第19話

文字数 22,210文字

折原 翔

 二〇二四年十月


「十一月十五日……それは本当に二〇一三年なの? 数年後ってことじゃ……」
 美織の問いに翔はかぶりを振った。
「お父さんが言っていた。お母さんは僕を産んだ二ヶ月後に亡くなったって……」
「そんな……」
「くそ‼︎」大吾は公園に落ちていた空き缶を蹴り上げた。
「大吾! あんたが荒れてどうするの! 一番悲しいのは翔なの!」
「んなことわかってるよ! でもこんなことってあるかよ。翔の母ちゃんは過去を変えたんだ。翔を産んでも死ななかったんだ! ようやくこれからって時に転移ってなんだよ! 十一月十五日まで一ヶ月もないんだぞ⁉︎」大吾は声を荒げた。
 二日前、翔はカレンダーを見て琴音の命日が十一月十五日だと知った。激しく動揺してしばらくはその場から立ち上がることが出来なかった。だが、これだけの情報だと琴音が何年後の十一月十五日に亡くなるのか、何が原因で亡くなるのかがわからなかった。翔は一縷の望みにかけていた。数年の猶予があるのであれば、また未来を変える余地はあると思ったのだ。
 その数分後、涼太が買い物から帰ってきた。翔はすぐに涼太に尋ねた。涼太は驚いた顔を見せた後、少し怪訝そうに言った。
「おいおい、そんな大事なこと忘れちまったのか、翔? 琴音が亡くなったのは、翔を産んだ約二ヶ月後、がんが転移して、頑張って治療を試みたけど、ダメだったんだ」
 涼太は沈痛な面持ちだった。だが、それ以上に翔の心はぐちゃぐちゃに乱された。二ヶ月後に亡くなる。それは翔が考える上で一番最悪の展開だった。
 それだけの病状ならもういくら頑張ったって無理じゃないか。もう一緒に生きられる望みはないじゃないか──。
 翔はその翌日と翌々日、学校を休んだ。仮病ではない。実際に熱を出したのだ。あまりの衝撃に翔の体が悲鳴を上げたのかもしれない。
 大吾と美織はLINEで連絡をくれた。二人共とても心配をしていくれた。それもそのはず、翔は美織の家を飛び出してから、二人には一切連絡をしていなかったのだ。ついには学校も休んだとなると何かがあったと誰しもが思うだろう。
 翔は三人のグループLINEに今日クラブ活動が終わったら、自宅隣の公園に来てほしいと伝えた。大吾と美織は約束通り、公園に来てくれた。翔も家を出て、二人と合流した。時刻はすでに午後六時を回っていた。
「もう無理なのかな……」美織がか細い声を絞り出した。
「諦めるんじゃねぇよ、美織! まだ何か方法があるかもしれないだろ!」
「方法って何⁉︎ 言ってみてよ!」
「そんなんわかんねぇよ!」
「だから、喧嘩しないでよ」
 翔は大吾と美織の間に入った。
 ふと、最近はよく二人の喧嘩の仲裁に入るなぁと思った。
「翔?」美織がぼそっと呟く。
 翔は自分でも驚くほど、冷静であることに気づいた。
 二日間学校を休んで、色々と考える時間をあったためだろうか。翔は少し深呼吸をしてから口を開いた。
「僕さ、またお母さんに嘘をついちゃったんだ」
「嘘?」大吾が訊く。
「うん。お母さんにがんが転移したって言われた時にさ、本当に私は未来にいるのか? って聞かれたんだ。でね、未来にはお母さんはいる。だから病気は治る。ってまたこの後に及んで嘘をついた」翔は引き攣った笑みを浮かべた。
「良いんだよ!」美織は声を大きくした。 
「だって、真実を言っちゃえば、翔ママは生きることを諦めちゃうかもしれないでしょ? 私が翔でもそう言うと思うよ?」
「でも多分ばれたよ」
「え?」
「僕さ、ノートに文字書きながら涙が止まらなくて、文字めちゃめちゃ滲んじゃったんだ。お母さんはきっと僕の嘘を見破っている。その上で未来を変えようとまだ戦っているうんだ。本当に強い人なんだ」
 翔は大吾の方を見た。
「翔?」
「大吾さ、前に僕がエリーって人のこと説明したの覚えている?」
「『時を越えるノート』をくれた怪しい仮面男のことか?」
「うん。実はさ、一ヶ月前くらいかな? また僕の前に現れたんだ。この公園で」
「え⁉︎」
「本当に⁉︎」美織も驚いた。
「うん。でね、こう言われたんだ。『何事もまずは目の前にあること、自分に出来ることからやることが大事』みたいな、そんな説教じみたこと言われてさ。その時は何言ってんだこの人くらいに思ってたんだけど、今ならその意味もわかる気がする」
「?」大吾は首を傾げていた。
「エリーさんはきっとこうなることがわかっていたんだ。まぁこんなおかしなノートを持っているし、彼は宇宙人とかお化けとかそっち寄りの人智を超えた存在だと思うから、過去のことだって熟知していたんだろうしね。その上で僕に伝えてくれたんだと思う。目の前のやれることをやれって」
 翔は大吾の元にスタスタと歩いてき、肩に手をポンと置いた。
「僕に今出来ることは、お母さんが喜んでくれような嬉しい報告をすること。それしか出来ない。でもだからこそ、それに全力を注ぎたい。サッカーで全国に行く、その報告をすることが今の僕に出来ることだ。大吾も協力してくれるよね?」
 翔は大吾に手を差し出した。
 大吾はニヤッと笑みを浮かべて、翔の手を握った。
「当たり前よ! やろうぜ、翔! 翔の母ちゃんに最高の報告をするんだ!」
 すると美織が翔と大吾の上に覆いかぶさった。
「ちょっと二人だけで盛り上がっていないで、私も混ぜなさいよ!」
「ばか、美織重いって!」
「ちょっと女の子に向かって重いとか言うな!」
「イッテ!」
「ははは」翔は大吾と美織のやりとりを見て笑った。見慣れた光景のはずなのに、随分と懐かしく感じた。気付くとと美織と大吾も翔を見ていた。
「ん?」
「翔の笑顔なんだか久しぶりに見た」
「俺も」
 確かにこんなに心から笑ったのはいつぶりかと思い出せないくらいだった。翔は目を細めて夜空を見上げた。
 暗く細い道であることには変わりない。変わらないどころか、以前よりももっと道は険しくなっただろう。けれども、やることがはっきりした今ではその微かな道の隙間から翔は確かな一筋の光を見ることができた。その光は優しく、そして確かに自分を照らしてくれているように思えた。
 その光の先に琴音がいる。翔は夜空を見上げて目を細めた。

 十一月七日、準決勝。舞台はひたちなか地区多目的広場のサッカー場。相手は昨年の準優勝チーム『水戸ホーリーホックJrユース』だった。息を吐かせぬ攻防の末、〇対〇のスコアレスが続いた。
 チャンスが到来したのは後半残り三分、大吾がペナルティエリアの一歩外で相手選手のファールをもらい、フリーキックという千載一遇のチャンスを得た。
 大吾はボールを手に取ると、翔にボールを差し出した。
「決めてこい、相棒」
 翔はボールを手にした。
「任してといて」
 翔はボールをセットし、助走をとった。そして軽く深呼吸をした。翔は自分の右手を眺めた。震えは一切なかった。翔は手のひらをぎゅっと握る。
 翔は右足を振り抜いた。ボールは回転がかかっており、弧を描いて、相手選手が作る壁を越えていった。翔はボールがゴールがネットを揺らす前に握り拳を掲げていた。
 彼はボールを蹴った瞬間に、ボールの行く末が見えていたのだ。
 チームメイトが翔の元に駆け寄り、喜びの輪が出来る。試合はそのまま終了のホイッスルが鳴り響いた。土浦ユナイテッドFCはついに県大会の決勝にたどり着いた。
 試合会場は土浦市の新治総合運動公園。試合予定日は十一月十四日。
 琴音の命日の前日だった。 




 折原 琴音

 二〇一三年十一月


 琴音は再入院後すぐに放射線治療を始めた。
 放射線の治療室は病院の地下にあった。内科の看護師として働いている時にはあまり来たことがなかった場所だ。平木医師、史也、数名とスタッフと共に若干薄暗い廊下を通り、巨大で分厚い金属の扉を開くと、存在感のある厳つい機械と硬く質素なベッドが見える。この機械で放射線を照射するのだ。
 ベッドで横になり、平木医師から体位の指示を受けると、機械がグーンと動いて、照射された。痛みは一切なかった。今後はこの治療をほぼ毎日行なっていくことになる。
 抗がん剤治療ほどの副作用に苛まれることはなかったが、それでも吐き気や倦怠感は常に付き纏っていた。時折胸に激しい痛みが伴うこともあり、いつ来るともわからない恐怖や不安感は常に彼女の心を苦しめた。
 脱毛の副作用はなかったため、琴音の髪の毛は耳が少し隠れる程度のショートカットまで伸びた。これまで里奈からもらったウイッグをつけることが多かったため、むしろその髪型に慣れたせいか、自分の本物の髪の毛を見るのが妙に新鮮だった。
 個室での生活は誰にも気を使わないで良いという利点はあるものの、やはり少し寂しさもあった。さゆりや里奈との三人で励まし合いながら過ごした日々が懐かしく、辛いながらも楽しい思い出として琴音の心の中を豊かに彩ってくれていた。
 涼太は仕事終わりに毎日病室に寄ってくれた。がん転移の報告を受けた当初、彼の目はまるで生気を感じなかったが、今では腹を括ったのか、いつもの明るく優しい涼太に戻ってくれた。きっと治ると毎日のように勇気づけてくれた。
 退院したら翔と一緒にどこに行こうか、ベビーベッドはこんなのが良いんじゃないか、抱っこ紐はここのブランドが良いらしい、涼太は琴音が退院した後の生活のことをよく語ってくれた。この後の人生が、生活が当たり前に訪れてくれるかのように。
 病院には大勢の人が琴音に会いに来た。以前の入院中にも来てくれた両親、涼太の母。それになつみや愛香もまた仕事の合間を縫って来てくれた。
 二人と話すと結局は三人の共通の話題である大好きなアニメの話が始まる。なつみが仕事で手がけているアニメ制作の話は琴音の好奇心を大いにくすぐった。
 終始笑い声が絶えない中でも時折、二人は声を詰まらせ、目を潤ませる瞬間があった。詳しい病状はきっと奈央から聞いているのだろう。友達が死んでしまうかもしれない、という思いはどんなに気持ちを取り繕うとしても完全に拭い去ることは無理なはず。病気の話題を極力出さなかったのは二人なりの優しさだと思った。
 その数日後に来た訪問者に琴音は思わず目を見開いて驚きの声を上げた。
 大学時代の先輩マネージャーだった松本亜由美と佐々木唯、同じく先輩である永森雄星や野中貴弘も来てくれたのだ。とても久しぶりの再会で涙が出そうなほど嬉しかった。亜由美と唯は病室に入るとすぐに琴音を抱きしめた。言葉にせずとも二人の想いは琴音の心に届いていた。
 欲を言えば病気でやつれ気味の今より、化粧をして身なりもきちんとした形で会いたかったが、きっとそれは今の自分からすると贅沢な悩みなのだろう。
 後から聞いた話だが、涼太は前回の琴音の入院時、この四人には病気のことをあええ伝えていなかったらしい。極力心配をかけさせたくないという琴音の性格を慮ってのことだったようだが、今の琴音には色んな人たちの支えが必要だと判断し涼太が声をかけたのだという。
 今でも自分の事で出来る限り他の人に心配をかけさせたくないって気持ちに変わりはないが、久しぶりに大好きな先輩達に会うとやっぱり嬉しかった。
 琴音は四人がなんの仕事をしているのか聞いた。
 亜由美は大手の広告代理店、唯は茨城県庁で子育てしながら働いていると言った。
 貴弘はなんとプロサッカーチームである鹿島アントラーズの専属メディカルトレーナーとしてプロサッカー選手の身体のケアを主な仕事としていた。
「本当は涼太と友也二人のプロ生活を支えたかったんだけどね……」
 貴弘はそう呟くと、すぐに「すまん、今のは忘れてくれ」と付け加えた。
 雄星は小学校の先生となり、サッカークラブの監督をやっていると言った。
 琴音は雄星の顔をじっと眺めた。
「どうした琴音ちゃん?」
「いえ、なんでもないです」
 琴音は雄星に見えない程度にくすりと笑った。
 彼女は内心、知っているよと思っていた。十一年後、翔が雄星の元でサッカーをすることになると言いそうなるのを必死に抑えた。不思議な因果に琴音は感慨深い気持ちになった。
 後から涼太が奈央を連れて病室に入ってきた。
 一同は再会を喜び、昔話に花を咲かせた。楽しいこと、辛かったこと、話をする中で色んな思い出が鮮明に蘇ってくる。友也のことは今でもみんなの心に色濃く残っていた。みんなの太陽のような存在だった彼をこの世から葬り去ったあの凄惨な事件を忘れられるはずもなかった。
 それまであえて琴音の病気の話題は避けているような雰囲気だったが、雄星は言った。
「琴音ちゃんはまだ友也のところに行っちゃいけない。涼太には琴音ちゃんが必要なんだからな」みんなの真剣な眼差しが琴音に集まった。
 琴音はゆっくりと頷いた。「まだ死ぬつもりはありません」そう力強く答えた。
 一同はその後、病室を出てNICUに向かった。保育器で眠る翔を外の廊下からガラス窓越しに愛でてくれた。「顔は琴音似だね」と亜由美は笑って言った。
 四人が帰った後、病室には琴音と涼太と奈央の三人が残った。病室の窓から見える木々の葉色は赤や黄に紅葉し、散っていく葉は幾分か心に侘しさを残す。だが、身体は少しだけ軽くなったような気がした。色んな人たちからパワーをもらって、また明日からの治療も頑張れそうな気がした。
「涼ちゃん、奈央。ありがとう」
 琴音は二人への感謝を述べずには入れなかった。

 翔がNICUから出ることが出来たのは、十一月五日になってからだった。翔の体重は約三千五百グラムまで増え、体のどこにも異常はなく、いたって健康体として成長してくれた。
 奈央が翔を抱えて琴音の元まで連れてきてくれた。翔を抱っこした時、琴音は泣いた。
 翔は琴音の指を小さな手のひらでぎゅっと握り締めてにんまりと笑った。琴音の涙が翔の頬に落ちる。琴音は指の腹でその翔の濡れた頬をそっと拭った。
 あぁ……ずっとそばにいたいなぁ。離れたくないなぁ。まだ……死にたくないなぁ。
 その想いは溢れていくばかりで、胸が押し潰されそうになる。
 数日後、翔は退院して、涼太と共に自宅のマンションに行くこととなった。涼太は育児休暇を取った。琴音の両親も付きっきりで翔と涼太を支えてくれている。琴音も早くがんを治し、退院して三人で一緒に暮らしたいという気持ちがどんどん強くなっていった。
 だが、その想いとは裏腹に琴音の病状は復調の兆しがないばかりではなく、悪化の一途を辿っていった。がんは無情にも進行の手を一才緩めてはくれなかった。体の自由は下半身から徐々に奪われていった。歩行器がないと転んでしまうほど足元がおぼつかないほどだった。
 辛い病状や治療の最中でも病室ベッドの上で上半身を起こしながら、欠かさず『時を越えるノート』に毎日愛する息子へメッセージを書き記し続けた。未来の翔から送られてくるメッセージは間違いなく琴音の支えになっていた。腕が一切動かせなくなるその瞬間まで、ペンを握り書き続けるんだと心に決めた。
 二日後の十一月十四日が県大会の決勝ということだった。琴音は心からのエールを綴った。よくがんばったねと頭を撫でてあげたかった。
 翌日、交換ノートの中で、翔から、言い忘れていたと前置きがあった上で、とある驚きの報告を受けた。なんと先月エリーがまた現れたということだった。
 琴音の元に現れたのは最初の一回切り。琴音はエリーにお礼を言いたいと思っていた。自分の病気がどうなるかはわからないが、少なくとも彼のおかげで自分の人生は大きな変化を遂げたのだ。一度も息子を見ることも抱きしめることも出来ず死ぬ人生を変えてくれた恩人に一言お礼を言いたかった。
 翔はエリーから奇妙なことを言われたと言った。
 それは『過去と未来が重なる時、扉は開かれる』という言葉だった。
 琴音はハッとした。一年前の記憶が蘇ってきた。今まですっかり忘れていたがエリーは確かにこの言葉を琴音にもしていたのだ。一体この言葉は何を意味するのか。
 その時、琴音は半年以上前のあの不可思議な出来事を思い出した。今住んでいるマンションの内見に来た時、突如強い光が発生し、その歪んだ光の中で小学生くらいの翔がチラリと見えたことがあった。結局あれはなんだったのか、原因がわからない中でがんが発症したもんだがら、バタバタ続きですっかりあの出来事自体を忘れてしまっていた。
 琴音は今一度あの出来事を整理してみることにした。
 わかっているのは、あの時、琴音も翔も同じマンションにいたということ。だが、琴音は内見後、すぐにそこに涼太と住み始めて、入院する直前までずっとそのマンションに住んでいたのだ。にも関わらずあの光を見たのは内見の時のみ。
 その時、琴音はあることに気づいた。あの時、光が現れのはマンションのどこだったか。確か将来子供部屋にすると言っていた部屋ではなかっただろうか。そう、確かにそうだ。そしてその部屋にこれまでも何度も出入りしているが、何も変化はない。ではあの時とこれまで何が違ったのか………。
「‼︎⁈」
 琴音はあることに気づき、思わず目を大きく見開いた。
 ノートだ。『時を越えるノート』。
 内見の日、琴音は『時を越えるノート』を携えていた。そして普段の生活でこのノートを子供部屋に持ち込んだことは一度もない。
「『過去と未来が重なる時、扉は開かれる』。重なる……。扉……」
「まさか、あの光って……」
 琴音は頭を抱えた。
 どうして今まで気づかなかったのだろう。琴音は自分の愚かさを恥じた。気付くのが遅すぎた。ここにいてはあの光はもう見れないじゃないか──。
 琴音はペンを握る手に力を加えようとした。
 その時、琴音は持っていたペンを机に落としてしまった。そのペンを拾おうとした時、ある違和感が琴音を襲った。
 指が上手く動かせない。
 ついには腕にまで病気の魔の手が侵食しているのを感じた。
 もう時間がない──。
 琴音はこの時初めて、自分の残り時間が後わずかしか残されていないことを悟った。これまで絶対に病気を治すという気持ちしかなかったのに、いつの間にか死ぬことを受け入れつつある自分に気がついた。
 なんて自分は愚かなんだと思う反面、少し冷静な自分もいた。やらないといけないことがはっきりとわかったからだ。
 今動かないと一生後悔する。まだ間に合う。諦めちゃダメだ。
「帰らないと」
 琴音はそう呟くと、ベッドから起き上ろうとした。だが、身体は思うように動かず、よろけて体制を崩し、ベッドから床に落ちてそのまま倒れ込んでしまう。体中が痛い。体の中も外も痛くないところを探す方が難しいくらいだ。 
 琴音は歩行器をつかみなんとか立ち上がろうとした。
 帰らなきゃ──。
「琴音⁉︎」
 琴音は顔を見上げた。涼太だった。ベビーカーに乗せた翔と一緒に病室に来てくれたのだ。
「だ、大丈夫か⁉︎ 安静にしていないとダメじゃないか」
 涼太は琴音の元に駆け寄った。
 琴音は涼太の腕を力なく掴んだ。
「帰らなきゃ。私、うちに帰らなきゃ」

「一時帰宅ですか?」平木医師は訊いた。
「一日だけで良いんです。ダメですか?」琴音は懇願の眼差しで言う。
 診察室には平木医師と奈央、琴音と涼太がいた。翔は今、他の看護師が見てくれている。
 病室で倒れている琴音を見つけた涼太がナースコールで奈央を呼び、琴音を連れて診察室に来たのだった。琴音は開口一番に「家に帰らせてください」と平木医師に告げた。彼は当惑した表情を浮かべていた。
「帰ることは可能です。ですが、今の琴音さんの病状は深刻です。例え一日だとはいえ、何かあった時に自宅では我々はすぐに対応出来ない。それでも戻りますか?」
「はい、戻りたいんです」琴音は即答した。迷いはなかった。
 奈央はプルプルと体を震わせていた。きっと本当は戻ってほしくないはずだ。治して元気になってほしいと思っているはずだ。それでも琴音の気持ちを最優先にしようと必死に自身の思いを殺そうとしているように見えた。
「俺は反対です」口を開いたのは涼太だった。
「涼太ちゃん……」
「俺は琴音とまた一緒に暮らしたいんだ。元気になってほしいんだ。これだとまるで……」
「涼太さん、残りの時間を家族と過ごす。その選択肢も立派な生き方です」平木医師が言う。
「それはもう琴音は治らない、病気を諦めるって言っているようなもんじゃないか!」涼太は直立したまま声を荒げた。そして琴音の肩に手を添える。
「残りの時間なんかじゃない。俺はこの先の人生も琴音ともっとずっと一緒にいたい。諦めてほしくない。ずっと一緒にいるから。もうこれ以上大切な人を失いたくないんだ」
 琴音は涼太の悲痛な叫びに胸を掴まれる想いだった。
 涼太はこれまでも大切な人を二度も失っているのだ。恋人、親友。ついには妻も失ってしまうとなれば、どんなに心が強い人でも心は簡単に堕壊するだろう。
「奈央はどう思う?」
 琴音は訊いた。琴音の心は揺れていた。最後は親友の意見も聞きたいと思った。
「私には……わからないよ、琴音。生きてほしいってもちろん思ってる。死んでなんかほしくない。でも生きるわずかな可能性にかけてでも闘病生活を続けて、辛い思いをするのは琴音だから。私はそんな無責任なことを言えない。ごめん……。私はただ琴音に幸せになってほしい。後悔のない生き方をしてほしい──」

「わがままでごめん」涼太は俯きがちに琴音にそう告げた。
「私こそ、わがまま言って困らせてごめんね、涼ちゃん」
 琴音は涼太に支えてもらいながら病室に戻った。
 自宅には戻らないことにした。
 涼太の苦悶に満ちた表情を見て、もうこれ以上最愛の夫を悲しませてはいけないと思った。
 涼太は琴音を病室のベットに座らせてから、彼女の体を労わるように優しく抱きしめてくれた。琴音は涼太が震えていることに気付いた。琴音は彼の背中をさすった。
「私、涼ちゃんを悲しませてばかりだよね。私、嘘つきだ」
「……嘘つき? どうして、そう思うの?」
「涼ちゃんとお付き合いする時ね、筑波大学のグラウンドの隅でさ、私、涼ちゃんに、この世の誰よりもいっぱい幸せにするからって言ったの、覚えている?」
「もちろん、覚えているよ。あの言葉に俺がどれだけ救われたことか」
「幸せいっぱいの笑顔いっぱいの家庭にする、その自信だってあったのに、私全然涼ちゃんを笑顔に出来ていない、幸せに出来てないよ。こんなはずじゃなかったんだけどなぁ……」
「そんなことない!」
 涼太は琴音を抱き締めながら掠れる声で言った。涼太は抱き締める手をほどき、琴音の目を見た。
「俺は琴音からたくさんの笑顔をもらっているよ。琴音といれて幸せだよ。命がけで翔を産んでくれた。言葉で言い表せないほど嬉しかった。感謝してもしきれない。俺はまだ琴音に何も返せていない。感謝の想いを伝えきれていない。だからこのままお別れなんてしたくないよ。翔が大きくなって巣立って、孫を愛でて、よぼよぼのおじいちゃん、おばあちゃんになるまでずっと一緒にいたいんだ。一緒に生きよう、琴音」
 涼太の想いの丈を全身に浴びて、琴音はこくんと小さく頷いた。
 そして二人はそっと口づけを交わした。

 涼太は明日から二週間、翔と共に琴音の病室で寝泊まりすることとなった。涼太は看護師に預けていた翔を引き取った。翔は新品のベビーカーの中ですやすやと眠っている。また明日すぐに来るからと涼太は言って、翔と共に病室を後にした。
 琴音の病室の窓からは、病院の玄関から出入りする人々を一望できる。琴音は歩行器に掴まりながら窓の前まで歩き、玄関を出て、駐車場に向かって歩く涼太を見つけると「涼ちゃん!」と叫び大きく手を振った。
 動かしづらい腕を懸命に振った。琴音に気付いた涼太もそれに応えるかのように大きく手を振ってくれた。
 涼太が運転する車が見えなくなるまで琴音は窓際に立っていた。ヘッドライトの明かりが夕闇に消えて見えなくなったのを確認すると、琴音は急に胸に痛みが生じ、ベッドに大きく横たわった。呼吸も荒くなっていく。歩行器に掴まりながら立つことももはや彼女にとっては簡単なことではなかった。
 私も生きたい。生きたいけど、ごめんね、涼ちゃん……。私、翔が大人になるところ見られそうにないよ……。
 琴音の目尻から涙がこぼれ、枕を濡らす。悔しくて悲しくてたまらなかった。琴音は声を押し殺しながら泣いた。声にならぬ声が口からこぼれ出る。
 身体の痛みで意識が朦朧としていった。そんな朦朧とする意識の中で、過去にあった様々な思い出が走馬灯のように琴音の脳裏に駆け巡った。
 出来ることなら過去に戻りたいと思った。病気になるなんて微塵も思っていない、未来に希望しかなかった過去に戻って体が動くままに思う存分走り回りたいと思った。
 そんな中、琴音の脳裏に、ふと小学生くらいの男の子が映し出された。ぼんやりとする意識の中で琴音はその少年を見る。
 君は……誰?
 ──!
 え? なんだろう、うまく聞こえないよ。でも君のこと見たことがある気がする、知っている気がする。でも、誰だろう。なんでかな、君を見ていると、とても心が温かくなるんだ。
 ──さん!
 呼んでいるのかな? 私を。でもうまく思い出せない。聞き覚えのない声。でもこんなにも愛おしくなるのはなんでだろう。
 おかあさん!
 お母さん? おかしいな。私は小さい子供を産んだばかりなんだよ? 君はどう見ても小学生くらいじゃない。でもどことなく私の小さいころに似ているような気がする。へんなの──、一体君は──。
 僕だよ! お母さん! 翔だよ! 目を覚ましてよ! ノートを見て! お願い!
 翔……。君が翔? それにノートってなんだっけ……。 
 バチン!
 その瞬間、琴音の脳内に電流が走ったような衝撃があり、突如ある写真が思い浮かんだ。それは五人の子供たちが笑顔で写る写真。その後ろで無数の紙飛行機が舞っている幻想的な写真。
 この写真は──。
 私はこの写真を知っている──。
 琴音は写真の真ん中に写る子供に目が向く。
 君だ──。今しがた自分を呼んでいた少年がそこに笑顔で写っている。
 そうだ──。君は翔だ。十一年後の翔なんだ。でもなんで私は十一年後の翔を知っているんだろ……。
 ノートを見て!
 ノート? ノートって……。
『このノートは『時を越えるノート』。あなたと息子さんを繋げてくれる不思議なノートです』
 あなたは……エリーさん。そう、よろず商人のエリーさん。彼からもらった『時を越えるノート』で私は翔と交換ノートをしていたんだ。
 私、他にもなにか大切なことを忘れている気がする。このまま死んではいけない気がする。まだやり残したことが──。
「過去と未来が重なる時、扉は開きます」
 この言葉は……。
 そうだ……扉だ! 私はわかったんだ。扉の開き方を。まだ……死ねない。まだ私にはやらないといけないことが残っている。母として最期にやらないといけなことが、伝えなきゃいけないことが──。
 ──ね!
 誰かの声が聞こえる。今度は女性の声。親しみのある大好きな声。
 ──とね!
 戻らなきゃ。私は──。
「琴音!」
 視界が急に開けた。眩い蛍光灯の光に思わず目を細める。
 眼前には奈央が涙を流しながらこちらを見ていた。
「奈央……」
「もう心配させないでよ! 死んじゃったと思ったじゃない! ばか!」
 奈央は琴音の腕を掴んで少し揺すった。
「ごめんね……」
 琴音はその瞬間ハッとした。
 そうだ、ノートだ。
 琴音は重たい体を動かしながら、ベッド横のテーブルに置いてあるカバンに手を伸ばした。
「琴音……?」奈央は怪訝そうに琴音の動きを目で追っている。
 琴音はカバンから『時を越えるノート』を取り出し、ノートを開いた。翔からメッセーじが来ていると琴音は直感していた。案の定、翔からのメッセージがそこにあった。
 琴音は口元に笑みをたたえた。
 そうだよね、翔。それしかないよね。私もそう思う。でも──。
 琴音はうなだれた。
 今の私は家には戻れない。一体どうしたら──。
「そのノートは何? 琴音」
 奈央は琴音が大事そうに持つノートを見て首を傾げていた。
 琴音は奈央を見た。そして胸が弾けた。
 それは、この瞬間、琴音はあるとんでもない考えを思いついたからだった。
 琴音は奈央の手を力の限り握った。そしてじっと親友の目を見据えた。
「奈央、あなたにどうしても頼みたいことがあるの。奈央にしか頼めないこと。信じられないような話かもしれないけど、私の話聞いてくれる?」



 
 折原 翔

 二〇二四年十一月


 ドクンドクンと自分の心臓の鼓動が聞こえる。
 サッカーの試合を前にこんなにも緊張してしまうのは初めてだった。だが、特に不安はなかった。むしろ自身に満ち溢れている。ではなぜこんなにも緊張しているのだろう。
 翔は深く深呼吸をした。芝独特の香りが翔の鼻を掠め、十一月特有の少しひんやりとする空気が妙に心地よい。雲一つない晴天の青と広大な芝のサッカーグラウンドの緑という見事なまでのコントラストが翔の視界を鮮やかに彩っていた。
 土浦市新治総合運動公園。二年前、公園の大規模工事に伴う芝の張り替えがあったことにより、芝から伸びるスプリンクラーがいたる所で水を噴射し、小さな虹を形成していた。 
 その光景は、思わず笑みが零れ落ちてしまうほどの美しさで、見るだけで気持ちが昂ってくる。早くこの芝のピッチでボールを蹴りたいと思った。
「やばい、武者震いで体が震えるぜ。こんなこと初めてだ」
 大吾が少し口元に笑みを浮かべながら言った。
 翔たちは集合場所であるグラウンド脇に位置する管理棟の中にある控え室に向かっていた。
「武者震い?」
「なんだよ翔、知らないのか? 武者震いってのはなぁ……なんだっけ?」
「なんだよそれ」翔は思わず笑いそうになる。
「武者震いってのはな、大事な戦いを前にして、適度な緊張や興奮のために体が震えることを言うんだ。これは別に悪いことじゃない。むしろ良いことだ。一番心の状態が良い時ってのは武者震いするもんだ」涼太が説明をしてくれた。
「そうなんすね。特に意味もわからず使ってたわ」
「大吾らしいね」翔が一言添えた。
 翔は自分のこの体の震えも武者震いであると直感した。大事な試合の前に気持ちが昂っていることは間違いない。
 この会場まで涼太が翔と大吾を車で送迎してくれた。自転車でも行ける距離だったが、変に事故にでも遭ったらまずいと涼太が気を利かせてくれたのだ。
「大吾の家族もこの後来るんだよね?」
「うん、父ちゃんが母ちゃんと妹達を連れて観に来るよ。兄貴の格好良いところ見せてやらねぇとな」
「息子としてもね」
「そうだな」
 大吾の母はリハビリも順調で車椅子を使わず日常生活には支障が出ない程度に歩行することは出来る様になったと大吾から聞いていた。兄貴として、そして息子として、この県大会決勝という舞台で活躍する姿を家族に見せるんだと、大吾は数日前の練習で語っていた。
「よう、お二人さん、気合十分か?」後ろから和人が翔と大吾の肩を組んできた。
「おはよう、翔、大吾」夏樹もいる。
「おはようございます!」翔が言う。
「もう気合入りまくりッす! 体中滾りまくって大変ですわ」
「試合前に滾りすぎて燃え尽きるんじゃないよ、大吾」
「え?」後方から声が聞こえた。翔は大吾と共に後ろを振り向いた。
「寛人君!」大吾が笑顔で声を上げた。翔と大吾が小学一年生の時、六年生としてチームのキャプテンを務めていた和人の兄、寛人がそこにいた。
「お久しぶりです! 寛人君!」翔が言った。
「本当に久しぶりだね、翔」
「今日は兄貴も見てくれるから、マジで負けらんねぇな」和人が気合を込めて言った。
「俺の代では県大会すら出場出来やしなかったからさ、みんな本当にすごいよ。観客席から応援しているからね。頑張って」
「はい!」
 寛人はそのまま観客席の方に歩いていった。
「おっと、じゃあ俺も観客席に行くわ。翔、頑張れよ」
「うん、絶対勝つから見てて」
 涼太も寛人の後を追う形で観客席に向かった。
「今日の試合は賑やかになりそうだね、翔」
 夏樹が翔の横に来て言った。
「そうですね。緊張しますけど、知っている人たちが大勢応援してくれるとやっぱり嬉しいです」
「今日はさ、僕の両親も観に来てくれているんだ。いつも土日は仕事で忙しくて中々試合を観に来れてなかったんだけど、今日は決勝だし、夏樹の晴れ舞台だからって仕事を休んでくれたんだ。だから僕も大吾じゃないけど、結構滾っているよ」
 夏樹は力拳を作るポーズをした。
「負けられないですね」

 午前九時、土浦ユナイテッドFCの面々が控室にて顔を揃えた。その数十秒後、永森先生も「おはよう!」と大きな声で力を漲らせながら入って来る。彼もまた気合十分といった様子だった。
 永森先生は自身の私物である、サッカーコートが描かれたホワイトボードに選手を模した磁石を動かしながら、今日の試合を戦う上での戦術面を説明していってくれた。さらに今日の相手チームの要注意人物の説明もあった。
 今日の決勝の相手は、三年連続優勝を決めている鹿島アントラーズJrユース。鹿島市を拠点とするプロサッカーチーム直属の下部組織で、ここからエスカレーター方式にプロサッカー選手になった人も少なくない。
 このチームのエースは前線のフォワードで十番の背番号をつける、熱田という翔と同じ小学五年生の男だった。スピードとテクニックを兼ね揃えたオールラウンダータイプの選手だ。
 チームミーティングを終えて、早速芝のグラウンドでウォーミングアップを始めた。相手チームはすでにグラウンドの別サイドで動き出していた。翔は相手選手を観察した。その中で一際キレのあるプレーを見せる選手がいる。彼が熱田だと思った。
 スピードやキックの精度は確かに目を見張るものがある。ただテクニックでは負けていないはずだ。同じ背番号十番をつける者として絶対負けるわけにはいかないと思った。
 ボールを蹴りながら翔は観客席に目を向けた。観客席にはすでに大勢の人が集まっている。試合開始三十分前だというのにすごい盛り上がりだ。小学生の県大会決勝でもそれなりに注目度があるのだなと思った。
「翔~! 大吾~!」聞き覚えのある黄色い声が観客席から聞こえてきた。
 翔はその方向に体を向けて大きく手を振った。美織が試合を観に来ていた。その後ろには美織の他に十人くらいの女の子たちがいる。
「女バスチームの友達も呼んだよ! 負けたりしたら承知しないからね!」
 美織は笑顔で相変わらずの憎まれ口を叩いた。
「ったく、美織の奴、ここに来てわざわざプレッシャーかけにくるなよな」
 大吾が翔の隣に来てぼやいた。そういう大吾の顔は笑みを浮かべていた。
「お母さんたちは来ていたの?」翔が訊いた。
「あぁ、あそこだ」大吾は観客席の方を指差した。翔はその指の先を目で追った。観客席の上部の方で大吾の両親と妹たちがいた。小春と小夏は兄の大吾の名を大声で叫びながら、騒いでいる。美奈子は大吾に向けて手を振ってくれていた。
「お母さん、元気そうだね。妹ちゃん達も。良かった」
「うん。色々ありがとうな」
「なんもだよ。今日は賑やかになりそうだね」
「あぁ。でも観客は多い方が燃えるだろ」
「大吾らしいね」
「翔は緊張すんのか?」
「いや、めずらしく燃えてる」
「そうこなくっちゃ」
「おぉい! そこの二人! 遊んでないで体動かせよ!」
 和人の声が後方から聞こえた。
「やべ、行くぞ、翔!」
「うん!」翔と大吾はチームメイトが集まるグラウンドの中央に駆け出した。
「翔!」大吾は走りながら振り返り翔を見た。
「なに?」
「勝利報告を翔の母ちゃんに届けるぞ!」
「うん!」翔はにこっと笑った。
 ストレッチ、ダッシュ、パス、シュート、一通りのウォーミングメニューをこなし、土浦ユナイテッドFCの面々は観客席の前方下に位置するベンチに集まった。試合開始五分前、永森先生がスターティングメンバーを発表し、戦術面等の最終確認を行う。そして主審がホイッスルを鳴らした。
「よし! 今日までにやれることは全部やった。あとは思う存分楽しんでサッカーして来い! 行くぞ全国!」
「おう!」永森先生の鼓舞に翔たちは呼応した。
 土浦ユナイテッドFCのえんじ色のユニフォームを身にまとった翔たちは整列した。
 対戦相手の鹿島アントラーズユースはテレビでもよく見たことがあるアウェイ用の白いユニフォームを纏っていた。プロと同じユニフォームを着ているだけで妙に威圧感がある。
 主審と副審の後ろに付いていき、ピッチの中央に歩いていく。すると会場のスピーカーからサッカー日本代表の試合前にテレビでよく聞く、FIFAアンセムが流れてきた。不意をつかれた演出に一瞬驚きつつも、身が引き締まると同時に妙に力がみなぎってきた。センターサークル内で整列し、一礼。翔はそのまま目の前にいるエースの熱田と固い握手を交わした。
 土浦ユナイテッドFCはキャプテンの和人を中心に円陣を組んだ。みんな気合十分といった様子だった。
 翔はこの時、試合ではない別のことを考えていた。一つだけどうしても気掛かりなことがあったのだ。翔は昨日の出来事を思い出していた。
 昨日、翔は夜が更け始めた頃、琴音にメッセージを送った。内容は先月に突然翔のもとに現れたエリーが言っていた『過去と未来が重なる時、扉が開かれる』という謎に満ちた言葉の意味がもしかするとわかったかもしれないというものだった。翔は自分の考える仮説をノートに記した。
 半年前に自分の部屋に突然現れた謎の光。その光の先にいた女性の姿。あれは間違いなく琴音だった。そこから導き出される仮説を翔は伝えたのだ。
 だが、今日に至るまで琴音から返事はなかった。翔は胸騒ぎを感じずにはいられなかった。琴音の命日は二日後の十一月十五日。仮に懸命な治療も実らず、未来がこのまま変わらないのであれば、すでに琴音は昏睡状態でペンも持てない状況に陥っていたとしてもおかしくないと思った。
 せっかくエリーの言葉の真意がわかったかもしれないというのに、気付くのが遅すぎたのだ。なぜ今の今までこのことに気付かなかったのだろうと翔は自分を恥じ、後悔した。 
 翔は迫りくる大事な試合に真っすぐ気持ちを向けることが出来ないでいた。
 大吾と美織には自分のやれることをやるだけだと冷静に大見得を切ったというのに、この体たらくはなんだと自分の弱さを罵倒したくなる。
 このままでは結局自分は何もできずに二日後の十五日に母が死んでしまう、という後悔と寂寥が混じり合った感情が翔の体の奥で渦巻いていた。
 そんな時、翔のスマホが震えた。大吾からのLINE電話だった。翔はLINEを開いた。
「大吾? どうしたの?」翔は必至に平静を装って出た。
「よう。お前のことだから、そろそろ色々と悩みまくり始めている頃かなと思ってさ」
「悩み? もうすぐ試合なのにそんな悩みあるわけないじゃないか」
「本当に? にしては今日の練習、精彩を欠いていたような気がしたけど」
「! ……」
 誰にもバレていない程度だったとは思うが、確かに翔は今日の練習では自分のプレーに納得いかない部分が多かった。
 もちろん翔はかなり高レベルでプレーしている分、他の並みの選手からしたら調子が良い部類だったと思うが、翔としては七割程度の出来栄えだった。大吾には全てお見通しだったのだ。
「……バレてた?」
「俺の目はごまかせないぞ」
 はぁと翔はため息をついて、一拍置いてから話し始めた。
「お母さんに会える方法がわかったかもしれないんだ」
「え、なんだって⁉」
 翔は大吾に自分の立てた仮説を伝えた。一通り説明を終えると大吾は唸った。
「すごい、本当ならとんでもない話だ。でもそもそも翔の持っているノートがありえない存在だから、もしかするとひょっとするかもしれないな」
「でもね、お母さんは今入院しているから、それをするのも簡単ではないし、どうしたら良いのか悩んでるんだ。それに……」
「それに?」
「昨日からずっとお母さんから返事がないんだ。せっかく気付いたのに。遅かった。もしかしたらお母さんはもう目覚めることなく、明後日の十五日を迎えちゃうんじゃないかって。そう思うと辛くて、僕が明日の試合頑張っても、お母さんには伝わらないんじゃないかって……」
 翔は拳を握りしめた。悔しさと悲しさで体が強張る。するとスマホから大吾の大きな声が木霊した。
「大丈夫だ!」
 翔は一瞬耳を受スマホから外した。うるさくて軽く耳鳴りがするほどだった。
「ちょっと声でかすぎ。というか大丈夫って何がだよ」
「翔の母ちゃんはまた目を覚ます! そんで絶対また翔のメッセージを見る!」
「……根拠は?」
「ない‼︎」
「ない?」
「んなもんない! 直観だ! でも絶対そう! 俺がそうと言ったらそう!」
「なんだよそれ」
 あまりにも無茶苦茶な論に翔は思わず笑ってしまった。
「翔の母ちゃんは明日翔にとって大事な試合があることを知っているんだろ? なら例え今意識が混濁していたとしても、また必ず意識を取り戻す! そう信じろ! 翔がそれを一番に信じないでどうするんだ!」
「大吾……」
「違う?」
「違くない……」
「じゃあ、やることは二つだな。明日の試合勝って、翔の母ちゃんに報告する。そしてなんとか会う! 会う方法はきっと必ずある! それは明日閃くことに期待しろ! だからとにもかくにも試合に勝つことだ!」
「相変わらず無茶苦茶だな。でも……ありがとう。なんだかすっきりした」
「そりゃ良かったぜ! じゃあ明日も早いから寝るぞ! 明日頑張ろうな! じゃ!」
「うん、おやすみ」
 翔はスマホを耳から離してベッドに大の字で寝ころんだ。そしてじっと天井を眺めた後、そっと瞼を閉じる。
 大吾のおかげでまた自分を取り戻せた気がする。本当にいい相棒を持った、翔はそう心から思った。
 思えば大吾と仲直りしてからまだ半年くらいしか経っていないと考えると不思議な気持ちだった。あの反駁し合っていた日々、殴り合った日が遥か遠い昔の出来事のように思えてならなかった。それだけ翔にとって大吾の存在は大きすぎた。何にも代え難い存在だった。そしてふとこんなことを思った。
 父にとってのそんな存在がきっと友也さんだったんだろうな──。

「翔? 聞いてんのか?」
「え?」
 翔の意識はグラウンドに戻ってきた。チームメイトと円陣を組んでいる。みんな自分に目を向けていた。声の主は和人だった。
「大丈夫か? しっかりしてくれよ。はっきり言って今日レベルの相手はお前なしには勝てないんだからな」
「試合前にそんなプレッシャー与えてどうすんの和人」夏樹が言う。
「でも事実だろ? 相手はプロの予備軍だ。俺たちの百二十パーセントの力を出さないとだめだ」
「翔なら大丈ですよ。な?」大吾が言う。
 翔は軽く深呼吸をした。吐いた息が微かに肉眼でも見えるほど空気は澄んでいた。
「大丈夫です。僕がいれば勝てます」
「言うじゃねぇか」和人はニヤリと不敵に笑った。
「俺はまだお前らとのサッカーを終えるつもりはさらさらないからな。どこまでも俺に付き合ってもらう。全国決勝までな。だからこそ……絶対勝つぞ!」
「おぉ‼︎」
 選手達の気合いのこもった雄叫びと共に円陣が解かれ、選手達は各々のポジションに離散していく。翔はトップ下のポジションにつくと、手のひらで自身の頬を二度強めに叩いた。
 もう迷いはなかった。大吾のなんの根拠もないくせに妙に説得力のある言葉が翔の心の襟を正してくれた。大吾の言う通り、琴音はきっとまたメッセージをくれる。喜びや笑顔は命の源だ。勝利の報告は琴音の命をきっと引き延ばしてくれる。だからこそ、絶対に負けられない。
 翔の集中力はどんどん研ぎ澄まされていった。前半は相手チームのキックオフだ。
 主審がホイッスルを吹いて試合が開始された。
 土浦ユナイテッドFCは前線から積極果敢にプレスを仕掛けていった。だが、鹿島ユースの選手達は個々の能力が非常に高く中々ボールを奪えない。ボールは一気に前線にいる熱田に渡った。正対するのは和人だった。熱田はフェイントを交えて和人を抜きにかかるも、和人は必死に食らいつく。すると熱田は中央に走り込んでくる味方選手にボールを預けて、その選手は豪快にダイレクトシュートを放った。シュートはゴールマウスを確実に捉えていたが、夏樹のファインセーブでなんとかボールを掻き出した。
 翔はこの一連の攻撃を見て、若干息を飲んだ。これまで戦ってきた相手の中で間違いなく一番強いチームだと確信した。だが翔は笑みを浮かべていた。次はこっちの番だと心の中で呟いた。
 和人からのビルドアップのボールが中盤の高い位置にいた翔の足元に収まった。と、同時にすぐに鹿島ユースの選手達は二人がかりで翔を囲んだ。流石にプレスが早い。
 翔は次の瞬間、相手選手の頭上を越えるフワッとした浮き球を繰り出した。予想外のプレーに相手選手達は一瞬固まる。そのボールに反応出来ているのは大吾だけだった。大吾は翔のパスを芝にバウンドさせず、シュートを放った。だが、惜しくもゴールーキーパーの手で弾かれ、弾いたボールを相手ディフェンダーが素早くクリアした。
 すると観客席から拍手が巻き起こった。決勝という名に相応しい、素晴らしい試合の幕開けだった。
 その後は両者互いに譲らぬ攻防でシュートに結びつかない拮抗した試合展開となった。気を抜けば一気に相手に主導権が握られてしまう、そんな確信が翔にはあった。土浦ユナイテッドFCは誰もが集中力を途切らさず、強豪チーム相手にも互角の戦いを見せ、スコアレスのまま前半を終了した。
「くそぉ、中々フィニッシュまで持って行けないなぁ」
 ベンチに戻る途中で大吾が翔に苦虫を噛むように言った。
「流石に強いね。でも負けてない。後半はもっと良いパス出すよ。感じ取ってね」
「オーケー。センサーびんびんにしとくぜ」
 翔はベンチに戻る途中、永森先生の傍に大人の男性が三人いるのが見えた。一人は涼太、もう一人は見たことない人だ。妙に永森先生と仲が良さそうだった。そしてもう一人は……。
「史也さん!」
「やぁ翔君。すごい活躍だったね。カッコ良かったよ」
「どうして、ここに?」
「涼太さんから今日翔君が試合だって教えてもらってさ。どうしても翔君の活躍を観たくて来ちゃったよ」史也は嬉々として喋った。
 涼太が頭の後ろを掻きながら口を開く。
「うん、そんなところだ。まぁ翔は気にするな。それよか前半良かったぞ。後半もその調子でやればきっと勝てる」
「うん、ありがとう」
「よし、お前ら集合だ! 後半に向けて修正点洗い出すぞ!」
 永森先生が声をかけると土浦ユナイテッドFCの面々は先生の周り集まった。
 五分間のみのハーフタイムはあっという間に終わり、主審のホイッスルが鳴り響く。これから後半が始まる。永森先生は最後に選手達に声をかけた。
「前半は拮抗していたが、後半は相手もさらに猛攻を仕掛けてくるだろう。だが、俺たちはそのさらに上をいく。どんな相手だろうと臆せず攻撃を仕掛け続けるんだ。そうすればお前らなら必ず勝てる。行くぞ! 全国」
「おぉ‼︎」
「よし行ってこい!」永森先生の激に呼応し、選手達は後半のグラウンドに向かった。
「翔、大吾」その途中で和人が声をかけた。
「はい?」和人の後ろには夏樹もいた
「相手の攻めの時間がどんなに続いたとしてもお前らは下がるな。いつでも前線で攻められる準備をしておいてくれ。相手の攻撃は俺たちが必ず止める」
「え、でも……」翔は途中で言葉を止めた。和人の目は覚悟の色を帯びていた。
「わかりました。後ろは任せます。俺たちが必ず点を取ってきます」
「俺達に任せといてくださいよ!」
 大吾が胸に手を当てて自信満々に言ってのけた。
「頼りにしているよ、翔、大吾」夏樹が笑顔で言った。
 今日負けてしまえば、このチームで和人と夏樹と一緒に出来る試合が今日で最後となってしまう。そんなのは絶対に嫌だ。まだまだこのチームで戦いたいんだ。
 翔は猛る思いを胸にグラウンドに立った。
 後半は土浦ユナイテッドFCのキックオフからスタートした。早速攻勢に出ようとした矢先、鹿島ユースの猛烈なプレッシャーにより、すぐにボールを奪われてしまう。相手も後半に入りギアを上げてきたのだ。そこから数分間、鹿島ユースの鋭い猛攻を受け続けた。エースの熱田を中心に、多彩で隙の無い攻撃を仕掛けられ、中々こちらのペースを掴めずにいた。土浦ユナイテッドFCの守備陣は和人と夏樹を中心に必死にゴールを死守し続けていた。
 翔は耐えかねて、自陣に戻ろうと足を一歩踏み出した。その時後ろから「翔!」大吾の声が聞こえた。
 翔は振り返り大吾を見た。首を横に振って「先輩達を信じろ」とだけ言った。
 そうだ、和人君と夏樹君は必ず守ると言った。だから僕は数少ないであろうチャンスに向けて前線で信じて待つんだ。
 翔は大吾を見て無言で頷いた。
 翔と大吾は先輩達を信じて待った。そしてついにその瞬間は訪れた。
 和人が決死のタックルで熱田からボールを奪取した。「翔!」という声と共に、和人は翔にパスを繰り出した。ボールは翔の足元にピタッと収まり。翔は前を向いた。翔の位置はセンターライン付近。相手は攻撃のため前がかりになっており、自陣で残っていたディフェンダーは二人。こちらは翔と大吾の二人。二対二でのカウンターだった。
 翔はすぐさまドリブルを仕掛けて、大吾へのパスコースを探した。だが、相手ディフェンダーはパスコースを上手く切っており、中々パスコースは見つけられない。
 大吾もボールをもらうために動き出す。大吾をマークするディフェンダーもそれについていく。翔は大吾見ながらある違和感を感じていた。
 これはいつもの大吾の動きじゃない。
 具体的に何がいつもと違うのか、うまく口では説明出来そうもなかったが、翔の直感がそう叫んでいた。
 これは……。
 すると大吾の口の動きがうっすらと見えた。声は発さず口パクでこう言っている。
「行け!」と。
 翔は大吾へのパスモーションを取った。左足を振りかぶる。パスをさせまいと相手ディフェンダーは翔の前に足を出す。
 翔は瞬間、目を見開いた。
 振りかぶった足ですぐさま切り返し、相手ディフェンダーを一瞬で抜き去った。巧みなプレーに観客席が沸く。
 翔はゴール目がけて一直線にドリブルで駆け抜けていく。ゴールとの距離がどんどん狭まっていき、翔はシュートモーションに入った。すると翔の前に大吾をマークしていた大柄のディフェンダーが立ちはだかり「させるか!」と言う声を発した。
 だが、その時、翔の足元にはもうボールはなかった。
 相手のゴールキーパーもディフェンダーもボールを完全に見失っていた。
「ナイスパス、翔」
 ボールは大吾の足元にあった。翔がシュートモーションに入った直前にヒールキックでフリーとなっていた大吾にパスを出したのだ。大吾は無人のゴールにボールを叩き込んだ。
 観客席は今日一番の盛り上がりを見せた。
 大吾と翔の周りにチームメイトが集まり手荒い祝福をする。
「大吾ー‼︎ 翔ー‼︎ ナイスー‼︎」観客席から美織が大声で叫んでいた。
 その後ろにいる女バスの子達も大盛り上がりだ。翔と大吾は美織に向けて、ピースサインを出し、声援に答えた。
「っしゃ! 翔と大吾が男を見せてくれたんだ! 次は俺たちが答える番だぞ!」
 和人がチームメイトを鼓舞した。試合は残り十分。まだ心許ない残り時間だった。
 鹿島ユースは思いがけない失点に動揺するかと思いきや、さらにギアを上げてきた。もう同じカウンターは食らわないと言わんばかりに翔と大吾、それぞれに二人ずつマークをつけてきた。相手もそれだけ必死なのだ。
 残り時間五分のところで、エースの熱田がペナルティエリア内にドリブルで侵入してくる。和人も必死に食らいつくが、豪快なシュートを放たれてしまう。夏樹はなんとかそのシュートに触れて、弾かれたボールはゴールポストを直撃した。てんてんと転がるこぼれ球にいち早く反応したのは鹿島ユースの選手だった。
 鹿島ユースはこぼれ球を押し込みゴールネットを揺らす。これで一対一の同点。試合は振り出しに戻った。
「くそ!」和人の悔しがる声が聞こえる。翔は走ってゴールネットに沈むボールを拾うとすぐにセンターサークルに向けて走り出した。
「翔?」夏樹は翔に声をかけた。
「まだ後半は残り三分あります。延長戦に入る前に……点、取ってきます」
 翔はすぐにボールをセンターサークルの中央にセットした。傍らには大吾がいる。
「まだ走れるよね? 大吾」
「当たり前だ。決めるぞ、翔」
 二人はお互いの握り拳をコツンとぶつけた。
 土浦ユナイテッドFCの選手達の目の光は未だ薄れていなかった。集中力は途切れていない。だが、延長戦に入る前に試合を決めようとしているのは鹿島ユースも同じだった。
 熱田が強引にドリブル突破を図ってきた。和人も息を荒げながら必死に食らい付いていく。
 熱田は和人を抜き切る前にシュートを放ってきた。和人は足でシュートブロックするも威力が強く、ボールはコースを変えてゴールに吸い込まれていく。
 ディフレクションがあったボールはどんな名ゴールキーパーでも反応するのが難しい。会場一体が鹿島ユースの追加点を疑わなかった。だが。
 ボールはゴールネットを揺らさなかった。夏樹が驚異的な反応でボールを手中に収めていた。その瞬間、翔は手を上げて「夏樹君!」と叫んだ。翔は夏樹なら抑えてくれると信じて次の攻撃のため動き出しをしていた。敵のマークを外し、フリーとなっていた。
 夏樹は翔を見ると、正確なパントキックで翔に繋いだ。残り時間を考えても、土浦ユナイテッドFC最後の攻撃だ。右サイド付近にポジション取りをしていた翔は前を見て、すでに動き出している大吾にパスを繋ごうとした。だが、大吾の方をよく見ると、大吾のマークは二人付いていたはずなのに、なぜか一人しかいなかった。
 その瞬間、翔のボールを奪おうと相手選手が一人、翔にスライディングタックルを仕掛けてきた。翔は咄嗟にボールを足の裏で引き、交わす。
 この選手は先ほどまで大吾にマークに付いていた選手だった。この選手だけ翔の動きに感づいて、翔からボールを奪おうとしていたのだ。
 翔が一瞬動きを止めていると、翔に付いていたディフェンダーが戻ってくる時間を与えてしまった。翔は三人のディフェンダーに囲まれてしまう。いくら翔でも実力派揃いの三選手を相手にずっとボールをキープすることは至難の技だった。
 翔は心の中で舌打ちをする。
 くそ、どうしたら──。
 ──。
「え?」
 その時、どこからともなく声が聞こえた。ような気がした。
 これは──。
 翔は右足を振り上げた。
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