scene-4 妖雪の老幼女

文字数 1,497文字



 目を覚ますと、囲炉裏(いろり)の火の向こう側に和服姿の双子の老婆が二人並んで正座していた。二人は同じ表情で彼女をじっと見つめている。先程貰った甘酒を飲んだ後に、少しの間眠ってしまっていたようだ。身体には毛布が掛けられている。

 甘酒は酒粕(さけかす)ではなく米麹(こめこうじ)から作られた物で、ほのかな甘みと温かさが彼女の冷えた身体全体に染み渡った。
 雪深い山中を何時間も(こご)えながら彷徨(さまよ)い続け、身体の芯まで冷え切った頃に、ようやくこの屋敷を見つけてお世話になったのだ。

 自在鉤(じざいかぎ)に吊るされた鉄鍋には、猟師から譲られたという(たぬき)の肉が野菜と一緒に煮込まれて、白い湯気を上げている。味噌仕立ての狸汁だ。彼女が目を覚ました時から気が付いていた、食欲をそそるとても良い香りが部屋中に充満している。

 狸汁と呼ばれてはいるが、実際は狸に似たムジナとも呼ばれるアナグマの肉だ。狸の肉は匂いがきつく、臭みを消さねばならずあまり好まれていない。

 双子の老婆から狸汁を渡されて食べ始め、その美味しさと温かさに気分が安らぐと同時に、脳裏に浮かぶのはプロトラクターの最後の笑顔だ。
 いつも高慢ちきでプライドが高く、人を見下したように喋り、やたらと絡んでくるめんどくさい金髪ドリル女だった。

 そんな奴が敵の攻撃から自分を(かば)って、何本もの長く鋭い鋼鉄の槍で全身を(つらぬ)かれ、崩落と共に業火の渦巻く火炎地獄へと落下して消え去った。

 業火に包まれる瞬間、これまでに一度も見せた事が無い笑顔で笑って礼を言っていた。
「ありがとう……」と。
 礼を言うのはこちらだろうと思ったが、すでに言葉をかけるべき相手はこの世にはいない。

 その時勢いよく勝手口の引き戸が開けられ、(すげ)の傘を被り(みの)を着た幼女が吹雪と共に飛び込んで来た。彷徨っていた雪深い山中で見かけ、声をかけようとした瞬間に凄まじい地吹雪に覆い隠され見えなくなった幼女だ。身体に積もっていた厚い雪が土間に崩れ落ちる。

「お姉ちゃん、この家に居てはだめよ。恐ろしい事が起こるよ」
 幼女は冬の凍てついた空気に響き渡る、氷の欠片の音色のような声で言った。

「「お嬢ちゃん、この娘は見た目は可愛いらしいが、嘘をついて村人を惑わせるこの辺りに住む魔物じゃ。耳を貸してはならんぞ」」
 双子の老婆は一斉に同じ言葉を言い放つ。
「「嘘だと思うならば、お嬢ちゃんの持つその宝剣を抜いてみれば良い」」

 彼女は自分の(かたわ)らに布に包まれて置いてあった宝剣を手に取る。
 これは海底迷宮の神殿で、人魚の巫女から(たく)された古代の直刀の剣だ。
「きっとお役に立つでしょう」と言われたが、抜いてみると刃の欠けたボロボロに腐食した銅剣だった。こんな物がなんの役に立つのかと思ったが、言われるがままに持ってきた物だ。

 なぜ双子の老婆はこの包みの中身が宝剣だと知っていたのかが気に掛かったが、自分が寝ている間に包みの中を覗いたのかも知れないと思い、試しに剣を抜き放つ。

 目も(くら)(まば)ゆい光が剣から放たれた。ボロボロだったはずの銅剣は刃こぼれ一つ無い、完璧な姿で黄金の輝きを放ち続けている。

「あああっお姉ちゃん、その剣を抜いてはだめだよ! それはそういう風に使うものじゃない!」
 幼女は苦し気に身をよじりながら叫ぶ。その身体からは白い水蒸気が立ち昇っている。
 二人の老婆の口元が、(そろ)って薄い笑みを浮かべた。


【『あ、痛ててててっ、腹がまたっ』】
【『馬鹿ねっ、調子に乗ってホットドッグを三つも食べるからよ』】
【『だって朝からなんにも食ってないし、出すもん全部出したら調子良くなって腹減ったんだもん』】
【『バツ君また行くんでしょ?』】
【『うん、行ってくる』】
【『はい、行ってらっしゃい』】


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