愛おしき彼女と愛のない能力

文字数 1,245文字

 ちょっと小咄をしよう。
 最近、習得できたことがある。
 音もなく人を殺すことである。
 いや、殺す人数が一人であれば、最初からこんなことは言わない。要するに「いかにして集団を静かに全滅させるか」ということなのだ。静寂とでもなんとでも呼べばいい。逆を言えば、今まで音もなしに集団を一度に全滅させることは不可能だったわけだ。理由としては、「一度に一気に無音で殺す」という殺害方法を全く考えられなかったから。密室を使えばガスで殺せる。しかし誰かがガスに気づけばそこで失敗に終わる。そもそも「一瞬」ですらないし「一気に」でもない。不特定多数を一度に殺戮するのであれば、やはり爆弾しかないわけだが、音の出ない爆弾が存在するのなら、ぜひとも教えてほしい所だ。
 というわけでお察しの通り、爆弾を使った殺戮方法ではないのである。
 結局のところ、これは、この殺戮方法は、俺にしか使えない。習得したと言っても、誰にでも習得できるものでもない。やはり「俺にしかできない」という表現がいちばんしっくりくる。
 時間の概念を誰にでも突破できるのであれば、人間にアンチエイジングは必要ない。
 経緯としては、俺が同居中の彼女の仕事を手伝っていた際の出来事に戻る。その時はかなりのピンチで、俺も彼女も絶体絶命といったところ。その時に偶然能力が覚醒し、危機を脱し、彼女の仕事の達成を手伝った、というめでたしめでたしなお話である。ご都合主義展開である。現実にもそういうことが起こるのか、と、俺はその時不安になった。彼女に対して、素直にこのことを話すと、彼女がびっくりしながらも信じてくれた。そもそも、その時は彼女の目の前で目覚めたばかりの能力を使って危機を脱したわけで、彼女は早々に俺の異変に気づいていた。流石というか、なんというか。
 というわけで、彼女は俺の能力を把握こそしているものの、あまりその能力を頼りにして仕事はしない。俺自身も、危機に面した時以外はなるべく使わないようにしている。時間概念を突破してまで自分だけが余分に長く生きる義理はないし、できれば老化自体は彼女と合わせたい。もともと一緒に死ぬというのは彼女との決めごとである。彼女が死ぬと俺は死ぬし、俺が死ねば彼女も死ぬ。そういうことにしている。
 時間が止まれば、それは俺以外の人間から見れば「一瞬」でしかない。つまり、時間が止まった世界の中で、俺がいくら時間をかけて複数の人を殺そうとも、時間が動けば一斉に死ぬ。一気に殺したことになるわけだし、流れる時間は一瞬でしかないのである。

「ねえねえ、時間を止めた時に、私にいたずらしたりするの?」
「『少しだけしてる』って言ったら?」
「ちょっと嬉しいけど、羨ましくもあるかな。だって私に好きなこと出来るわけでしょ? それはちょっとズルいな~」

 まあ、そういう能力を手に入れた今も、こういう他愛のない会話が続いているのは確かなのだし、これからも俺は人を殺し続けるし、彼女は死体を壊し続けるのだ。
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