本編

文字数 1,082文字

「な、ん、で、だ、あぁああ!!」
 ここは常夜(とこよ)の魔王城。今日も()(あるじ)である魔王様が元気に吠えている。
 ぼく・側仕(そばづか)えのアシュレイは、面倒そうな表情を隠しもせず、()(きみ)へあつあつレモネードを差しだした。
「はい、どうぞ魔王様。これでも飲んで落ちついてください」

「む……すまないな、アシュレイ」
 ふー、ふー、と必死にレモネードへ息を吹きかけて、ちょみちょみと(すす)る魔王様。乙女か。

 レモネードでほっと一息ついたかと思うと、魔王様は盛大なため息をついた。

「なあ、アシュレイ。なぜ……()は今回も見合いの場で物品(ぶっぴん)を――壺を買わされたのだと思う?」
「前々回の霊験(れいげん)あらたかな御札(おふだ)という名の紙切れ、前回の賞味期限切れな生ハムに続いて、今回は壺ですか。実用品なだけよかったですね、昇格昇格★」
 逆にどうして毎回律儀(りちぎ)にお買い上げするのかということには一切触れず、ぼくが腕を曲げて胸の前でふりふり振ってみせると、
「ぬおおお、真顔でカワイイ動きをするなあぁあ!」
 魔王様はヘドバン気味に頭を振りみだしている。長いさらさらヘアが売りのイケメンなのに、台無し感がすさまじい。

「余はっ、運命の相手に出逢(であ)いたい!! だから男女問わず見合いをこなして、一刻も早くイチャコラきゅむきゅむしあいたいのだ!」
「オノマトペ(こわ)……」
 思わず自身の小さなからだをぎゅっと抱きしめるぼく。
「真顔で引くな泣くぞ!?」

 既にどばっ、と大量の涙を(あふ)れださせている魔王様に、ぼくはふぅ、と小さく息をついて彼を見据(みす)えた。びしっ、と(不敬ではあるけれど)我が主を指さす。
「残念ながら魔王様。噂がたっているのです。『魔王様はカモネギ』だと!!」
「か……かもねぎ!? そ、それはアレか、『()わいくて()()っとり()ゅっとしたい』とかか!」
「『(カモ)(ねぎ)背負(しょ)って来る』ですよ残念さん。お金持ちで(だま)しやすいって(ちまた)では有名なんです」
「なん……だと……!?」

 がくり、と膝から崩れおちる我が君。
「じゃあ余はこのまま!! 死ぬまで!! 鴨? として搾取(さくしゅ)されつづけるのか?! 恋♡したいだけなのに!!?」
「まぁまぁ、とりあえずご婚姻は待ちましょうよ。どうせ魔王様、寿命激長(げきなが)ですし」
「ど、どのくらい待てばいいというのだ!?」
 必死にすがりついてくる魔王様を、ぼくは()()()()しながら抱きしめた。
「んー、そうですねぇ。具体的には八年位?」
「……なぜそこまで限定的なのだ……?」
「ふふ、なぜでしょうね」

 ――ぼくが成人する(婚姻可能になる)からに決まっているでしょうが。
 密かに『魔王様はカモネギ』を流布(るふ)した張本人(ちょうほんにん)であるぼくは、我が君へ見えないように、ぺろりと舌を出した。



【終】
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