はやく

文字数 946文字

さっきまで熱かったはずなのに、もうぬるい。
いつだって時間は温度を奪ってしまうから、私たちの関係が冷めるのもきっと、そう遅くない。
熱いうちに飲めよ。コーヒーは冷めたら美味しくなくなっちゃうからさ。
先輩はそう言って毛布みたいにふわふわって私をすこしだけ抱擁して、甘やかして、でもそれは一瞬だった。どんなに緩い拘束でも、私はそこから絶対に抜け出さないのに、先輩はいつも縛ってさえくれない。
先輩がくれた液体。その事実だけで勿体無くて飲めない。きっともうそこまで美味しくなくて、先輩の好意を無駄にしないためには、すぐに飲んで、余韻をじっくり味わうべきだった。
でも、だって。先輩がくれたもの全部、欠けていない状態で取っておきたいという思いが私の部屋をごちゃごちゃにしていく。
先輩で最後にしたいな。
ちゃんとそう思っているのに、どうしても飲み干せない。だって飲み終わったら、また欲しくなっちゃう。どうしていつだって私は情欲ばかりになってしまうのかな。
求めすぎだって。俺にはそういう包容力みたいなのないから他の人にしてよ。
元彼はみんなそう言ってたけど、そんな言い方をするのはずるだ。振るならもっとましなこと言ってよ。大丈夫、ちゃんと愛してあげるって、最初は言うのにね。
いつだって小動物にするみたいに抱きしめてほしい。どんなに私なんてだめだって言っても、その度にだめじゃないよ、いい子だよってあなたは言って、ぐずぐずになるまで絆されて、そうやってもっとだめになりたい。
先輩は私の欲深さに勘付いているのだろうか。
私の満たされることのない器が透けて見えていたら、私の存在をなんとなく視界に写りやすい女子社員ということにして、私のアプローチにも気づかない振りをしてくれていただろうか。
ずるいのは私だ。
わかっていても、我慢できなくてまた見捨てられちゃうな。きっとそうだ。
ああ、積読状態の小説たちがそろそろ本棚を圧迫し始めてきてるんだった。
恋をすると字がうまく読めなくなる癖に本を買うのはやめられないなんて、都合の良いことばかり。
口に出さなくても、脳ではいっぱいの言葉が先輩に矢印を向けてる。
読まなくても本の文字がいつも息をしているみたいに。
ずっとずっと熱で満たしていてほしいな。
だってそうじゃないと、もう、冷めちゃうよ。
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