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文字数 1,323文字

二度点滅するように、破れた屋根から差す一条の光が二度(かげ)った。
ヴィオレンタを戸口に残し、イグネフェルは教会の前庭に飛び出した。

両手を見つめる。

『翼』の顕現。

顎を上げ、視線を東の空に向ける。そちらのほうはまだ霧が濃かった。

その霧のただなかに、緑と黄の光点が滲んでいた。


お元気で。
また会いましょう。
気配と予感、または予感のことを気配というのか、イグネフェルにはわからない。わからないまま飛び上がる。

地を蹴り、垂直に。

まもなく轟音をたてて、教会が内側から破裂した。

ヴィオレン――
呼ぶ声を自ら消した。

口を閉ざし、顔の前に腕をかざし、体を翼で覆って砂ぼこりと瓦礫から身を守る。

金属の翼に砕けた瓦と石飛礫(いしつぶて)が当たり、音を立てた。

体を包む翼を徐々に開いていく。

広がりゆく視界。

そこに黄と緑の光点。

親指の爪ほどの大きさだったそれは、瞬きする間もなく眼前に迫り、視界を染めた。

人の形が見えた。

直後、腹に衝撃を受けた。

痛みは感じないが、攻撃されたことはわかった。

完全なる奇襲だ。

地面に叩きつけられた勢いで、道を削るように砂の上を転がり、勢いが弱まったところで回転エネルギーを利用して膝立ちになる。

飛び上がった直後、その地点に火球が直撃した。

イグネフェルは敵を見ようともしなかった。

逃げるしかない。

地面に対して垂直に急上昇。
追いすがる二つの光、そして……全壊した教会が見えた。
(ヴィオレンタさん)
うまく瓦礫と瓦礫の間に潜り込んでくれていたら。

そう無事を願うしかない。

教会は見る間に小さくなっていくが、二つの光は引き離せない。

空気が冷たくなっていくのがわかる。

ある時点で、イグネフェルは上昇をやめて西へと滑翔を始めた。

それでも追っ手を引き離せない。

幾度めか振り向いたとき、緑の光が膨れ上がったように見えた。
頭を下に、自由落下に近い速度で急降下する。

低い里山のなだらかな稜線、裾野(すその)をふちどる村々が眼下で大きさを増していく。

強烈な光がイグネフェルの影を木々の上に落とした。

光の束が頭上を通り過ぎた。

翼に熱が移った。

イグネフェルはもう、こちらを見上げる村の人々の表情がはっきりわかる位置まで高度を下げていた。

そのまま滑翔。

里山の、木々の緑が視界を埋め尽くした。

緑に突入。

日差しが遮られた。

葉をくぐり、枝をくぐり、湿った土に着地。

翼を隠して、それからは走った。
イグネフェル!

イグネフェル!!

空から森の中は見えていないはずだ。

だがイグネフェルは襲撃者を見た。

若い……離れているが、声と雰囲気からして恐らくは若い男女だった。
翼が盗まれたって聞いた時点で俺にはわかってたさ!

お前がもう一度この世を地獄にするために戻ってきたってな!

…………。
(地獄?)
今日は挨拶だ。

何も知らないというのなら、手土産をくれてやる。

知らないなどという言い訳は俺は絶対に許さない。

……………………。
何かきらめくものが、空から森へ落とされた。
やはり彼らはイグネフェルの居所を完全に見失っていたようで、それは随分と見当違いなところに落ちていった。
いつまでも隠れていられると思うな。

俺は必ずお前を殺す!

光は去っていった。
その余韻が消え去ってから、イグネフェルは『手土産』を探し始めた。
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登場人物紹介

イグネフェル

本作主人公の紋様兵器。魔女を討伐するべく旅に出る。

涙を流す機能がない。

ヴィオレンタ

本作のヒロイン。

セレナル

『世界の涙の魔女』。

30年前の器継承戦争によって魔女の地位を継いだ。

ミクリラ

30年前に名を上げた英雄オーレリアの孫娘。

ナーシュ

イグネフェルの創り主。

30年前の器継承戦争で息子イグネフェルを失い、自身は顔面を奪われた。

ヴィゼリー

西の浮遊要塞の司令官。生ける紋様兵器。

リーセリー

ヴィゼリーが連れている紋様兵器。

オーレリア

30年前の器継承戦争の英雄。ミクリラの祖父。

アグア

東の浮遊要塞の司令官。

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