最強の日干し男の巻

文字数 2,129文字

さぁ、明日はどんな一日になりましょうか。
いつものとおり?
ちょっとうれしいことが起こるかも?
ベイ・FM・タテスカ 『ミアコのミッドナイト癒やシアター』終了の時間が近づいてきました。
楽しい時間って、あっというまよね。
食べることも寝ることも忘れさせて、体内時計を狂わせるってさ、犯罪級に罪なことよ。
ほんと不思議。
時間って、誰にでも均等に流れていると思う?
あたしもあなたも、地球の裏側にいるブラジル人も、みんな同じ時間が流れているって、本当かな。
みんな等しく年をとってるはずなのに、やたらと若い人っているじゃない?
ああ、整形とかエステとか抜きでよ。
そういう人って、きっと時間の流れ方が違うのよ。
え? 時間の過ごし方が違う? 遺伝?
なんか、外野がごちゃごちゃいっとりますけど。
はいはい。タイムキーパーがね、せかして。
まさに時間が迫ってきてますのでね。
ではではメールです。
ラジオネーム最強の日干し男さん。
ミアコさんこんばんは。
こんばんは。
先日、ルームシェアを解消したので、ひとりぼっちになってしまいました。
あらま。
ひとり暮らしをしていたころは、自宅とは寝泊まりする場所でしかなく、自宅での充実した日々のことなんて考えもしていなかったのに、あのころより若干年を取ってしまったからなのか、ひとりがひどく寂しく感じます。
そうね。あたしも食事は外でほとんどすませるし、自宅なんてひとりになれる空間ぐらいでしかないわね。
ひとりだから寂しいなんて思ったこともない。
気取って誰かをもてなすこともないからインテリアにも凝らないし、だったらカプセルホテルと変わらないんじゃないかって言われそうだけど、テリトリーというのかしらね、帰巣本能はあるのよ。
あんな安アパートでもね。
ルームシェアをはじめたきっかけは、相方が住んでいたアパートに欠陥が見つかり、出て行かざるを得なかったことにあります。
引っ越しにもお金がかかるし、ぴったりの広さの部屋がなかなか見つからず、居候させてと冗談をいわれたのです。
ならばと、ふたりで広めの部屋を借りて、家賃も光熱費も折半したら、前よりも節約できると、ルームシェアをすることになりました。
相方は部署こそ違うけれど、同じ会社に勤めていて、まったく知らない間柄でもなく、それが担保になっているとでもいうのか、一緒に暮らすことを不安には思いませんでした。
ひょっとしたら、俺はそのころから、なんとなく気になっていたのかもしれません。
同僚という枠から少しはみ出るという感情は、学生時代の友達という枠から少しはみ出る感情にも似ていて、懐かしく感じました。
ソリも合ったし、なんの問題もなく過ごしていたのに。
――それが、気まずくなって、相方が出て行ってしまったのです。
本当のことなんていわなきゃよかったと、後悔しています。
いわなきゃきっとまだ続いていた――そう思うと、変わり映えのないいつもの日常というのがとても愛おしく思えてなりません。
それはむしろ素敵な日々ね。
どういうわけか、簡単には気づかないものだけどね。
それでもいつかは向こうが結婚して出て行くことになったでしょう。
紹介なんかされたりして。
興味のないのろけ話を聞かされて。
相方の新しい日常を想像しては打ち消す惨めな日々になるのだとしても。
こんな別れ方は、たぶん、しなかった。
俺は、いうタイミングを間違えたんだろうなって思う。
いや、いうべきじゃなかった。
ひとりでは広すぎるこの部屋で、ほかの誰かと空間をシェアする気にもなれず、引っ越しを考えてます。
お互いの部屋に行き来することはなかったから、相方の部屋がどんなふうだっか。
空っぽの部屋はなんの面影もなく。
ど真ん中に寝そべり、ミアコさんのラジオを聞いてます。
目をつむり、ミアコさんがかける音楽を聴きながら、つい回想してしまうんです。
ベランダの洗濯物が減ったよなとか。
料理好きの相方がいなくなって、冷蔵庫のしなびたニンジンを見つけたとき、俺は気づきもしなかったけど、計画的に食材買ってたのかなとか。
ふとした瞬間、なんかイヤになって。
誰かと生涯を共にするっていう疑似体験から、急に現実に戻ったみたいな。
できれば、俺だってミアコさんみたいになりたい。
ああ、でも、そうじゃない。
そうなりたい方法を知りたいわけじゃないんです。
ええ、わかりますよ。
あなたはあなたのままでね。
あたしだって、周りにカミングアウトをしているわけじゃない。
こういったしゃべり方をしていたら、とくに誰も尋ねてこないだけ。
って、カミングアウトしてることと同じね。ふふふ。
ありのまま、着の身着のまま生きるって、難しいですね。
それ以上に恋する感情を抑えるのが難しい。
わかっていたことだけども。
恋をするのは自由よ。
相手が結婚していようと、どんな事情があろうと、片思いするのは自由。
でも、思いを伝えるかどうかは別問題。
マイノリティであろうとなかろうと同じこと。
そう思えばあなたも普通よ。
さぁ、最後の曲です。最強の日干し男さん、聞いてますか?
思い出あふれる広い部屋でひとりぼっちの夜もある。
そんなあなたが癒やされれば。
そして、あなたの普通に共感してくれる人が現れるその日まで。
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