第30話 『クスノキの番人』

文字数 1,368文字

東野圭吾
実業の日本社文庫
2023年4月15日 初版第1刷発行
2024年6月10日 初版第11刷発行

ラジオ体操の80代の女性に『ザイム真理教』を貸したらすぐ読んで返ってきて、この本をもらった。Facebookで大人気、電車のドアにこの小説の広告が貼ってあったのをありありと覚えている。なので好奇心はあったが、東野圭吾さんの本を読んだのは初めてで、予備知識もゼロだった。

感想はまず「お見事」である。ネタバレを避ける印象で言うと、神社、念の「与念」「受念」を媒介する「クスノキ」。日本的なアイテムと、日本的な家族関係の物語である。

家族や後継や愛人?! などなど、血の繋がった者だけができる「念」のやり取り。

さすがのベストセラー小説。初版にして11刷を重ねている。『ザイム真理教』の19刷発行に迫る。

まず、朝から晩まで読んで、本を下に置く必要がない。解雇され、逮捕された、若い私生児の玲斗(れいと)。この主人公の名前だけで、長編を最後まで読む気になるが、70歳近い、元ビジネスウーマンで顧問の千舟、このしゃんとしたキャラクターが玲斗に絡むだけで、もう小説は成功している。玲斗といい感じになる優美(ゆうみ)も、絶対優しくて美しい。老若男女すべての登場人物が、文字から自分の脳内で視覚化される。

会社の経営、会社の後継、認知症、アルコール中毒、愛人?!、親に生き方を規定されてしまった息子、どのイベントも、日本人なら、人間なら普遍的に遭遇する。これを外国語に翻訳しても(対象言語の文化を考慮して)誰もが理解できるだろう。

そして、玲斗、千舟、優美を初めとするほとんどすべての登場人物を愛することができる。神社の社務所や、念を転送するクスノキ、家族や会社の関係には日本的な文化が染み渡っている。社務所の様子や、パーティー会場のホテルもありありとビジュアルが浮かぶ。

そして、世界から見放されていた玲斗は、「クスノキの番人」を務めるにつれ、人間的に成長するので、この物語は玲斗や優美のビルドゥングスロマン(教養小説)でもある。自分が育てた会社の顧問になっている千舟は、現経営陣から抹殺されそうになり、彼女の作り上げたホテル(最近漫画にも見られるホテルや食事のシーンも楽しい)が閉館されることになっていたが、玲斗が役員会に乱入し、発言することによって、それが抑制されるというエンディングも、行動によって、世界が変容するので、説得力があり、楽しい。

普段はマヤコフスキーとか、ハイゼンベルクとか、ショスタコーヴィチなどの伝記、とにかくノンフィクションばかり読んでいるが、東野圭吾さんの作品は、良い翻訳のように途中で「止まる」ことがまったくなく、書かれている内容がディテールまで普遍的なので、誰が読んでも理解できるし、ストーリーを作り上げている思想にも深く共感できる。私は家族の中にいるのが嫌で、いま一人暮らしがとても楽しいが、そういう恩知らずな私にも家族の絆を思い出させてくれた。

本当に良く作られた物語であり、120点、欠点が見つからない。ベストセラー作家とは、こういうものなんだと腑に落ちた。

小説のテクニックとしては、クスノキとは? クスノキの番人とは? あの人物この人物の秘密とは? とテーマから最後までずっと推理小説のように「謎かけ」が続くので、飽きないし、本を置くこともない。



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