大きな足枷の抱えた事情

文字数 817文字

人がそんないるとこで?
 確かに、多賀の言う通り「謀は密なるを尊ぶ」。計略というものは、人に知られないから成り立つのだ。レポートの偽造などというルール違反は、井原のためにも僕たちのためにも、絶対に明るみに出てはならない。

 だが、事情が事情だった。

仕方ないだろ、あいつグルチャどころかメールだってやらないんだから。
 こっちからスマホに電話をしたことはあるけど、絶対に出ない。向こうからかかってくることも、絶対にない。本人を直に捕まえて話すしかなかった。
誰かに聞かれたらどうすんだ!

 声の勢いにつられてか、ただでさえ速い奏野のキータッチがさらに加速して、その音の切れ目さえも分からなくなる。

 一旦それに押されてしまうと、当たり前のことでもなんだか言い訳っぽくなった。

いちいち聞いてるはずないよ、みんなテストのことしか考えてないんだから。
ああ、気になるなあ……。
 眼鏡の奥で瞼がしぱしぱと動く。さっきまでの苛立たし気な様子とはちょっと違って、本当に心配そうだった。それはきっと、自分だの部活だのがどうこういうんじゃなくて、純粋に井原を気にしているからだろう。
心配すんな、あいつ家近いし。

 こっちのほうはというと、どっちを気にしてるのか分からない。ひたすらディスプレイを見つめてキーを叩き続ける。感情は表に出さず、今しなければならないことだけを確実にこなしていた。

 むしろ、感情に火が付いたのは奏野のほうだった。

下書き忘れてきたんか風間は!

 家へ取りに帰って、そのまま学校に戻らなかったということだ。奏野が怒るのも当然といえば当然だが、多賀は気にもしていないようだった。

 こっちはこっちで、当然といえば当然のことを突っついてくる。

そっち? レポート偽造のほうが問題じゃないか?
バレなきゃいい! あと何分?
 耳に痛いところをクールにきっぱり斬り捨てて、奏野は話を元の軌道に戻した。多賀も極めて事務的に応じた。
50分くらい。
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登場人物紹介

遠田勝昭(とおだ かつあき)


自他ともに認める高校2年の優等生。内気でシニカルな割に、感情に任せて突拍子もない行動を取ることがある。ちょっとムッツリスケベ。

奏野弓(そうのゆみ)


 一見クールだが、脳に回る栄養までプロポーションに吸い取られた感のある高2女子。ワープロ操作が異様に早い情報処理部部長。正義感は強いが責任は取らないクラスの裏ボス。

多賀久平(たが きゅうへい)


 思考もスタイルもスマートな高校2年男子。合理主義者で必要なことしか言わないし、やらないが、仕事は早い。女性への観察も鋭いが、そっち方面はストイック。

井原佐紀(いはら さき)


 小柄で、実験中でも時々いるのかいないのか分からなくなるくらい物静かな高校2年の女の子。几帳面な化学部部長。頭は切れるがそれを表には出さず、困っている人を人知れずフォローするのに生かす、心優しく奥ゆかしい少女。

風間邦衛(かざま くにえ)


 人はいいが動作もカンも鈍い巨漢。高校2年生。訥弁でコミュニケーション能力に乏しく、付き合うには忍耐を必要とする。

新島真由(にいしま まゆ)


スタイル抜群で顔も可愛い高校2年生女子。性格のねじ曲がった女子グループのボス。自分以上に可愛く、男子にモテる女子をいびるためなら、肉体的・精神的にどれほどの労力も厭わないサディスト。

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