第2話

文字数 16,647文字

二〇〇三年春期休暇。

 私は、湖水地方に居た。
 朝、アパートメントの中庭にある、野外テーブルにマミーと座っていた。
「フランチェスカ、あなたがロンドンの寄宿学校に入って、私から離れて暮らし始めてから、半年過ぎた・・・」
「うん」
「どう?」
「平気よ」
「気を付けてね」
「うん、私、楽しんでるよ」
「ね、今日、ディナーを一緒にしよう」とマミー。
「OK」私は答えた。
「じゃ、フランチェスカ、研究所図書館ビル前で、午後7時に会いましょう」
 マミーはそう言って、その場を慌ただしく去った。マミーの出勤時間だった。
 マミーは立ち止まって、私の方に振り返った。
「カメラ持って来てよ、ディナーの時!」とマミー。

 マミーが勤務していた研究所は、田舎町にあった。
 私は、その周囲を散策したが、あまり興味を持てる物がなかったので、早々と図書館ビルに行った。


 私は図書館ビルの地階に下りた。
 そこにも、無数の書架群が並んでいた。
 それらは高さ三メートルくらいだった。誰かが、上の方の書籍を取るには、脚立を必要とした。
 地階にある書籍群は、あまり一般的でなかったのだろうか、書籍を捜す者たちは、そこに居なかった。
 四十メートル程の奥行きの書架が十二列あった。
 私は、一列目から十二列目まで歩いてみた。
 十二列目の書架を整理中の老男性が見えた。
 老男性は私に気付いた。
「お嬢さん、この列の奥のドア、見えるよね。あそこから外に出てはいけないよ。あの向こうは迷い道だから」
「ふうん」私は他人の言う事を聞くのが下手だった。私の事を本当に考えて言ってくれていることに対して、「他人が私の事を分かるはずない。他人は私じゃないんだから」という、曲った気持ちを持ってしまっていた。
 四十メートル先にあるドアは木製だ。
 ドアが、少し開いているようだった。隙間から、うっすらと霧が部屋の中に入ってきていた。
 私は、隣の十一列目に入った。
 人さし指で、書籍群の背表紙を撫でながら、奥へ向かって歩いた。
 ふと見ると、ある背表紙が目に入った。
 『生態系』
 それは、マミーの研究課題だ。
 私は自然の中で、癒しを感じるから、それは私にとっても興味のある分野だったが、私は細かい研究が苦手の感性型人間だったから、実際に、その分野を仕事にしたいと思わなかった。しかし、大切な研究課題だと感じていた。
 私は、その専門書を書架から取り出した。
 
 すぐに退屈した。
 生態系専門書を元の書架に戻そうと思った。
 見ると、十二列目に居た老男性は去っていた。
 私は、奥のドアが少し開いていたのを閉めようと思った。 
 だが、そのドアに近づくと、向こう側を見たくなり、思いきり押し開けてしまった。
 霧が私を覆った。
 私の視界は、白一色になった。
 だんだん視界が開けて来た。
「えっ? ウソ!」
 目の前は深い森だった!
 図書館ビルの裏に、こんな森が? 
 森の木々は巨大だった。
 野生鳥たちが、木々の枝々を跳び移るのが見えた。

 私は前へ、歩を進めた。

 図書館ビルのドアは、次第に私の後方で遠のいていった。
 私の周囲から人工物がなくなった。
 私は図書館の本を抱えたまま、木々の間を歩いていた。
 私はその中で、きっとミニチュアの人形のように見えただろう。巨木群の中で、様々の鳥の鳴き声がこだましていた。

 三十分程歩いただろうか? 木々の間から、キラキラ光が漏れているのが見えた。
 近づいていくと、光を反射していたのは大きな湖だった。
 私は手に、生態系専門書を抱え続けていた。

 私は湖の岸辺に歩いていった。
 岸辺にお尻をついて座った。岸辺の地面には、手の平大の無数の小石が敷き詰めていた。
 私は本を地面に降ろした。
 私は、ぼうっと対岸の岸辺を見ていた。
 そこに、赤い車のような物が停まっていた。
 私は、図書館の本を置いたまま立ち上がり、そこを離れた。
 立ち去る時、後ろの木の影で、小さな声が聴こえた。
「あの娘についてってみよう」
 私は、それを空耳だと思った。

 対岸までは、結構な距離だった。
 車に近づいて見ると、その車は不思議な形をしているような気がした。
 ポルシェのような面影があったが、テレビ番組『スタートレック』の宇宙船のフォルムにも似ていた。しかし、私は、全く、車に詳しい人ではなかったから、そんなことはすぐに、どうでもよくなった。
 その車のドライバーズ・シートに人影が見えた。
 私は静かに、シート側に接近し、ウィンドーから中を覗いた。
 十六くらいのブラウンヘア・ボーイがシートを倒して昼寝していた。
 彼はサングラスを掛けていたから、本当に眠っているのか、私には分からなかった。
 私は、マミーに言われて、カメラを持ってきたのを思い出した。
 そのカメラは、スパイが持っていたような、超小型デジタルカメラだった。
 パンツのポケットに入れていた。
 私は、その時、そのカメラで、ドライバーズ・シートの彼を撮影したい、という気持ちになった。
 そしてシャッターを切った。

 彼が、ガバッと、シートから起き上がった。
 モーターウィンドーが、スーッと、開いた。
 私を見て、彼はサングラスを外した。
「ごめん!」私は言った。
「いや、別に、何も謝る必要はないさ」彼は言った。「窓越しだと、写真にうまく写らないよ。ダディが言ってた」
 彼は、どうせ撮るなら、車全体を撮ってよ、と主張した。
 パートタイムの仕事で、なんとか買った中古車らしかった。
 私は、彼と、彼の車全体をフレームに入れて撮影した。
 私には、その車がSF映画に出そうな物に見えて仕方なかった。
「珍しい乗り物・・・ネ」
 彼は言った、「何処にもある中古車だよ。君のダディはアンティーク趣味?」
 
 私は彼の名を尋ねた。
「レオナルド」あくびをしながら彼は答えた、
「ディカプリオと同じ名前ね」私は言った。
 彼は、車のナビゲーターズ・シート側のドアを開けて、茶色の紙袋を取り出した。
 紙袋に、『BLUE*FLOWER』の文字がプリントされていた。
「これ、ボクが、この森の入口にあるベーカリーで買ってきたんだよ。よかったら、君も一緒に食べる? ハハハ」微笑みながら彼は言った。

 車の陰から、ヒソヒソ声が聴こえた。
「別の時代の人間どうしが出会ってしまった」
「この森は時間を越えた空間だから」
「でも大丈夫。別の時代の人間どうしは、この森から同時に出られない。それが法則。この『時のない森』の法則」

 その時、遠くの木々で、野生鳥が「キーイ、キーイ」と鳴いた。
 私たちは聴いた。
 私たちは、木々の奥に目を凝らした。
 暗がりに、だんだんボンヤリと、独りの少女が見えてきた。
 彼女は、こちらに向かってきた。
「あの少女の服! とても、珍しいね!」とレオナルド。
 その少女の服は、ひと昔前の服だった。
「あれは、オールドクローズ。半世紀前のファッションね」
 私は写真集で、それを見たことがあった。
 少女の足取りはユラユラしていた。
 彼女は頭に、ブルーの花飾りを付けていた。
 少女は、私たちの側に来た。
 彼女は、空腹そうだった。
 レオナルドは、『BLUE*FLOWER』のパンを彼女にあげた。
「おいしい。これ、だれが作ったの?」と彼女。
「この森の入口にあるベーカリーで買ったんだよ」レオナルドは答えた。
 少女は不思議そうな顔をして、言った、「森の近くには何の店もないよ」
「えっ、知らないの?」レオナルドは言った。
「もう帰る」少女は言った。
 そして森の奥の暗がりに歩き去った。
 私とレオナルドが呆然と見ていると、突然、大風が霧を運んで来た。その霧が少女を包んだ。霧が吹き去った。少女は居なくなっていた。
 私たちは、車体にもたれて森の奥を見ていた。
「ヘンな子だったね」と私。
 レオナルドは、「君もわりとヘンだよ」と返事した、「君、この車を初めて見たようなこと言ってた」
「こんな形の車、SF映画でしか見た事ない」私は言った。
 レオナルドは変な顔をした「ふーん。パンなくなっちゃったし、ボクはそろそろ家に帰るよ。乗ってく?」
「うん」私は答えた。

 車は、驚く程、静かに動いた。
 車は、森を抜けていった。
 街が見えた。
 だけど、何か違っていた。
「なんか、街が変わってる。ビルが増えてる!」私は驚いた。
「君、ほんとヘン!」とレオナルド。

 その時、私は思い出した。
「あ! 図書館の本を湖に忘れた! ここで降ろして」
 私は、車を出た。
「BLUE*FLOWER、もうすぐ閉店だから、ボクは行くよ。じゃ、ここでバイバイ」レオナルドが言った。
「また、私、あなたと会える?」私は彼に興味を持った。
 彼は答えた、「明日も、湖に居ると思う。2時にね。好きな場所なんだ」

 私は、湖の岸辺に戻った。
 図書館の本があった。
 小石が敷き詰まった岸辺に、静かな風が吹いていた。
 揺れる水面を見ていたら、私は、もうしばらく、そこに居たくなった。
 本を枕にして、横になった。
 静かに雲が流れていた。
 私は、眠りに落ちていた。
 私の頭の側で、話し声が聞こえてきた。
「この娘が、枕にしてる本は、人間たちが自然の研究を記した本だ」
「自然は彼らの英知を数段越えている。私たちにもよく分からない所。ただ、その恵みをもらえばいいのさ」と別の声。
 私は、ゆっくり、目を開いた。
「娘が目覚めた!」
「隠れなきゃ! 急いで!」
「急がすから、袋の中の道具がこぼれてしまったよ!」
 私は、そんな慌てた声を聞き、身体を起こした。
『タタタタタタタタ』
 何かの足音が、すばやく、草むらの中へ消えていった。
 私は地面を見た。
 削られたような石が落ちていた。
 私は、その石を一つ拾った。
 他に三つ落ちていた。



 小さなレストランで、マミーとディナー。
 若者たちが、道路沿いのパティオに集まっていた。数件のレストランの電光広告が、蒼い夜に輝いていた。
 私たちは、子羊のプレートを味わった。
 マミーが特に何も話しを切り出さなかったので、私は言った、「今日、私、面白い物拾った」
「何を拾ったの?」マミーは、興味深そうに聞いた。
「誰かが削ったような石のかけら」
「えっ、それ、妖精の持ち物なのよ! 人間が持ってきちゃいけないわ、フランチェスカ」マミーはそう言うと、しばらくして笑い出した。 
 私は、食事の手を止めた。マミーは続けた。
「この辺のお年寄りはそう言うわ。研究では、それは、先住民の道具だったらしいけど」
 
 私たちは沢山話をした。
 私は、不思議な形の車の話もした。
 マミーは、その車の写真を見たいと言った。私は、デジタルカメラの液晶画面で、それを見せた。
 マミーは車に詳しいわけでもない。
 
 そこへマミーの知り合いが現れた。彼は、妻と、レストランに食事に来たところだった。マミーが言うには、彼は車に詳しい。私は、彼に写真を見せた。
「これはポルシェ911に似てる。一九六三年フランクフルトで、ポルシェ社は、901を発表した。リアエンジンを載せたポルシェだった。901という名前が、プジョー社からクレームを付けられ、911になった。911は、当時はすばらしい性能を誇っていた。美しいボディラインも持っていた。その後のポルシェの基本だ」と彼は言った。
 私は、聞いているうちに、どうでもよくなった。彼は最後に付け加えた。
「これはポルシェの新車種だろうか? 見た事ないなあ」
「持ち主は、中古って言ってた」私は言った。
 彼は「ヘンだ」と言った。

 その夜、私は、マリアンナの事を考えていた。
 この春期休暇の間に、彼女に湖水地方に遊びに来るように、言っておいたから。
彼女はアンブルサイドへのバスに乗ったはずだった。一人で観光しながら湖水地方までぶらぶらと来る、と言っていた。彼女は、地平線に昇る朝日を見たい、と言っていた。
 マリアンナは一体、今どの辺に居るのだろう?
 私は想像した。
 そうこうしているうちに、私は眠りに就き、気が付くと、朝だった。

 私は、洗面台で、鏡を見ながら歯磨きしていた。私の口の中は、泡だらけだった。
 その時、アパートの呼びベルがジリリリと鳴った。私の口は泡だらけだったから、慌てて、大声でマミーを呼んだ。
「マミー、誰か来たよ!」
 私は、また、歯磨きを続けていた。
 私が、洗面台の鏡を見ていると、鏡の中に、マミーと、マリアンナが映り込んできた。
 私は、目を丸くした。
 そして、鏡に映るマリアンナを見て言った、「今日だったっけ?」
 鏡に映るマミーを見て、私は聞いた「今日は何日だっけ?」
「四月八日」とマミー。
「そうそう。私、四月八日なら、湖水地方に大分慣れているだろうから、その辺で遊びに来てって言ったよね、マリアンナ」私は、鏡に映る彼女を見て、そう言った。
「私、カレンダー見ずに日々を過ごしてた。もう、八日か。まあいい。そうねえ、お土産屋さんにでも行こうよ、私と今から」

 そして私たちは、考えなく、歩きまわっていた。

 歩く私たちの視界の中に『手作りパン屋BLUE*FLOWER』という看板が見えた。
「ああ、これが、BLUE*FLOWERか」と思った。
「ここで、ランチにしよう!」マリアンナが言った。
 彼女は、外のテーブルで食べるのが好きだと言った。
 私たちは、外のテーブル席に座った。側に、大きな花壇があった。
 私たちはコーヒーを手に、話し始めた。話を切り出したのは私。
「私、おもしろい物、持って来たよ」
 マリアンナは聞き返した、「何?」
 私は、バッグの中から紙袋を取り出した。
「両手を出して、マリアンナ」私はマリアンナの両手の上で、紙袋を下に傾けた。
 そこから、矢尻のような形の四つの石が、マリアンナの掌に落ちた。
「何、これ?」とマリアンナ。
「森で拾ったの。それ、妖精の持ち物よ、マリアンナ」と私は言った。
「どういうこと?」彼女は不思議がった。
 私は、四つの石を指しながら説明した、「この辺の森には、妖精伝説があるの。お年寄りの中には、それは妖精の落とし物だから触っちゃいけないって言う人がいる」
「あなた、それを拾ってきたの? フランチェスカ」とマリアンナ。
「ハハハ、妖精の落とし物というのは、ただの伝説! 研究によると、昔々の森の先住者の道具だった」私は、物知りのように言った。
「脅かさないで、フランチェスカ」マリアンナは、少しビックリしたようだった。
「四つあるから、二つあげる」私は彼女に言った。

 彼女は、一つ、石を手に取り、よく見ていた。

 私は、なんとなく、ストリートを見た。
 ストリートに、ブランカと雌猫が連れだって歩いていた。
 私は大声で呼んだ。
「ブランカ!」
 ブランカは私を無視した。
「行っちゃった」とマリアンナ。
「ガールフレンドが出来て、家にも戻らないのよ!」私はそう言って、マリアンナを見た。彼女は、笑っていた。
 その時、私たちのテーブルの側で、ガサガサ音がした。小動物が、草むらを動くような・・・。
 私は、テーブルの下の、私の足元に、何かの気配を感じた。私は、それがブランカだと思い、嬉しくなった。
「キャハハ、くすぐったいよ、ブランカ」と、思わず私が口にしたら、マリアンナが言った、「ブランカなら、あなたの後ろの花壇の所に来てるよ、ガールフレンドと」
 私は驚いて、振り返った。
 私の椅子の後ろの花壇に、ブランカと茶猫が居た。
 私は、恐る恐る自分の足元を覗いた。
「キャー」
 私の足の脛を棒登りのように登ってくる、一フィート大の緑色の妖精を見た!
 妖精は、怒って言った、「矢尻を返せ! 私は、あれで小動物を射て、食ってる。矢尻がなくなって、まる一日間なにも食ってない!」
 私は驚いてしまって、口を開けたまま、身動き出来なかった。
 さらに、妖精はしゃべった。
「名をなのろう! 私はスピー。それは鼻がきくフォス」
 妖精スピーは、私の左肩を指さした。
 私の肩の上にチョコンと乗り、鼻をクンクンさせる妖精フォスがいた。
「この髪の匂い! 矢尻を盗んでいった人間だ!」フォスが怒って言った。

 マリアンナは、震えながら口を開いた。
「それは、おかしい。フランチェスカは、落ちていた物を拾ったのよ。それには、名前も住所も書いてなかった。あなたたちの物だという証拠がない。それはもう、フランチェスカの物よ」
 私も言った。
「そうよ! あなたたちが、自分の物だと言い張るなら、返してもいいけど、あなたたちは私に、お礼ぐらいしてもいいんじゃない?」
 その時、二匹の猫は、フギャッと鳴いて逃げた。
 もう二匹の妖精が、猫がいた所に座り込んだ。
 一方が喋った、「私は、考え事が好きなプッチだ。君たちの言う事も頷ける」
 もう一方も喋った、「ワカッタヨ。私たち四匹が、フランチェスカの願いを何でも叶える・・・、それがお礼」   
 妖精スピーが割り込んだ「ヘイ、クーロ、勝手にそんな面倒な約束するな」
 彼女は、クーロというらしかった。
 クーロは言った、「しょうがないよ。取り引きしましょ」
 私は「そんなことが出来るの?」と疑った。
「私たちは妖精だ。君たちが想像できないような能力を持ってる」と、スピーは言った。

「四つの願い事が叶うということね」私は聞き返した。
 クーロは答えた、「そうね。一匹が、一つの願い事を叶えるからね。四匹で四つ」
 私は言った、「さっき私、二つの矢尻をマリアンナにあげたの。だから、私の願い事を二つ、そして、マリアンナの願い事を二つ、あなたたちが叶える事になるわよ」
 クーロは答えた「あなたたちは二人、願い事を二人で分けるとしたら、一人には二つね。まあ、一と三に分けるのもあなたたちの勝手よ」 

「どうやって願い事をすればいいの?」私は、方法を知らなければならない、と思った。

 スピーが答えた。
「私たちの名前を言って願えばいい。お願い、スピー、こんな事をしてよ! ってね」

 四匹の妖精・・・か。
 妖精スピー・・・男。 妖精フォス・・・女。
 妖精プッチ・・・男。 妖精クーロ・・・女。
 二組のカップルなのかなあ。
 
「スピーとプッチは、私の願いごとを。フォスとクーロは、マリアンナの願いごとを聞いてね」私は、妖精たちと約束した。
「ワカッタヨ!」妖精たちは、声を揃えて言った。
 スピーが、テーブルの上の四つの矢尻を、さっと取り返した。
 そして、妖精たちは、ストリートを横切り、林の中へ消えた。

 ふと、マリアンナが言った「ホントに何でも願いが叶うのかな?」
「どうかしら?」と私。
「一つだけ試してみようか、フランチェスカ」
 そう言って、マリアンナが願い事を唱えた「お願い、フォス、チャーミングな男の子に会わせてよ!」

 周囲には、何の変化も感じられなかった。

 私は、マリアンナが、さっそく一つ願い事を言った事に、ちょっとびっくりだった。
「何か、変わった? マリアンナ」

 その時、頭にブルーの花飾りを付けた、六十半ばの女性が、私たちのテーブルに近づいてきた。
「さっきから話が弾んでるようだけど、お腹空いてないの? 焼き立てのパンはいかが?」その女性は言った。
 私は、彼女の頭のブルーの花飾りに目を留めた。
「マダム。私、その花飾り、どこかで見た事があるような気がする」
 彼女は、私の顔をじいっと見た。そして、言った。
「私も、あなたの顔に見覚えがあるのよね。私がまだ、ちっちゃい頃、森の中で、二人の変わった男女に会った。彼らは、私に美味しいパンをくれた。そのパンは本当に美味しかった。私がベーカリーをやりたい、と思ったきっかけよ。あなたはね、その時会った女性にそっくりよ」

 私は、当惑した。

 私はレオナルドの事を思い出した。
 腕時計を見ると、1時半だった。
 私は慌てて言った「行かなくちゃ! マダム! 三人分の美味しいパンを、適当に袋に詰めて頂戴!」

 私は、マリアンナを連れて、図書館ビル裏の森へ急いだ。
 森を歩き、湖の側まで行くと、そこにレオナルドの、宇宙船のような車があった。
「ヘンな車!」大きな声でマリアンナが言った。
 私たちは、その車の方へ歩いていった。
 レオナルドは、サングラスを掛けたまま、車のシートを倒して昼寝していた。
 私は、ひょいと彼のサングラスを取り上げた。
 レオナルドは目を開けた。
「君か。今日は、友達と一緒なんだね。みんなで湖の周囲を歩いてみようか?」
 彼は提案した。

 美しいレイクサイドだった。
 私たちは、レオナルドを中心にして歩いた。
 湖は、L字型に折れていて、歩き進むと、木々に隠れていた所が見えてきた。
 奥に、垂直にそびえる巨大な白い岩山が見えてきた。その壁面には穴が開いていて、そこから水の筋がキラキラと湖に落ちていた。
 美しい滝だった。
「岩の上へ行ってみようか」レオナルドが言った。
「オッケー!」マリアンナが元気に答えた。
「・・・・・」私は無言になった。

 私たち三人は、なんとか岩の上に着いた。
 岩の上は平面で、私たちはそこでくつろいだ。
 私は、BLUE*FLOWERのパンを取り出した。
「お腹空いたよね。私、パンを持って来たんだ」
 私の言葉を聞くと、レオナルドが「それは、BLUE*FLOWERのだね。ブルーの花飾りを付けた、おばあさんの店だ」と言った。
 私は、彼の言う事に納得できなかった。
「何、言ってるの? 彼女はまだ『おばあさん』じゃないよ! 彼女はまだ六十半ばだよ!」
 レオナルドは不思議そうな顔をして言った、「彼女は、銀髪のおばあさんだよ! 八十過ぎだって言ってた。だけどブルーの花飾り付けて、いかした人だよ」
 八十過ぎ・・・? 彼の言う事は、訳が分からなかった。
 その時、マリアンナが言った、「まあ、どうでもいいじゃない。食べよ!」
 レオナルドは、マリアンナに、それまでの堅い顔でない笑顔を見せた。そして、彼はパンをちぎって、マリアンナの口元に差し出した。
 マリアンナは、口を大きく開けた。パンが、マリアンナの口の中に入った。そして、彼女はパンを噛んだ。
「明日も君と会いたいな」マリアンナは、レオナルドに言った。
「ボクは明日もここにいる。2時に」
 レオナルドは、マリアンナに優しく笑った。






 図書館ビル地階、書架十二列目、その奥のドア・・・。
 私とマリアンナは、そのドアから帰還した。
 そのドアを通る度、私は奇妙な感覚を味わっていた。
 しかし、その時、それはどうでもよかった。 
「図書館ビル地階のドアから、森に行けるのね」
 マリアンナが私に話しかけたが、私は返事しなかった。
「とにかく、妖精が言った事は本当ね。私は今日、チャーミングな男の子に会った!」

 私は、つらくなった。私は弱かった。
 私は言った、「ちょっと、ウォッシュルームに行ってくる」
「どうしたの、フランチェスカ? 顔、青いよ。気分が悪いの?」とマリアンナ。
 私はすぐに、その場を離れた。
 私は、ウォッシュルームに入った。
 そして洗面台の前に立った。鏡に映った、私の顔は青ざめていた。
 私は、水で顔を濡らした。
 私は願っていた。
「妖精たち! 聞いてる? 願い事があるの!」鏡に映っていた私の顔は、邪悪な感じになっていた。
「スピー、お願い、マリアンナを外国へ遠ざけて! 二十年くらい」
 ウォッシュルームのブースの一つから、コトンと音が聴こえた。
 そこからスピーの声がした、「確かに私は、どんな願い事だって一つ叶える。だけど、これは止めといた方がいい」
 私は、声のするブースを見た。
 ドアは開いていた。
 ブースの便座に、スピーが腰掛けていた。
 私は、「黙って!」と言ったが、スピーは話し続けた、「聞きなさい。私は、あの森に住んでいる。そして、一部始終を見ていた。君のそれはジェラシー、嫉妬だ。君は本来、とても素直な人間だ」スピーは、私の目をしばらく見つめた。そして、こう言った、「だから、私は君に、あの森の秘密を教える。あの場所では、過去や未来の人間たちと出会うことがある。レオナルドは、未来から来たんだよ。彼は、君の時代より未来から来た。考えれば分かるよ。例えば、レオナルドの宇宙船のような形の車、あれは、まだ君の時代にないだろう? 私たちは、あの森を『時のない森』と呼んでいる」
 私は、スピーの言う事を理解出来なかった。
 だから、私は言った。
「何を言いたいの、スピー?」
「つまりね、フランチェスカ。君の嫉妬は無意味だ。君は、君に与えられた時代を生きる者。君の時代と、レオナルドの時代の間には、大きな時間的距離がある」と、スピーは答えた。
 しかし、私は怒鳴った「黙ってよ! 願いを叶える約束だよ!」
 沈黙があった。
 スピーはため息をついた、「ふう。もう君と会う事はないだろう、私の仕事はこれで終わるから!」
 スピーは、便器に落ちていった。
 私は、排水口を見た。
 彼は、もう居なかった。





 

 私とマリアンナが、マミーのアパートメントに帰宅すると、マミーは電話中だった。
 マミーは、私たちに気付くと、私たちの方に振り向いた。
 マミーは、受話器をマリアンナに渡した。
「ちょうどよかったわ、マリアンナ。あなたのダディから電話が入ってるの。あなたと大事な話をしたいって」

 しばらく、マリアンナは受話器に耳を付けて、彼女のダディの話をじっと聞いていた。

 そして彼女は、電話を切り、静かに受話器を私のマミーに返した。
 マリアンナは、私を見た。
「フランチェスカ・・・。私、引っ越す事になった。私のダディが、カナダで仕事する事になったから。ダディは、家族を連れて行きたいって。それで、私、あなたと会えなくなるわ・・・」

 私は、黙っていた。








 翌日、マリアンナが乗ったバスが去った。私は、それを見ていた。

 それから、私は、『時のない森』へ行った。
 2時だった。
 岩の上にレオナルドがいた。
 私は背後から、彼に近づいた。
「レオナルド!」
 私は彼を呼んだ。
 彼は振り返った。
「やあ、君か。マリアンナは?」そう彼は尋ねた。
「いないよ!」私は答えた。
 私はレオナルドに歩み寄った。
 どんどんレオナルドに歩み寄った。
 私は、コワい顔だったかもしれない。
 レオナルドは、後ろも見ずに後ずさった。
 後ろは崖だった。

 レオナルドの天地が逆転した。

 私は目を閉じた。
 悲鳴が聴こえた。
 目を開くと、レオナルドの姿がなくなっていた。
 私は青ざめた。
「どうしよう! プッチ、お願い! 今の無かったことにして!」私は叫んだ。

 恐る恐る、私は岩の下を見た。
 レオナルドの姿は無かった。
 静かな湖が広がっていた。

 私は、森の中を全速力で逃げた。







 * * *

 二年以上過ぎた。
 私は一時期、誰にも関わらずに生きたい、と思うようになっていた。しかし、それは不可能な事だと、だんだん気付いていった。時間が必要だ。
 日常で、間接的にも、色々な人たちと関わっていると分かってきた。
 水道、電気、ゴミ処理、私は一人で生きていた訳ではなかった。
 だけど、直接、他人に会う事を、私は避けるようになっていた。
 相変わらずロンドンに住み続けていた。
 十八歳になっていた。
 二〇四号室が、まだ私の部屋だった。
「寄宿学校を、今日、卒業・・・」つぶやきながら私は、ソファに仰向けに寝そべり、宙をぼうっと見ていた。
 私は考えていた、「森のある場所へ行こうかな。そこで暮らそうかな。そうだ、湖水地方へ行こう」

 両親は、湖水地方で生活していた。
 私は、そこでアパートを借りて住もうと思った。





 再び、湖水地方・・・。

 私は、映画好きだったから、映画館で仕事した。両親は、いくらか私の生活の援助をした。











 『時のない森』に行った。二年振りだ。
 そこは、何も変わってなかった。
 どこまで続いてるのか、分からない森・・・。
 私は巨木群生地帯の中を歩いた。
 しばらく行くと、木々のない開けた所があった。そこに、日射しがキラキラ降っていた。私は、初めてその場所を見つけた。
 そこに、テントがポツンと建っていた。
 テントに近寄った。
 そして、入口の布を静かにめくり、隙間から中を覗いた。
 ラテン系の青年が身体を丸めて寝ていた。そして彼の脇にノートがあった。
 彼の頬に、涙が伝っていた。
 私が開けた隙間から、太陽光線が彼を射した。彼は、目を見開いた。そして立ち上がり、私に歩み寄った。
「ごめんなさい」私は謝った。
「謝らなくていいよ」彼は言った。
 私たちは、互いをしばらく見つめたまま、じっとしていた。
「君は、寂しい表情をしているね」彼は言った。
「本当は、あなた自身が寂しさを感じてる。だから私のそういう面がよく見える」私は言い返した。
「うん。きっとそう」と彼。
「人間は色々発見してきたけど、確信的な事は分からないね。今ほど、人々が孤独を感じている時代はなかった、という人もいる」私は言った。
 彼は微笑んだ。
「ボクは技術の進歩に感謝してる。技術に助けられてる。電気自動車とかね」
 私は、ハッとした、「エッ。あなた、未来の人?」
「何だって?」彼は、森の秘密を知らないようだった。
 彼は右手を出した、「名を言ってなかったね。マルチェロ、二十六歳」
「私、フランチェスカ」私たちは握手を交した。
 彼は話してくれた、「ボクは創作活動をしてきた。短編映画とかね。真理を探究したかったんだ。時代の変化で、人間を取り巻く環境は変わっていくけど、人間の本質は変わらないと思う。もし出会えるなら、人間は、過去や未来から来た人とも、心の交流が出来るだろうね。そして、葛藤もあるだろうね」
 葛藤・・・。私は二年前を思い出した。
「もう帰る」私は言った。
「ヘンな話したから嫌になった? ごめん」彼は、そう言ったが、それは全く違っていた。私は彼の話をおもしろいと思った。
「マルチェロ・・・。私、過去にとても悪い事をした。それを思い出してた」私が、そう言うと、マルチェロは話した。
「ボクにも失敗したと感じた事はいくつかある。ボクたちには欠点が沢山ある。失敗したくなくても、失敗になってしまう事がある」
 彼は、ノートの一枚を破り取り、何か書いて私に渡した。
「ボクのアドレス、遊びに来てくれる?」

 私は、湖水地方に越してから、ストゥディオ(一人部屋)を借りて住んでいた。
 ベッドにうつ伏せになって考えていた、「電気自動車・・・。マルチェロは未来の人なのね・・・」

 私は、床に転がっていたTVのリモコンを取った。そしてONにした。
 モータースポーツ番組が映った。
「ソーラーカーレース二〇〇五。このレースでは、太陽光発電の電力だけで走る自動車の競争を実施してきました!」興奮したレポーターの中継だった、「電気自動車は環境保護に最適でユーザーも増加してます。このようなレースで培われた技術が、やがてより良い電気自動車を生み出すでしょう。それは近い未来です」

 ふと、思った。
「マルチェロは、近い未来からの人だったのかな・・・。だとすると彼は、私と同じ時にも存在してる・・・?」

 私はマルチェロのアドレスを見た。

 マルチェロのアドレスに行った。
 その場所に、木造のアパートメントがあった。
 彼の部屋のドアが少し開いていた。中を覗いた。窓が一つ。壁は白。テーブルが真ん中にあり、他に、ベッド、シンク、冷蔵庫、電気調理器、電子レンジがあった。
 電子レンジが、ブーンと音を鳴らしていた。
 奥から、シャワー後の素っ裸のマルチェロが現れた。
 電子レンジが、温め終了のベルを鳴らした。マルチェロは、そこからピザを取り出し、素っ裸で食べ始めた。同時にペットボトルから、グイグイ水を飲んだ。
 そして彼は、テーブルに付いて長い間ぼうっとしていた。

 私は、いつの間にか、部屋の入口のドアにもたれて眠ってしまった。

 私は随分眠っていたみたいだった。
 気が付くと、私の上に人影が落ちていた。
 マルチェロの影だった。
「中から開けようとしたけど、ドアが開かなかった。それで窓から出てみたら、君がドアにもたれて座り込んで寝ていた・・・」マルチェロは言った。 

「ワタシ・・・、フランチェスカ!」私は言った。
 マルチェロは微笑んだ。
 私は彼に聞いた、「あなた、今いくつ?」
「突然どうして?」マルチェロは言った、「二十一」

 私が森で出会ったマルチェロは、五年後から来たマルチェロだった。

 











 ・・・ それから私は、マルチェロと会うようになった。 ・・・







 ここにいくつかのフォトグラフ(写真)がある。

 フォトグラフ#1
 日付け・・・二〇〇五年八月一日。
 教会。結婚式。
 正装のマルチェロとフランチェスカ。
 二人の微笑。

 フォトグラフ#2
 日付け・・・二〇〇六年四月一日。
 病院のベッドの上のフランチェスカ。
 その隣の小ベッドの上のベビー、マルチェロとフランチェスカの息子。
 フォトグラフの中に、サインペンで書き込み。
 『レオナルド・・・ダヴィンチにちなんで、マルチェロが名付けた』

 フォトグラフ#3
 日付け・・・二〇一〇年六月七日。
 牧場の子馬の背中に乗っている幼児に成長した『レオナルド』

 フォトグラフ#4
 日付け・・・二〇一六年八月三日。
 夏の海。
 ボディボードを抱える少年レオナルド。

 フォトグラフ#5
 日付け・・・二〇一九年七月七日。
 ムービーカメラのファインダーを覗くレオナルド。
 カメラの前の友人。
 映画撮影中。
 
 フォトグラフ#6
 日付け・・・二〇二二年四月三日。
 あのポルシェの面影のある、宇宙船のような車のシートに居るレオナルド。
 彼は、まさに、あの十六歳のブラウンヘア・ボーイ、『レオナルド』だ!











 その日、マルチェロは、庭の花壇に水を蒔いていた。
 私は、窓から、庭の様子を見ていた。
 レオナルドが庭に現れた。彼は、犬の散歩から戻ったのだ。
 レオナルドは、ガレージに入ると、彼の宇宙船のような車に乗って出て来た。
 マルチェロが、ドライバーズ・シートのレオナルドに尋ねた、「どっか行くの?」
 レオナルドは答えた。
「昨日、マリアンナって女の子に会ったんだ。彼女かわいいんだ。笑顔がかわいい」
 マルチェロは、ただ、「ほお」とだけ言った。
「じゃねっ、ダディ」と言って、レオナルドは再び車を動かしはじめた。マルチェロはレオナルドに手を振った。
 車は走り去った。
  
 私は、とぼとぼ、庭に出た。
「私、自分の子供を消してしまった!」
 私は、マルチェロにそう告白した。
 すると、マルチェロはキョトンとした、「何言ってるの? レオナルドは今、車で出たばかりだよ」
 私は泣き出した。なんとか声を出した、「レオナルドの行き先は、ある森・・・。十五歳の私は、そこで彼と出会った。彼は、私の友人、マリアンナと会いたがっていた。十五の私は、嫉妬して、彼を消してしまった。信じられないような話だけど」
 静かに、マルチェロは言った、「信じるよ・・・。それで、ボクはどうしたらいい?」
「分からない。もう決定された過去なんだもん」私は答えた。

 私を乗せて、マルチェロのバイクは、森へ疾走した。
 森は、流れる緑に見えた。
 
 白い岩が見えてきた。
 誰も、そこに居なかった。
 私は戸惑った、「誰も居ない・・・。誰も居ない・・・。レオナルドも、十五歳の私も、居ない!」
 マルチェロは、木陰にバイクを停めて、辺りを見回し、言った。
「レオナルドは、ボクたちとは違う時間空間に居るんだよ、フランチェスカ! 今の君と過去の君は、出会ってはならない! 時空の矛盾が起きるから!」
 私は、マルチェロの言う事を理解出来なかった。
 さらに、彼は言った。
「時空の矛盾が起きると、三十五歳の君も十五歳の君も、共に消滅してしまうんだよ!」
 辺りで風が静かにそよそよ吹いた。
「フランチェスカ、よく聞いて。神が定めた、この世界の全ての法則は、ボクたち皆を守ってるんだよ。この森の何かの法則が、時空の矛盾を防いでるんだ。時空の矛盾は、
宇宙を崩壊させる危険があるから」
 その時マルチェロが言った事は、私にはさっぱりだった。
 私はどうしようもなくなっていた。だからマルチェロに言った、「私たちを守ってるものが、私たちを妨げるなんて!」
 マルチェロは座り込んで、静かに言った、「待ってみよう。何かが起こるかもしれない」
 私も、となりに座った。
 雲が静かに流れていった。
 トゥルルルル・・・・と、突然、私のポケットに入っていた携帯電話が鳴った。
 私は電話に出た。
「ハロー・・・」私の声は涙声になっていた。
 受話器の向こうから、聞き覚えのある声が聴こえた。
「ハロー、フランチェスカ! 私よ!」
 それは、マリアンナの声だった。
「私、マリアンナよ! 私、ロンドンに戻ったの。覚えてる、フランチェスカ? 私たち二人で、トラファルガーの泉に行った事があったでしょ? あの時、私が投げたコイン、泉の中に落ちたわ。だから、また私、ロンドンに戻れるって信じてた」
 私は嗚咽していた。
 マリアンナは「泣いてるの、フランチェスカ?」と優しく私に聞いた。
 私は、複雑な気分になった。そして、言った、「私、取り返しのつかない事した。あなたにもよ」
「何言ってるの? 私はとても幸せよ。ダーリンもいるわ。あなたに、私の分の願い事をあげるわ。まだ私、クーロの名前で願い事をしてないのよ。だから、何でも願えば、一つだけ叶うよ」

 私は、マルチェロに妖精たちの話をした。
 マルチェロは、超常的出来事の連続で、どうしていいか分からないと言い、それからの行動のリーダーシップを私に任せた。
 私は、妖精クーロに願った。
「お願い、クーロ。私とマルチェロを、レオナルドたちが居る、時間空間に連れてって!」
 側の木の上から、声が聴こえた、「フランチェスカ、久しぶりね」
 私たちは、木を見上げた。
 枝にチョコンと座っている、クーロが居た。クーロは言った、「でもね、フランチェスカ、あなたはその時間空間に居る、十五のあなたに気付かれてはいけない。出会ってはいけない。そうなったら、あなたは消滅してしまう。その条件の中で、レオナルドを助けなさい!」
 私とマルチェロは頷いた。
 マルチェロは私に忠告した、「フランチェスカ、君の表情は険しくなってる。リラックスしてやろう、お互いに」

 私の考えで、マルチェロは、大岩の下に待機した。
 
 レオナルドが落ちて来た!
 マルチェロは、バイクフードを使って、レオナルドを受け止めたが、バランスを崩して二人とも湖に落ちた。
 私は湖に飛び込んだ。
「フランチェスカ、君が泳ぐの見た事ないよ!」マルチェロは叫んだ。







スパーク!

光!

輝き!

驚異!

記憶の果て!

導き!

スパーク!












 ○○○○ 私たちは、イカダに助けられた。 ○○○○

 イカダを漕いでいたのは、妖精たちだった。
 クーロは笑いながら言った。
「人間は面白いね。森に来る人間を見るのは楽しい」



 レオナルドは失神していた。
 私とマルチェロは、レオナルドを岸辺に寝かせ、その場を去った。
 私は、マルチェロと二人で、湖の周囲を歩いた。
 マルチェロは、歩きながら、いろんな話をしてくれた。
 私も、彼にいろんな話をした。
「もう妖精たちと会う事はないかしら?」
「ないと思う。彼らも、人間に会わないようにしてるみたいだった」
「私たちの記憶しかなくなるのね」
「全てが夢だったとしたら・・・?」
「私たち、同じ夢を見ていたって事?」
「かもね!」











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