4章―2
文字数 3,678文字
「アース、聞いてくれ。俺は店員に勝ったんだ!」
「な、何があったんですか?」
よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに、ラウロは紙袋を高く持ち上げた。
「お釣りをもらいに行ったら店員が知らん振りするもんだから、頭にきて財布の中身とレシートを見せて文句ぶちまけたんだ。そしたらお詫びにおまけしてもらったんだよ。もちろんお釣りも戻ってきたぞ!」
「は、はぁ……」
思わず「ケチですね」と言いかけたが、はしゃぐラウロを前にアースはぐっと堪えた。
「うんうん、その気持ち分かるなぁ」
しみじみと頷くソラを見て、ラウロはようやく彼女の存在に気づいた。
「アース、この人は?」
「あっ、ルインさんとメイラさんの友達で同級生の……」
「ソラ・リバリィでーす♪ ひょっとしてあなたも[家族]なのかな?」
「はい。俺はラウロ・リース」
彼は一拍置き、「男です」とつけ加えた。
「えぇっ、嘘でしょ⁉」
「嘘じゃありません本当です俺は女じゃありません」
案の定驚くソラに対して、ラウロは怒りを堪えつつ棒読みする。
「んー、確かに声は低いし、何だかあいつに似てるわね……っていうかあいつ遅すぎ! いい加減来てよねあの馬鹿!」
「馬鹿って言う方が馬鹿なんだよ!」
突如聞こえた高い声。その方向へ目を向けると、黒いワンピースを着た女性が仁王立ちしていた。
その女性は、ソラを睨みながら足早に近寄ってきた。足取りに合わせて、黒真珠のような美しく長い髪がなびく。両手は大量の野菜が入った袋で塞がっているはずだが、全く重くなさそうだ。
彼女はソラの目の前で立ち止まると、両手の袋を地面に叩きつけた。驚愕するアースとラウロだったが、女性が激しい口調でソラに詰め寄る様子に言葉が出なくなった。
「君ねぇ、何もしないで遅い遅いとか言うんだったら荷物運ぶの手伝ってくれてもいいじゃないか!」
彼女の気迫に仰け反るソラ。だが負けずに反論し始めた。
「なっ、何よぉ! 力仕事はあんたの役目でしょ? か弱い乙女に押しつけないでよ!」
「はぁ? か弱い? どーも正反対に見えるけどな」
「うるさいわね! っていうか遅刻は遅刻よ! ちゃんと時間は守ってよね!」
「いっつも遅れてくる君には言われたくないな!」
「偉そうに、こんなんだからいつまで経っても恋人ができないのよ‼」
「それはこっちの台詞だ‼」
ぎゃあぎゃあと取っ組み合う二人。このままだといつまでも喧嘩を続けそうだと確信したラウロは、遂に口を開く。
「あ、あのー……」
その途端、二人はハッと我に返り同時に顔を赤らめた。
「ごめんなさい、私達会うといつもこんな感じなの……」
「止めてくれてありがとう。次は気をつけるよ」
騒動が収まり、アース達はほっと胸を撫で下ろした。
「ソラさん、この人がもう一人の……」
「うん、その通り♪」
アースの質問を理解したソラは女性の肩に右手を乗せ、紹介した。
「この人は私とルイン達の同級生で友達の……」
「アビニア・パール」
その女性、アビニアは一拍置いて「男です」とつけ加えた。
――
川沿いの閑静な道路を歩く一行。実は男性だったアビニアが持つ袋のうち片方は、ラウロが受け持った。
ラウロから渡された『戦利品』を抱えたアースは、大量の野菜が入った袋を見て質問した。
「この野菜、何なんですか?」
「あぁ、これはね、『家族』からの仕送りなんだ」
「実はね、これを届けるためにカルク島まで来たの。そしたらついでに同窓会しようってことになっちゃって」
二人の言葉を聞き、アースは首を傾げた。
「ってことは二人とも、他の[島]から来たんですか?」
「そうそう。私達はミルド島出身よぉ」
「ついでに言うと、ルインやメイラ、その他諸々の『家族』も皆ミルド島で育ったんだ」
アビニアは右手の袋を左手に持ち替えた。左手の袋を右手に持ち替えたラウロは、「へぇ」と感嘆する。
「それにしてもルインさんとメイラさん、友達多いんだなぁ……」
コンクリートで仕切られた川が左側のビル街へと分岐する。分岐点の手前に架かる小さな橋を渡り、一行はビル街へ足を踏み入れた。
先程まで左側にあった川は、今度は右側を流れている。川の淵を歩いていたアースはソラに促され、彼女の左隣に移動した。
「そういえば、きみ達は[家族]になって間もないのよね?」
「はい」
「そうですけど?」
頷くアースとラウロを見て、アビニアは困ったように笑う。
「じゃあ僕達のことも、『家族』のことも知らないか。ごめんね、もう知ってるかと思ってたよ」
「ちょうどいいじゃない。せっかく卒業生が五人も集まるわけだから、昔話ついでに説明すればいいのよぉ♪」
「五人? あぁ、そういやあの人も来るんだっけ」
『あの人』という単語を聞き、アースはあることを思い出して足を止めた。今日[家族]を訪れる訪問者はソラとアビニア、そして、まだ姿を見せていない『変態』なのだ、と。
「アース、どうかしたのか?」
「ラ、ラウロさん……」
アースの緊張したような態度を見て、ソラは無邪気に笑った。
「大丈夫よ二人共、メイラがいれば何ともないから。……でも」
ソラはアース達の目の前に顔を寄せ、意味深に呟いた。
「あいつの『目』を見たら大変なことになるから、気をつけてね♪」
一行の先には開けた広場があり、銀色のキャンピングカーが見えた。ソラはスキップしながら走り出してしまい、アースは震えながら立ち尽くす。こちらの様子を見てようやく、ラウロも『
「こんにちはぁ!」
荷物で手が塞がる男子三人の代わりに、ソラが勢い良くドアを開ける。続いてアースとラウロが恐る恐る車内に入ると、幸いにも訪問者はいなかった。
「おかえり、遅かったわね……って、ソラとアビじゃない! いらっしゃい!」
「ルイン、メイラ、相変わらずだね」
「みんなぁ、久しぶりぃ♪」
テーブルを広げてパーティーの準備をする[家族]は、ソラとアビニアの周りに集まり再会を喜んだ。彼らのことを知らないナタルとシャープ、フラットが戸惑っており、アースとラウロは大急ぎで説明する。
「それよりソラ、いつまでその格好してるんだ?」
「あっ、ごめんごめん。最近変装に慣れちゃってさ。今着替えるね」
ノレインに指摘されたソラは、ようやく灰色の帽子とサングラスを外した。アースとラウロは思わず息を飲む。
肩より少し長い空色の長髪を一筋、両耳の位置で結んだ姿。髪と同じ色の瞳はきらきらと輝いている。素顔のソラはとても可愛らしい。
開いた口が塞がらないアースの横で、ラウロが声を絞り出す。
「思い出した。この人、歌手のSolaだ……」
「おっ。ラウロ、ソラを知ってたのか?」
ノレインは口髭を弄りながら目を丸くする。何度も頷きながら、ラウロは信じられないとばかりに目を見開いた。
「はい。俺がまだミルド島にいた時、偶然この人のライブを見たんです」
「っていうかあんた、ミルド人だったの?」
「そうだけど、あれ、言ってなかったか?」
ナタルが細かいツッコミを入れる横で、アースは公園での出来事を思い出す。確かに彼女はアコーディオンの弾き語りをしていた。その歌声に度肝を抜かれたが、やはり歌手だったのか。
「ソラさんって、やっぱり歌手だったんですね」
「そうそう。こう見えても私、ミルド島では結構有名な歌手なのよぉ。だからあの変装はかかせないの」
しみじみ納得するアースは、アビニアがこっそり「自分で有名とか言うなよ」と愚痴るのを聞いたが、ソラには聞こえていないようだ。
「そういえば、あの変態さんはまだ来てないんだね?」
「……はッ、そうよ忘れるところだったわ!」
何気ないアビニアの一言に、メイラは大袈裟に反応する。メイラはラウロとアースに迫り、切羽詰ったように忠告した。
「いい? 二人共、もうすぐ変態が来るけど絶対! あいつと! 目を合わせちゃ駄目だからね‼ 分かった⁉」
殺気にも似た気迫をまともに喰らい、二人はぎこちなく首を縦に振る。その様子を見てソラは吹き出した。
「あはははは、メイラ、その子達にさっき同じこと言っておいたから大丈夫よ!」
「えっ、そ、そうなの?」
ごめんなさい、とメイラは恥ずかしげに謝罪した。一方、先程の忠告を難しい顔で考えていたナタルは手を挙げて質問する。
「あのー、メイラさん。この二人はともかく、私は……」
「あぁ、ナタルはいいのよ。あたしの経験上『女の子』には無害だから」
予想に反し、メイラは明るく笑う。ナタルは混乱した様子で更に質問を重ねた。
「えっ、ど、どういうことですか?」
「普通は分からなくて当然だよね。メイラ、あの人が来る前に説明した方がいいんじゃないの?」
「確かにそうね。備えはありすぎるくらいがいいわ」
苦笑するアビニアの提案に大きく頷き、メイラはアースとラウロ、ナタル、更にシャープとフラットに向けて話し始める。
「いい? あの『変態』はね……」
(ログインが必要です)