第3話
文字数 1,652文字
「おれに、海里に関わるな」
脅しのような言葉に息を呑む。
「な、んで」
「わからないか? ほんとうに?」
逆に聞き返されて混乱する。
思いあたるのはひとつしかない。
「おれが、邪魔、だから?」
陸人がすっと目を細める。こわい。
「そう、思っていい。おれたちに、この家に関わるのはやめろ」
うすうす気付いてはいたけれど、はっきりと拒絶されるとさすがにショックだ。
陸人は、おれを嫌っている。
いつからだろう。気が付いたときにはもう、あからさまに避けられていた。理由はわからない。おれがなにか怒らせるようなことをしたのかもしれないけれど、尋ねる機会すらなかった。
「りっくん、ごめん。おれ、なにかりっくんを怒らせるようなこと、した?」
陸人の目つきが険しくなる。
「ごめん。おれ、ここしか、海里のそばしか、居場所がない」
そういったとき。
ぐいっと、強い力で抱き寄せられた。微かに、甘い香りが鼻先を掠める。
「りっくん?」
陸人がおれを抱きしめていた。
「孝太、頼むから。手遅れになるまえに、おれたちから離れてくれ」
切実な響きを帯びた声に、わけがわからずに混乱する。
「え? どういうこと?」
「海里は、ふつうじゃない」
そうつぶやくと、陸人はおれから離れた。
「早く気付いてくれ」
陸人がなにをいっているのかわからない。わからないけれど、頭のなかで危険信号が点滅する。
――海里は、ふつうじゃない。
なにをいってるんだ、と思うのに、舌が凍りついたように動かない。
それが、陸人と交わした最後の言葉だった。
*****
学校から帰宅した海里は「ただいま」といっておれを抱きしめた。
そのまま、身動きをしない。
「海里?」
「陸人が来たね」
びくっと反応したおれをぎりぎりと締めつけながら海里はつぶやく。
「孝太から、陸人の匂いがする」
ぞっとした。
おれを抱きすくめたまま、海里はひとりごとのように抑揚のない声で続ける。
「どうして? 陸人、孝太に触ったの? 孝太はぼくのものなのに」
「かい、り?」
「孝太に近付くなって、あれほど教えたのに。だめだな、お仕置きしないと」
「海里っ」
「やっぱり、ちゃんと鍵をかけておかないといけないね。だれもこの部屋に入ってこれないように」
海里はようやく腕をゆるめると、おれと視線をあわせた。背筋が凍りつくような、冷ややかな眼差し。こんな目をする海里を、おれは知らない。
「や」
「どうした、孝太? そんな怯えた顔をして。ああ、お仕置きっていったから? 大丈夫だよ。孝太にひどいことはしない。そういっただろう。すぐに戻ってくるから、いい子にして待っていて」
だめだ。今、海里を行かせたらいけない。おれは必死に海里に縋りつく。
「や、海里、行かないで」
「かわいいな、孝太は。そんなに寂しかったの? 戻ってきたら、いっぱいかわいがってあげるからね」
力で海里に敵うはずがなく。ひきとめるおれの手をなんなく振りほどくと、海里は部屋を出ていってしまう。
しばらくして。
階下から、ガラスが割れるような音とおばさんの悲鳴が聞こえてきた。がたがたと震えるしかできなくて、おれは床にうずくまって涙をこらえた。
それからどのくらい経ったのか。
階段をのぼってくる足音が聞こえた。まっすぐにこの部屋に向かってくる。
ドアが開いた。
「孝太? どうしたの」
うずくまったままのおれに背後から覆いかぶさり、ゆっくりと抱き起こすのは海里で。
微かに血の臭いがした。
こわくて振り向けない。
「どうしてそんなに震えてるの。こわくないよ。孝太はぼくが守るから」
「…………っ」
「孝太は、ぼくの運命のひとだから」
このうえなくやさしい声で海里がささやいた。
♣♣♣♣♣
※実際に武術を習得している方は、絶対に、素人に手をあげることはありません。
その旨、ご理解をいただきますようお願いいたします。
脅しのような言葉に息を呑む。
「な、んで」
「わからないか? ほんとうに?」
逆に聞き返されて混乱する。
思いあたるのはひとつしかない。
「おれが、邪魔、だから?」
陸人がすっと目を細める。こわい。
「そう、思っていい。おれたちに、この家に関わるのはやめろ」
うすうす気付いてはいたけれど、はっきりと拒絶されるとさすがにショックだ。
陸人は、おれを嫌っている。
いつからだろう。気が付いたときにはもう、あからさまに避けられていた。理由はわからない。おれがなにか怒らせるようなことをしたのかもしれないけれど、尋ねる機会すらなかった。
「りっくん、ごめん。おれ、なにかりっくんを怒らせるようなこと、した?」
陸人の目つきが険しくなる。
「ごめん。おれ、ここしか、海里のそばしか、居場所がない」
そういったとき。
ぐいっと、強い力で抱き寄せられた。微かに、甘い香りが鼻先を掠める。
「りっくん?」
陸人がおれを抱きしめていた。
「孝太、頼むから。手遅れになるまえに、おれたちから離れてくれ」
切実な響きを帯びた声に、わけがわからずに混乱する。
「え? どういうこと?」
「海里は、ふつうじゃない」
そうつぶやくと、陸人はおれから離れた。
「早く気付いてくれ」
陸人がなにをいっているのかわからない。わからないけれど、頭のなかで危険信号が点滅する。
――海里は、ふつうじゃない。
なにをいってるんだ、と思うのに、舌が凍りついたように動かない。
それが、陸人と交わした最後の言葉だった。
*****
学校から帰宅した海里は「ただいま」といっておれを抱きしめた。
そのまま、身動きをしない。
「海里?」
「陸人が来たね」
びくっと反応したおれをぎりぎりと締めつけながら海里はつぶやく。
「孝太から、陸人の匂いがする」
ぞっとした。
おれを抱きすくめたまま、海里はひとりごとのように抑揚のない声で続ける。
「どうして? 陸人、孝太に触ったの? 孝太はぼくのものなのに」
「かい、り?」
「孝太に近付くなって、あれほど教えたのに。だめだな、お仕置きしないと」
「海里っ」
「やっぱり、ちゃんと鍵をかけておかないといけないね。だれもこの部屋に入ってこれないように」
海里はようやく腕をゆるめると、おれと視線をあわせた。背筋が凍りつくような、冷ややかな眼差し。こんな目をする海里を、おれは知らない。
「や」
「どうした、孝太? そんな怯えた顔をして。ああ、お仕置きっていったから? 大丈夫だよ。孝太にひどいことはしない。そういっただろう。すぐに戻ってくるから、いい子にして待っていて」
だめだ。今、海里を行かせたらいけない。おれは必死に海里に縋りつく。
「や、海里、行かないで」
「かわいいな、孝太は。そんなに寂しかったの? 戻ってきたら、いっぱいかわいがってあげるからね」
力で海里に敵うはずがなく。ひきとめるおれの手をなんなく振りほどくと、海里は部屋を出ていってしまう。
しばらくして。
階下から、ガラスが割れるような音とおばさんの悲鳴が聞こえてきた。がたがたと震えるしかできなくて、おれは床にうずくまって涙をこらえた。
それからどのくらい経ったのか。
階段をのぼってくる足音が聞こえた。まっすぐにこの部屋に向かってくる。
ドアが開いた。
「孝太? どうしたの」
うずくまったままのおれに背後から覆いかぶさり、ゆっくりと抱き起こすのは海里で。
微かに血の臭いがした。
こわくて振り向けない。
「どうしてそんなに震えてるの。こわくないよ。孝太はぼくが守るから」
「…………っ」
「孝太は、ぼくの運命のひとだから」
このうえなくやさしい声で海里がささやいた。
♣♣♣♣♣
※実際に武術を習得している方は、絶対に、素人に手をあげることはありません。
その旨、ご理解をいただきますようお願いいたします。