第1話
文字数 1,787文字
町中でよく見るな。”ひま”こと向日(むかひ)まりやの第一印象はそれだけだった。地元特産の柑橘をPRする、ローカルアイドルの彼女は後方左手が定位置だ。毎年冬が近づくと更新される火の用心のポスターにひまさんはひっそりと映っていた。いつも目立たないポジションにいるのは、おそらく身長がメンバーの中でも抜きん出て高いからだろう。すらりと背の高い彼女は、アイドルというよりモデルのようでなんとなく目を引いた。
ある年、地元の秋祭りに行った時のことだ。高卒で公務員になったおれは、都会で大学生をやってる友だちとの再会にはしゃいでいた。ビールと商工会の作った肉巻きおにぎり以外に楽しめるものもなさそうだったので広場にあるステージを後ろの方でぼんやりと眺めていた。その時だ。はじめてパフォーマンスをするひまさんを見た。
ショートボブの髪を乱さず長い手足を生かしてダイナミックに踊る彼女は際立って見えた。そしてMCになると華やかなパフォーマンスとは打って変わっておとなしくしている。その様は子どもの成長を見守るひまわりのようでおれはすっかり心を奪われていた。SNSアカウントの更新は乏しく、詳しいことは公式サイトのプロフィール程度しか分からない。そんなひまさんをまた見に行きたくなっていた。
それから一年後の年度末、すっかりひまさんのファンになったおれは週末に行われるリリースイベントを糧にパソコンのキーボードを叩いていた。ファンと言ってもコールもペンライトも持たない。ただ静かに見ているだけだ。でも、ステージに立つひまさんを見ていると『いいものを見た、おれも頑張ろう』という気持ちになれるので、時間の都合がつけばできるだけ見に行くことにしていた。
今年度最後の残業を終え、すっかりぬるくなった缶コーヒーを飲み干すと、おれは帰宅するべく車に乗り込んだ。ラジオをつけると明日はどうやら快晴らしいことが分かった。よかった、屋外イベントは晴れに限る。リリースされる曲の内容についてはまだ全く明かされていないが、天気がいいというだけでぐっと期待が高まった。
翌日、イベントが開催されるショッピングモールへ整理券をもらいに行くと、見たような顔ぶれのファンが集まっていた。開場時間になり促されるままパイプ椅子に座る。今日は中央後方席だった。ステージ全体を見渡せる、良い席だ。そのまま待っているとだんだん出囃子の音が大きくなりメンバーがステージの袖に集まってきた。衣装の塊の中からひまさんを探すといつになく目つきが鋭かった。おかしい。普段の彼女は緊張をするような人ではないはずだ。どちらかといえば他のメンバーの背中を押してあげる側の人間である。だが始まってみればその理由が分かった。フォーメーションがいつもと違う。ひまさんがセンターだった。普段矢面に立たない彼女は、恥ずかしさと誇らしさが混じったような表情をしていた。
「CAN⭐︎Kitsのひまこと、向日まりやです」
「はじめて、この位置で、パフォーマンスします。いいものになるよう精いっぱい努めます。」
真面目なあいさつ。深いお辞儀。職人のような彼女にぴったりだと思った。
新曲はグループ初のハイテンポなダンスナンバーだった。間奏のダンスソロ、トランスっぽいシンセサイザーの音の中でひまさんは注目を集めていた。得意のターンをして、前を指さし、こっちを見て満面の笑顔を向ける。
その一瞬、いつも来ているのは知ってるよ、ありがとう。と言われた気がした。分かっている、絶対ひまさんはそんなこと言ってない。目が合ったような気がしたのも、たまたま中央後方席で観覧できているからだ。この頃のおれときたら、ひまさんの一挙手一投足にメッセージを見出してしまう。悪いくせだ。勝手に盛り上がって、いいように受け取って、馬鹿みたいだ。でもそう思い込むことにした。だってどう考えてもそっちの方が幸せだから。その後もパフォーマンスは続き、そこそこの盛り上がりとともにリリースイベントは幕を閉じた。
ひまさんの活躍を実際に目にすることができた。たった一瞬でも、心が通じ合った気になれた。そんな幸せが積み重なり、おれは胸が高鳴り、踏み出す足がどんどん早くなっていくのを感じた。柄でもないけど、新しい服でも買いに行こうか。どこからか降ってきた桜の花びらを巻き上げながら、そんなことを考えた。
ある年、地元の秋祭りに行った時のことだ。高卒で公務員になったおれは、都会で大学生をやってる友だちとの再会にはしゃいでいた。ビールと商工会の作った肉巻きおにぎり以外に楽しめるものもなさそうだったので広場にあるステージを後ろの方でぼんやりと眺めていた。その時だ。はじめてパフォーマンスをするひまさんを見た。
ショートボブの髪を乱さず長い手足を生かしてダイナミックに踊る彼女は際立って見えた。そしてMCになると華やかなパフォーマンスとは打って変わっておとなしくしている。その様は子どもの成長を見守るひまわりのようでおれはすっかり心を奪われていた。SNSアカウントの更新は乏しく、詳しいことは公式サイトのプロフィール程度しか分からない。そんなひまさんをまた見に行きたくなっていた。
それから一年後の年度末、すっかりひまさんのファンになったおれは週末に行われるリリースイベントを糧にパソコンのキーボードを叩いていた。ファンと言ってもコールもペンライトも持たない。ただ静かに見ているだけだ。でも、ステージに立つひまさんを見ていると『いいものを見た、おれも頑張ろう』という気持ちになれるので、時間の都合がつけばできるだけ見に行くことにしていた。
今年度最後の残業を終え、すっかりぬるくなった缶コーヒーを飲み干すと、おれは帰宅するべく車に乗り込んだ。ラジオをつけると明日はどうやら快晴らしいことが分かった。よかった、屋外イベントは晴れに限る。リリースされる曲の内容についてはまだ全く明かされていないが、天気がいいというだけでぐっと期待が高まった。
翌日、イベントが開催されるショッピングモールへ整理券をもらいに行くと、見たような顔ぶれのファンが集まっていた。開場時間になり促されるままパイプ椅子に座る。今日は中央後方席だった。ステージ全体を見渡せる、良い席だ。そのまま待っているとだんだん出囃子の音が大きくなりメンバーがステージの袖に集まってきた。衣装の塊の中からひまさんを探すといつになく目つきが鋭かった。おかしい。普段の彼女は緊張をするような人ではないはずだ。どちらかといえば他のメンバーの背中を押してあげる側の人間である。だが始まってみればその理由が分かった。フォーメーションがいつもと違う。ひまさんがセンターだった。普段矢面に立たない彼女は、恥ずかしさと誇らしさが混じったような表情をしていた。
「CAN⭐︎Kitsのひまこと、向日まりやです」
「はじめて、この位置で、パフォーマンスします。いいものになるよう精いっぱい努めます。」
真面目なあいさつ。深いお辞儀。職人のような彼女にぴったりだと思った。
新曲はグループ初のハイテンポなダンスナンバーだった。間奏のダンスソロ、トランスっぽいシンセサイザーの音の中でひまさんは注目を集めていた。得意のターンをして、前を指さし、こっちを見て満面の笑顔を向ける。
その一瞬、いつも来ているのは知ってるよ、ありがとう。と言われた気がした。分かっている、絶対ひまさんはそんなこと言ってない。目が合ったような気がしたのも、たまたま中央後方席で観覧できているからだ。この頃のおれときたら、ひまさんの一挙手一投足にメッセージを見出してしまう。悪いくせだ。勝手に盛り上がって、いいように受け取って、馬鹿みたいだ。でもそう思い込むことにした。だってどう考えてもそっちの方が幸せだから。その後もパフォーマンスは続き、そこそこの盛り上がりとともにリリースイベントは幕を閉じた。
ひまさんの活躍を実際に目にすることができた。たった一瞬でも、心が通じ合った気になれた。そんな幸せが積み重なり、おれは胸が高鳴り、踏み出す足がどんどん早くなっていくのを感じた。柄でもないけど、新しい服でも買いに行こうか。どこからか降ってきた桜の花びらを巻き上げながら、そんなことを考えた。