第7話

文字数 1,208文字



「お父さん、ニジコさんの作った料理はおいしいですね」

 豚肉と茄子の味噌炒めを大輝が褒めた。

 「プッ」

 「ふふふ……」

 女の名前を虹子だと信じきっている大輝を、俺は女と目を合わせて笑った。

「うむ……旨い。この厚焼き玉子も旨いな」

 俺は味付けを褒めた。

「ありがとうございます」

「お父さん、今日はばんしゃくはしないんですか?こんなおいしいツマミがあるのに」

「あれぇ、してもいいの?」

「ニジコさんはもう、家族の一員ですから大丈夫です」

「……意味、分かんないんだけど」

「だけど、トックリ一本だけですからね」

 大輝は箸を置くと、急いで腰を上げた。

「あっ、そうだ、熱くしてくれよ」

「はーい」

「今日は鍋じゃないから、徳利を燗できないから」

「ふふふ……昨日は笑っちゃいました。鍋で燗するなんて。作家さんだけあって、することがユニークですね」

 茄子を箸で挟みながら、虹子が見た。

「ですか?自分では分からないけど」

 豚肉を食べながら答えた。

「今書いてる作品は、どんなものですか?」
 
「ああ、土方歳三の婚約者の話です」

「えっ、土方歳三は確か、生涯独身では?」

「そうなんですけど、実は土方には江戸に琴という婚約者がいたんです。しかし、土方が京都に行くことになって、結局、結婚話は幻に終ったんですが……。タイトルは、『琴という女』です」

「わあー、琴さんという婚約者がいたんですね。どんな女性だろ。早く読みたいです」

「ありがとうございます」

「はい、熱めにしました」

 大輝は徳利を布巾で掴むと、盆から下ろした。

 それを持った途端、俺は、

「熱ッチ」

 咄嗟に手を離し、指先を耳朶にやった。

「熱すぎましたか?」

 大輝が心配そうに聞いた。

「うむ……猫舌だから」

「プッ。猫舌じゃなくて猫指?」

 虹子が聞いた。

 俺は照れ笑いしながら頷いた。

「お父さん、ニジコさんの料理はおいしいですね」

 豚肉を載せたご飯を頬張った。

「ありがとう。あら、付いてる」

 虹子が大輝の口許に付いた飯粒を取った。

「…………」

 途端、大輝が顔を赤くして俯いた。

 幼い頃に母親を亡くしてから、そんなことされたことないもんな。……無理もないさ。

 大輝の、その反応を理解できた。

 ……不憫な奴だ。 



 それは休日だった。

 朝食を済ませた大輝が、俺が買った薄紅色のセーターを着た虹子を散歩に誘った。

 
 だが、程なくして、戸がガラガラと音を立てた。

 あまりにも早い帰りを不審に思い、廊下に振り向いていると、虹子が足早に客間に向かっていた。

「どうした?」

 書斎に入ってきた大輝に聞いた。

「……ニジコさん、きおくがもどったのかな」

「!」

 大輝のその言葉に、俺の手が止まった。
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