闇に浮かぶ花火。

文字数 1,974文字

 夏休みの昼過ぎ、南房総にある母の実家で昼食を食べ終えた後、地元の浜で夜に花火はしてはいけないと、一人暮らしの親戚の叔父さんは僕に言った。
「ゴミを残す奴や、騒音を撒き散らしたり不良同士の喧嘩が起きたりするから?」
 夏休みで南房総の母の実家に遊びに来ていた僕は、叔父さんに質問した。東京の底辺高校生としては真っ当な質問だと自分でも思う。叔父さんは十代半ばで両親と死別し、高校卒業後に当時中学生だった母を高校に通わせ、僕の母親にしてくれた立派な人だ。今の僕は東京に住む母子家庭の不良高校生という身分だが、もしかして僕が誤った道を進む事を危惧しているのかもしれない。
「それもある。でも実際の理由は別にある。俺とお前と同じ高校生だった頃、地元の後輩の女子と付き合っていたんだ。そして夏休みの夜、浜辺で花火でもしよう。という約束をしたんだが、その約束を破ったんだ」
 なんだそんな事か。と僕は鼻で笑ったが、叔父さんの真剣な眼差しはそのままだった。
「心残りがあるの?」
 僕は質問した。
「そうではないが、行っては駄目だ。地元の若い連中が遊んでいても絡むなよ」
 叔父さんは重ねて続けたが、僕はさして気にしなかった。




 それから夜になり、僕は地元にある叔父さんの友人が営む海鮮居酒屋で酒と夕食をご馳走になった。宴は日付が変わる寸前まで続いたが、店主が深夜に未成年が居ると警察に文句を言われると言うので、僕だけ返された。
「浜には行くなよ」
 叔父さんはそう忠告したが、僕は無視して浜辺に行く事にした。
 南房総の夜は僕の住む東京都足立区とは違って、背の高い建物が無く海に近い事もあり、潮の香りに雑草の青臭さを混ぜた生暖かい空気に満ちている。煌々と光る建物やコンビニの数も少なく、東京よりも様々な部分に隙間があるように感じた。
 ほろ酔い気分で浜の方向に行くと、次第に強くなる潮の香りと共に、風に乗って花火の音と騒ぐ声が聞こえてくる。叔父さんのような地元の年長者の言い付けを守らない人間がいるのかと、興味を抱いた僕は浜辺へと向かった。
 浜に行くと、僕と同い年位の男女二人が花火で遊んでいる。どちらか一人は中卒で働いていて、もう一人は無職だろうと僕は勝手に予想した。
 二人は手に持つタイプの花火を使って楽しそうに遊んでいる。色を出す花火用の独特の火薬の匂いが、僕の鼻先に漂ってくる。僕は彼らに近づいて「楽しそうだね」とお行儀よく声を掛けた。
「そうか?」
 男が僕に気付いて返事をした。男は僕が地元の人間では無い事にすぐ気が付いたようだが、同じような不良だと思って食って掛かるような事はしなかった。
「君は地元の人間?」
「いいや、親戚の家に遊びに来た。東京の人間だよ」
「そうか」
 彼はつまらなそうに答えた。僕が別世界の人間なら面白がったのだろうが、同じ側の人間だと思って興味を失くしたらしい。
「花火、珍しいの?」
 近くに居た女が僕に声を掛ける。タバコを取り出して火を点ける。恐らく未成年だろうが、ここは無法地帯だから問題はなさそうだ。
「いいや、俺の地元でもこうやって夜中にするよ。ただ、浜辺がないから海の側で花火の経験はないんだ」
「そう」
 女はつまらなそうに答えて、口から煙を吐いた。
「ここではよく、花火をやるのかい?」
 僕が何気なく訊ねると、女が再び返す。
「まあね。文句を言ってくるような家が周りに無いし、ムードもあるし。後もう一つ」
「もう一つ?」
「昔、地元の親なし高校生が自分の妹と両親を浜辺に呼び出して殺したって言う話があるんだよね。花火をやろうっていう口実で。二十年くらい前かな?」
 僕は先程飲んだアルコールの酔いと、深夜の楽しい空気が消え去る感覚を味わった。
「それで、当時付き合っていた妹の同級生を妹って言う事にしたらしいよ。二人っきりになる為に。二人の世界の為に家族を殺すなんて凄いよね」
 女は何処かしゃべり飽きたような様子で続けた。地元の人間達から何度も聞かされて、彼女もまた次の世代へと口承伝達されて行く話題なのだろう。
「でも、くっついた女の子が高校に入ると子供が出来て、今は別々の所で暮らしているらしいよ」
「そうなのか」
 女の言葉に僕は力なく答えた。そして近くの男がこう続ける。
「その後、夏にこの浜辺で花火をすると、何処からともなく殺された家族の亡霊が現れるって噂になったんだ。それで定期的に花火をしているんだけれど、怖い事が起きた事は一度もない」
 男は茶化すような言葉の後、僕に向かって小さく笑った。だが僕の瞳には闇に浮かび上がり、しばらくすると消える花火の明かり以外、何も印象に残らなかった。

                                      (了)
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