第3話

文字数 810文字

「あれ?」ふいに彼女が僕の足元を指さした。「ずるーい! 日向(ひなた)は濡れなかったんだ?」

 僕の青いスニーカーは、砂で汚れているけれど濡れてはいなかった。

「じゃあ、一緒に行こ!」と彼女が腕をぐいぐい引っ張る。
「濡れるの前提かよ? 待って、せめて靴脱がせて」

 僕は笑って彼女の手を名残惜しく離し、腰を屈めて靴から足を引きぬいた。片足で立って靴下を脱いでいたら、彼女の裸足の足が目の前に近づいてくるのが見えた。
 ぶつかる、と思って目をつむった。でも、ぶつからなかった。
 そっと目を開けると、彼女が目の前にしゃがみこんで僕を至近距離から見つめていた。

「わ。近い」
「そうかな……遠いよ」

 彼女の言葉の意味を理解するのに、3秒くらいかかってしまった。だから彼女は拗ねた顔をして、砂に座り込んで膝を抱えた。

「浴衣汚れちゃうよ」

 僕は彼女の隣に腰を下ろした。僕たちの裸足の足が並ぶ。
 膝を抱えている彼女の手を取って繋ぐ。拗ねた彼女の機嫌を取りたかったのか、もっと困らせたかったのか、自分でもわからないけど。

 小さい頃は、なんど手を繋いだか分からないほどだった。だけど、前回手をつないだのはいつだったのか思い出せない。
 そっと隣をうかがうと、くちびるをとがらせていた。
 緊張している時の彼女のクセだ。それでも手を引っ込める気配はない。
 指の間に自分の指を滑り込ませると、彼女は唇を噛んで息を止めた。それからかすれた声で聞いてきた。

「大丈夫かな?」

 全部を言わない彼女の質問の意味はよくわかる。僕たちはずっと、幼馴染の友だちだった。恋人になったらそのベースが壊れてしまうんじゃないかってことだ。
 キュッと手を握って引き寄せる。足指で彼女の素足にそっと触れる。

「これなら遠くない?」

 唇を寄せると、返事の代わりの彼女の吐息が漏れた。花火の音が祝砲のように耳に響く。

 立ち上がり歩き出した僕たちの後ろには、ふたつの足跡が並んで続いてく。ずっとずっと。


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