第24話:即断即決

文字数 1,877文字

「結局何も分からなかったなぁ」
 こちらに聞かせるための独り言が、部屋の奥から飛んできた。

「カメラの映像は見てみたかったね」
「結局、コイトマが犯人じゃないかも分からないし、可能性が全然(せば)まってない」
「まだ疑ってるの? 後ろめたかったらカメラの存在は明かさないだろうし、その映像も見せてくれようとしないでしょ」

「見せようとした風に見せかけただけ、っていう可能性もある」
「どういうこと?」
「映像を見せるつもりはないのに、見せるふりをして、自分への疑いをそらそうとしたってこと。アデリンとコイトマが協力してれば簡単」

「タイミングよく部屋から出てきて、芝居をしたの? ないと思うなぁ。そこまでして、私たちに犯人じゃないとアピールする必要がないよ」
「もしかしたら、疑われるような痕跡が残ってるのかもしれない」
「それを私たちに探される可能性に対処したの? 探そうとするかも分からないのに?」
「基本的に、犯人は墓穴を掘るものなんだって」

「そうかなぁ」
 深い深い疑問を言葉に込めてみたものの、パドマの耳には届かなかったらしく、少女は「どこに残ってるだろう」と大きすぎる独り言をつぶやいた。そして、「アガサも考えてよ、痕跡が残ってそうな場所」と続ける。

「痕跡がありそうな場所かぁ」
 少女の意見が暴論だとしても、痕跡が残っている可能性は否定できない。私は頭の中に、アデリンと遭遇した廊下の先にあるという、階段の踊り場を思い浮かべた。そして、その場所から噴水までの道のりを想像する。事件を起こした人物は、どういう経路で王女を運んだのだろう――

「そっか」
 頭の中に現れた思いつきに、思わず独り言がもれる。

「何、どうしたの?」
 すぐにパドマの声が届いた。

「事件が起きた場所が分かった。噴水だ」
「なんで」
「だって、人って重いから。あんな重いものを持って、階段をずっと降りるなんて無理。疲れるし時間がかかるし、リスクが大きすぎる」

 眠ってしまったパドマをわずかに移動させるのでも、とても苦労するのだ。大人の体を運ぶのがどれだけ大変か。何となく複雑に考えていたけれど、思えば、噴水の近くでことが起こったと考えるのが自然かもしれない。

「うーん」運ばれたことしかないだろう少女は、頭の中で人を運ぶシミュレーションをしているらしい。「確かにあの階段は長いかぁ」
「運ぶのをあきらめるくらいには、長いと思う。それで当然、運んで来られないなら噴水にいたことになる」
「でも、一人で運んだとは限らないし、道具を使って運んだ可能性もあるんじゃない?」

「……なるほどね」パドマの指摘で、自分の発想が至極(しごく)短絡的だったことに気づかされた。少し恥ずかしい。「犯人が一人とは限らないのかぁ」
「考えたくもないけどね」
「そうなると、やっぱり運んできた痕跡があるか確認したいね。道具の方は、コイトマに何か使えそうなものがあるか、確認してみよう」
 
 ――。
 
 パドマに向けた言葉は、しかし、予想に反して彼女の反応を引き出せなかった。部屋の中で反射した音が、ゆっくりと壁に吸い込まれていく。間髪(かんはつ)明けずに何かしらの反応が返ってくると思っていたから、意識が前のめりになった感がある。

 すぐに、耳鳴りの音が聞こえるくらい、部屋の中が静かになった。
 あまりの静けさに、突然少女が気を失ったのではと不安を抱いたものの、ちょうどそのタイミングで「よし、見に行こう」という声が聞こえた。布団をはねのける音もする。

「えっ、どこを?」
「噴水のあたり。当然でしょ」
「今?」

「今」
 すぐ近くから聞こえた声に顔を上げてみると、そばにパドマが立っていた。白いワンピースを着た彼女は、仁王立ちでこちらを見下ろしている。陶器のような肌に月光が差し、ホラー映画のワンシーンのよう。夜中目を覚ました時に同じ光景を見ていたら、叫んでいたかもしれない。

「それはちょっとまずいんじゃない? 監視もついてるわけだし」
「そう? どちらかというと、監視のある方が問題も起きないと思うけど。黙って外に出てばれるよりも、心証は良いでしょ」
「……そういう考え方もあるのかぁ」
 暴論にも思える彼女の指摘に、しかし、多少感心してしまう私である。

「はい、じゃあ行こう」
 パドマは、嬉しそうにレースのカーテンを開けにかかった。否定の言葉さえも肯定だと思える彼女に、感心を提供するというのは、ほとんど全面肯定したに等しい。残念ながら、もう行かない方に話を修正するのは不可能だろう。

「大丈夫かなぁ」
 思わず心の声が漏れる私に、少女は「怒られたら戻ればいいって」と楽観的な言葉を返してくれた。
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