十一

文字数 760文字

 ミライが部屋に来て三ヶ月が経ち、季節はまた夏を迎えた。仕事には慣れたが相変わらずの肉体労働で、残業も多く、休日は殆んど寝ていた。ミライはオーディションを受けることも無く、レッスンも辞め、一日中部屋でゲームをしたり、テレビを観たりして過ごしていた。夜の居酒屋のアルバイトを辞めて、日中の仕事を勧めたが、夜の仕事は辞めたものの、その後、仕事を探そうとしなかった。素人劇団にも行かなくなり、友人との連絡も絶った。毎日部屋に引き篭もっている姿を見ていると、急に色褪せたように感じた。部屋は狭く、少しの物音でも目を覚ますようになり、寝不足を感じた。いつの頃からか、仕事が終わり、部屋でミライが待っていると思うと、これまでに感じたことの無い暗いものが心の中に顔を覗かせた。ほんの少し顔を出したその得体の知れない感情に、意識的に蓋をするようになった。すぐには帰宅せず、残業だと嘘を言って、新宿のファーストフードで本を読んだり、同僚と食事だと言って居酒屋で時間を潰した。心の中の古井戸から、何か得体の知れぬ邪悪なものが這い上がってくるようで、心が落ち着かなかった。部屋に帰れば、ミライが暇をもてあまし、腹を空かせた子供のようにして待っている。夏の夜に、額の汗が一気に噴出すのを感じた。この蒸し暑さと、狭い部屋の中での近過ぎる距離感のせいか、急に抱きつかれ、思わず、その手を払い除けてしまった。ミライの瞳に不安と恐怖が拡がった。
「夕飯は食べたの?」
「ええ、あなたが外で食べてくると言ったから、私、今日はお菓子で済ませちゃった」
「そんな食事ばかりしていたら、体を壊すよ」
嘘を隠すための裏返し。
「平気よ、これまでだってそうやってきたんですもの。それより、今度の休みに何か美味しいものでも食べに行きましょうよ」
 頷いた。また自分に嘘をついた。
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