第1話-①

文字数 1,183文字

原作:上田秋成(1734-1809)

脚色:アート‐ポイエーシス( https://art-poiesis.org )

※オーディオドラマ(音声)版は、

 YouTube:アート‐ポイエーシス・チャンネルにて配信中!!

 『雨月物語』蛇性の婬 第1話【オーディオドラマ/声劇】 - YouTube

私の命は、間もなく尽きよう。

だからその前に、語り遺しておきたいことがある。

あれは、おまえたちが生まれるよりずっと前、随分と昔の話だ。

私には今もなお、忘れられぬひとがいる。

おんなの名は、あがた女子なごと言った・・・・・・

九月も終わりのことだった。

若かった私は長らく新宮(しんぐう)の神官、安倍(あべの)(ゆみ)麿(まろ)に師事していた。

その帰り道、ひどい雨に遭った。私は雨傘を借り、家路を急いだ。

これはこれは、若旦那様じゃないですか。

いかがされましたか?

()須賀(すか)神社辺りまで折り返して来たんですが、

いよいよ雨脚も強くなり、こちらへ寄らせていただきました。

今日の海は波もなく、でおったのに、

たつみの方から嫌な黒雲が出てきましたな。

すまぬが、しばし休ませてほしい

えぇ、お構いなく。

ただ、こんな見苦しい掘っ立て小屋では・・・・・・

いえ、気をつかわんでください。

わかりました。旦那様にはお世話になっておりますし。

さぁ、奥へどうぞ。

私の父は、紀伊(きいの)(くに)三輪崎(みわさき)で網元をしていた。

この辺りの漁師はみな、父から仕事をもらっていた。

若旦那様は海へ出ぬのですか?
家業は兄が継いでおりますゆえ。

学問に励むは結構なことですが、

そればかりでは渡世かないませぬぞ。

私に漁師は向かんでしょう。

父もそれを承知か、気ままにさせてくださいます。

それが本意ではありますまい。
ごめんください。

どうかこの軒先を、お貸しくださいまし。

ふいに、か細くも品のある女の声がした。
こんな日にどなたでしょう? 

ちょいと見てまいります。

漁師が戻ってくると、その隣に、歳は二十歳前に見える女がいた。

黒髪は長くつややか、容貌かおかたちはこの世の人とは思えぬほど美しい。

遠山摺とおやまずりの色鮮やかなころもを着ていた。

十四、五の可愛らしい侍女がそばに控え、包み物を持っている。

びっしょりと濡れておる姿が、なんとも(あで)やかですなぁ。
なにを馬鹿なこと・・・・・・

やはりご迷惑でしょうか?

雨に打たれて、体も芯まで冷えてしまいました。

ほんの一時ひとときで結構です。軒先を・・・・・・

あなた様のような人に、無碍(むげ)なことは致しませぬ。

さぁどうぞお入りください。

この雨なら、じきに落ち着きますよ。

ありがとうございます。

それでは、お言葉に甘えさせていただきとうございます。

我が家は狭くてかなわんでしょう。
ちょっと、どこへ行くんです。
ちょいと用を足しに。

若旦那様、どうぞごゆるりと。

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登場人物紹介

豊雄(とよお)

真女子(まなご)

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