男の子と女の子Ⅲ

文字数 920文字

 その子猫も今ではずいぶん大きくなりました。

 あの屋敷には、今では新しい家族が住んでいて、いつもピアノの音がします。

 屋敷は丘のふもとにあり、丘の上には一本の古い木が立っています。
 そこは、ある恋人たちの待ち合わせの場所でもありました。

 今日も一人の若い女性が、丘を駆け上がっていきます。
 丘の上の木の幹に寄りかかり、若い男性が座り込んでいます。
 男性の柔らかそうな日に透ける髪が風になびきます。
 彼のひざの上では猫が丸くなっています。

「マリー!」

 木のそばまでたどりついた女性が猫の名を呼びます。

「ここにいたの? またあのお屋敷に行っていたのかと思ったわ」

「あそこはこの子が生まれ育った場所だからね。なつかしいんだろう?」

 男性は猫をなでながら言いました。

「あのお屋敷もお庭も、もう勝手に入っちゃいけないのよ」

 そう言って猫を叱りつける女性に、笑って男性は言いました。

「ぼくたちがこの子をこっそり飼っていた時だって、勝手に入っちゃいけない場所だっただろう?」

 女性はぐっと言葉につまります。

「黙ってあの屋敷に行って心配をかけるのは、ご主人様ゆずりだな」

 男性が言うと、猫は答えるようににゃーっと鳴きました。

「もう!」

 女性は口をとがらせて、男性の隣に腰を下ろしました。
 その時、女性はふっとなつかしいような感覚に包まれました。

「ねえ、前にもこんなことなかった?」

 男性は、やさしく微笑みかけます。
 その笑顔が、見慣れた幼なじみの顔からまるで知らない人の顔に変わったように見え、女性は不思議な感じがしました。

「さっき、丘を上ってくる時、まるで夢の中にいるような気がしたわ。前にも同じようなことがあったような気がした。古い記憶のような……昔の夢のような……」

 それは男性も同じでした。
 いつもの待ち合わせの場所で、女性を待っている間、もう長いこと誰かを、何かを、待ちわびているような、そんな感じがしたのです。

「私は誰かに会いたくて、会いたくて、丘の上のこの木を目指して走っていた」

「僕は長いことこの場所で、誰かをずっと待っていた」

「その人が振り返った瞬間……」
「その人が現れた時……」

「それがあなただとわかったの」
「それは確かに君だったんだ」

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