第30話 デビュタント前 マクファーレン辺境伯領

文字数 2,141文字

 王宮でのデビュタント。
 正面には国王陛下と王妃様他、王族の方々が並び立つ謁見の間で礼を執りお言葉を待つの。
 そうして、一人前の貴族令嬢と認められ、華やかな社交界にデビューできるのだわ。


「どうしてそこで、ターンするのですか。足裁きをもっとちゃんとして、ドレスの動きまで計算して」
 …………苦しい。コルセットがきつい。
 噂では、コルセットを締めすぎて骨折したご婦人もいるとか、夜会では毎回どなたかが失神してしまって、用意された休憩室のベッドに寝かされているとか。

 単なる噂じゃ無い気がしてきたわ。死にそう。

 さっさと子どもを産んだら、リンド夫人のようにあまりコルセットを締めなくて良くなるのかしら。いやいや、王妃様も二人の子持ちなのにウエスト極細だし。
 王妃様と言えば、王宮から美容部隊が派遣されてきたわ。
 エイダ・アルグリット率いる王宮侍女部隊。田舎には無い洗練された動きに、うちの侍女達が怯えてるわ。ケイシーくらいかしら、同じ動きができるのは。

 ケイシーは、王宮侍女に混ざっても遜色ない動きができるのよねぇ。
 まぁ、王都にでも行かない限り洗練された侍女なんてお目にかかれないし、いらないのだけれどもね。
 私にとって、王宮侍女から香油を塗られお肌の手入れをされている間が、唯一の息抜きになった。
 だって、ねぇ。王宮に監禁されてマナーを教えられるなんてゾッとしない。

「でも、なんで王妃様は、私が危ない目に合ったことを知っているのでしょう」
 エド様との寝る前の一時(ひととき)……もう、この時間しかエド様といることが出来なくなった……に、ボソッと呟いてしまった。
「それは、自分の魔力が発動したら、わかるだろう。戦場でもそうだったから……」
 そんなものなんだ、ふ~ん。でも、王妃様が守ってくれたのね。嬉しい。
 感謝をしてもお礼を言えないのは残念だわ。
「エド様、明日からしばらく王宮勤務でしょう? もし王妃様とお話しする機会があれば、わたくしがものすごく感謝していたとだけ伝えて頂けませんこと?」
「まぁ、感謝していたことだけは伝えるが……」
 エド様にしては、何とも歯切れの悪い言いよどみ方をしていた。


 エド様が王都に行ってしばらくしたら、私の謹慎期間も過ぎて午後からはのんびりしている。
 もう、屋敷を抜け出さないようにケイシーがいなくても、侍女が私から離れることが無くなったのだけれど……。

「せっかく、白く綺麗になったお肌を日光で焼いてしまってはいけません」
 そういうのは、私付きの侍女ベッキーだ。
「それに……後、一ヶ月も経たず王都に向かわれるのでしょう?」
「まぁ、それはそうなのだけれどね」
 結局、エド様は王都から帰ってくることが出来ず、そのまま社交シーズンを迎えることになりそうだと、先日届いた手紙に書いたあった。

 港の領地の事件は、騎士団の騎士も関わっていたので、有耶無耶にすることは出来無かった。
 なんの問題も起こさず領地を去ったことで、エド様にお咎めは無かったものの、騎士団や近衛他、『トム・エフィンジャー』の仲間、もしくは本人がどこに潜んでいるのか分からない状態でエド様も帰るに帰れないようになってしまっていた。

 それも、気が重いことなのだけれども……。
 私が王都に行くときは、エド様のお屋敷でも、ましてや特別待遇の王宮ゲストルームでもなく、ウィンゲート公爵家のお屋敷なのである。
 あそこには、次期当主と言われているエイベルお兄様と愛妾のジャネット・オルブライト様とその子息がいる。私は田舎に引っ込んでたからほとんど会った事は無いのだけど、あのお屋敷には良い思い出が無い。

 私はまだエド様の婚約者だし、デビュタントのエスコートはこの国では親族側の次期当主と決まっているから、仕方の無いことなんだけどね。



「わたくしは、マリーお嬢様のデビュタントを機に、お(いとま)致しとう存じます」
 リンド婦人が、辺境伯領での最後のレッスンの日にそう私に告げた。
「どうして? わたくしに何か……」
「いいえ、マリーお嬢様。ご婚約中とは言え嫁ぎ先に、家庭教師のわたくしが付いていくこと自体が異例だったと申しましょうか。本来なら、マクファーレン家の家風に合うように、こちらの教育係が付くはずだったのですよ」
 リンド夫人は、穏やかにそう言う。それは、私も分かっていてけど……だから、王妃様から言われたときに、離れなくてすむのだと喜んだのだもの。

「これから、どうするの? 行く当てはあるの?」
「夫の後を継いだ息子が、一緒に暮らそうと言ってくれてます。リンド家の領地で余生を送ろうと思ってますよ」
「そう……」
 私は、下を向いてしまった。リンド夫人から、怒られる。
 公爵家のご令嬢たるもの……って……。だけど、リンド夫人はもう怒らなかった。

「大丈夫でございますよ。わたくしがしっかりマナーを仕込みましたからね。それに、何かあれば辺境伯閣下が何とかして下さるでしょう。わたくしの最後の役目は終りました」
 そう言って、今にも泣きそうになっている私を抱きしめ。背中を撫でてくれていた。
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