


この物語のもう一人の主人公で、和宮の夫。


3歳で紀州藩主の座に就き、5歳で元服。

7歳の頃、乳母・浪江《なみえ》が檀家として縁のある善光寺の住職・広海上人の次女・柊和《ひな》(12)と知り合い、親しくなっていく。

12歳の時に、井伊 直弼《いい なおすけ》の大老就任により、十四代将軍に決まり、就任。この年、倫宮《みちのみや》則子《のりこ》女王(8)との縁談が持ち上がっていたが、解消。


13歳の時には柊和(18)も奥入りするが、翌年には和宮との縁談が持ち上がり、幕閣と大奥の上層部に邪魔と断じられた柊和(19)を失う。

その元凶と、一度は和宮に恨みを抱くが……。

【有栖川宮熾仁親王《ありすがわのみや たるひと しんのう》(登場時、18歳)】


生年月日/天保6年2月19日(1835年3月17日)

性別/男


5歳の和宮と、16歳の時に婚約。

和宮の亡き父の猶子となっている為、戸籍上は兄妹でもあるという不思議な関係。

和宮のことは、異性ではなく可愛い妹程度にしか思っていなかったが、公武合体策により和宮と別れる羽目になる。

本人としては、この時初めて彼女への愛を自覚したと思っているが……。

【土御門 邦子《つちみかど くにこ》(登場時、11歳)】


生年月日/天保13(1842)年10月12日

性別/女


和宮の侍女兼護衛。

陰陽師の家系である土御門家に生まれ、戦巫女として教育を受けた。

女だてらに武芸十八般どんと来い。

【天璋院《てんしょういん》/敬子《すみこ》(登場時、25歳)】

□名前の変転:一《かつ》→市《いち》→篤《あつ》→敬子


生年月日/天保6年12月19日(1836年2月5日)

性別/女


先代将軍・家定《いえさだ》の正室で、先代御台所《みだいどころ》。

戸籍上の、家茂の母。


17歳で、従兄である薩摩藩主・島津 斉彬《しまづ なりあきら》(44)の養女となる。この時、本姓と諱《いみな》は源 篤子《みなもとのあつこ》となる。

20歳の時、時の右大臣・近衛 忠煕《このえ ただひろ》の養女となり、名を藤原 敬子《ふじわらの すみこ》と改める。この年の11月、第13代将軍・家定の正室になるが、二年後、夫(享年34)に先立たれ、落飾して、天璋院を名乗っている。

生まれ育った環境による価値観の違いから、初対面時には和宮と対立するが……。

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