~ACT2 変化~④
文字数 2,399文字
「その男は、どのように魔物を倒したのですか?」
ピューサの質問にほっとしたような表情を浮かべた女性は、自分の胸に手を当てる。
「不思議な力でした。胸がこう、あったかくなるんです」
そう言って微笑んでいる彼女の顔は、ふわふわとした少女のようだ。
「その後、モールでは何が起きたんですか?」
ピューサはさらなる質問を重ねる。その質問に女性は顔を曇らせた。
「魔物は少しの間、確かに出ませんでした。アダムの言った通り、私たちは安心して暮らせていたのです。アダムがそう言って旅立った後……」
女性はそこで一旦言葉を句切ると、まっすぐ前を向いてこう言った。
「怪事件が起き始めました」
女性を家の前まで送り届けた後、ヴァルリたちは少し早めの昼食を摂っていた。閑散とした店内のバルコニー席に座り、女性から聞いた話を整理していく。
「あのおばさんが言っていた『アダム』って、何者なんだろう?」
「それも気になるけど、降り際におばちゃんが残していった言葉もおかしいねんな」
「共通点は、色、か……」
リールの言葉に3人は黙り込んでしまう。
怪事件の被害に遭った人間には、青と白のものを身につけていたという、共通点があったそうだ。
しかし今回襲われた女性の格好は緑と青。
「なりふり構っていられなくなった……?」
ぽつりと落とされたリールの呟きに、黙っていたピューサが口を開く。
「どういう意味ですか?」
「いや、今回の魔物は『意志』でも持っているようだな、ってね」
「『意志』ですか……?」
ピューサは目を丸くした。
古来より魔物には意思や思考、思想や意志などというものは存在していないと考えられていた。そのため攻撃パターンも単純で読みやすい。多くの少年たちが魔物に対抗し得たのは、この単純な行動のお陰である。
そんなピューサの考えが伝わったのか、リールはピューサに曖昧な笑顔を向けた。
「これからどうするんだよ? リール」
ヴァルリからの問いかけに、リールはん~、と唸っている。
「今朝の魔物が姿を現さない限り、僕たちには打つ手なし、だからねぇ……」
飄々と言うリールに、ヴァルリはなぁんだ、と言って顔を背けてしまう。
「今まで真剣に何かを考えていたから、年の功でも発揮してくれるのかと思ったぜ」
リールに興味を失ったかのように昼食へと戻るヴァルリを見て、リールはあっ、と声を上げた。
「いいこと思いついた!」
リールに視線が集まる。
「魔物に僕たちを襲わせたらいいんだよ」
にこっりと笑って言うリールの話はこうだ。
先程助けた女性の情報を元にして、各自、白と青のものを身につけ、モールを陸路と水路に分かれて魔物の捜索を行う、と言うもの。
「でも、魔物くんもきっと、男だけのむさ苦しいパーティじゃ現れてくれないかもしれないからねぇ。ここは女性も必要だと思うわけだよ」
「女性?」
サミューの疑問の声に、リールは深く頷くとじっとヴァルリを見つめた。ヴァルリの背中に悪寒が走る。
このオッサン、絶対にろくなことを言い出さないぞ。
「ヴァルリちゃーん」
「な、なんだよ」
リールの猫なで声に、ヴァルリが身構える。
「やっぱり、この役はヴァルリちゃんにしか出来ないと思うんだよねぇ」
「だから、なんだよ!」
「んー? ヴァルリちゃんは、女装、ね?」
「はぁ?」
やっぱりだ。このオッサンは月日が経ってもろくなことを言い出さない。何故ここに来て女装をしなければならないんだ?
ふつふつと湧き上がる感情にヴァルリが耐えていると、
「いいんじゃないか? 襲われる確率も、女性の方が高いそうだし」
「ちょっと、ピューサ?」
「それに、聞き込みも出来るやろうしな」
「サミューまでっ?」
ピューサとサミューがリールの意見に同意するのに、ヴァルリは慌てる。
「ヴァルリ。まさかやらないとは言わないよね? モールの人々が助けを求めているのに」
決定打。
モールの人々を引き合いに出されて、ヴァルリはぐっと押し黙った。そんなヴァルリに、
「大丈夫や、ヴァルリ。お前なら、立派な女の子になれるで」
そう言ってヴァルリの肩に手を置くサミューを、ヴァルリはじとりと横目で無言のまま睨み付けるのだった。
それから1時間後。
4人はそれぞれ青と白のものを身につけていた。
ヴァルリはと言うと、長髪の金髪ウィッグをかぶり、頭の左右に小ぶりのブルーのリボンをしている。白のシンプルなブラウスに、青色のエプロンドレスを着用し、口にフリルのついた靴下、そして白のエナメルストラップシューズ。化粧はうっすらとしていたが、その目元は普段よりも睫毛の量が多い。
「凄いなぁ、ヴァルリ。誰がなんと言っても、可愛い女の子や」
「嬉しくない」
素直に感嘆の声を漏らすサミューに憮然と返したヴァルリだが、その女の子姿では様にならない。
「ヴァルリの準備も整ったところで、次は陸路と水路に分かれる訳だけれども……」
そう言うリールは、何がそんなに楽しいのか終始ニヤついている。その表情が余計にヴァルリのかんに障るのだった。
「みんなして、オレで遊んでないか?」
ふと込み上げてきたヴァルリの疑問には、沈黙という名の肯定が返ってくる。
(さっさと仕事終わらせて、こんなヒラヒラした服、脱いでやる……!)
ヴァルリはそう決心するのだった。
さて、陸路と水路の組み分けだが、サミューがヴァルリと水路を希望したため2人は水路でモールを巡ることが決まった。残ったリールとピューサは車で陸路を行くことになる。
「何か困ったことがあったら、笛で知らせること」
「笛?」
最後に言われたリールの言葉に疑問の声を上げるサミューに、
「君たちがいつも首から提げているソレ」
そう言ってリールはサミューの胸元を指さした。ヴァルリとリールは互いに顔を見合わせると、首にかけている紐をたぐり寄せる。その先端には小さな木製の笛がついていた。いつも無意識に常備していたものだ。
ピューサの質問にほっとしたような表情を浮かべた女性は、自分の胸に手を当てる。
「不思議な力でした。胸がこう、あったかくなるんです」
そう言って微笑んでいる彼女の顔は、ふわふわとした少女のようだ。
「その後、モールでは何が起きたんですか?」
ピューサはさらなる質問を重ねる。その質問に女性は顔を曇らせた。
「魔物は少しの間、確かに出ませんでした。アダムの言った通り、私たちは安心して暮らせていたのです。アダムがそう言って旅立った後……」
女性はそこで一旦言葉を句切ると、まっすぐ前を向いてこう言った。
「怪事件が起き始めました」
女性を家の前まで送り届けた後、ヴァルリたちは少し早めの昼食を摂っていた。閑散とした店内のバルコニー席に座り、女性から聞いた話を整理していく。
「あのおばさんが言っていた『アダム』って、何者なんだろう?」
「それも気になるけど、降り際におばちゃんが残していった言葉もおかしいねんな」
「共通点は、色、か……」
リールの言葉に3人は黙り込んでしまう。
怪事件の被害に遭った人間には、青と白のものを身につけていたという、共通点があったそうだ。
しかし今回襲われた女性の格好は緑と青。
「なりふり構っていられなくなった……?」
ぽつりと落とされたリールの呟きに、黙っていたピューサが口を開く。
「どういう意味ですか?」
「いや、今回の魔物は『意志』でも持っているようだな、ってね」
「『意志』ですか……?」
ピューサは目を丸くした。
古来より魔物には意思や思考、思想や意志などというものは存在していないと考えられていた。そのため攻撃パターンも単純で読みやすい。多くの少年たちが魔物に対抗し得たのは、この単純な行動のお陰である。
そんなピューサの考えが伝わったのか、リールはピューサに曖昧な笑顔を向けた。
「これからどうするんだよ? リール」
ヴァルリからの問いかけに、リールはん~、と唸っている。
「今朝の魔物が姿を現さない限り、僕たちには打つ手なし、だからねぇ……」
飄々と言うリールに、ヴァルリはなぁんだ、と言って顔を背けてしまう。
「今まで真剣に何かを考えていたから、年の功でも発揮してくれるのかと思ったぜ」
リールに興味を失ったかのように昼食へと戻るヴァルリを見て、リールはあっ、と声を上げた。
「いいこと思いついた!」
リールに視線が集まる。
「魔物に僕たちを襲わせたらいいんだよ」
にこっりと笑って言うリールの話はこうだ。
先程助けた女性の情報を元にして、各自、白と青のものを身につけ、モールを陸路と水路に分かれて魔物の捜索を行う、と言うもの。
「でも、魔物くんもきっと、男だけのむさ苦しいパーティじゃ現れてくれないかもしれないからねぇ。ここは女性も必要だと思うわけだよ」
「女性?」
サミューの疑問の声に、リールは深く頷くとじっとヴァルリを見つめた。ヴァルリの背中に悪寒が走る。
このオッサン、絶対にろくなことを言い出さないぞ。
「ヴァルリちゃーん」
「な、なんだよ」
リールの猫なで声に、ヴァルリが身構える。
「やっぱり、この役はヴァルリちゃんにしか出来ないと思うんだよねぇ」
「だから、なんだよ!」
「んー? ヴァルリちゃんは、女装、ね?」
「はぁ?」
やっぱりだ。このオッサンは月日が経ってもろくなことを言い出さない。何故ここに来て女装をしなければならないんだ?
ふつふつと湧き上がる感情にヴァルリが耐えていると、
「いいんじゃないか? 襲われる確率も、女性の方が高いそうだし」
「ちょっと、ピューサ?」
「それに、聞き込みも出来るやろうしな」
「サミューまでっ?」
ピューサとサミューがリールの意見に同意するのに、ヴァルリは慌てる。
「ヴァルリ。まさかやらないとは言わないよね? モールの人々が助けを求めているのに」
決定打。
モールの人々を引き合いに出されて、ヴァルリはぐっと押し黙った。そんなヴァルリに、
「大丈夫や、ヴァルリ。お前なら、立派な女の子になれるで」
そう言ってヴァルリの肩に手を置くサミューを、ヴァルリはじとりと横目で無言のまま睨み付けるのだった。
それから1時間後。
4人はそれぞれ青と白のものを身につけていた。
ヴァルリはと言うと、長髪の金髪ウィッグをかぶり、頭の左右に小ぶりのブルーのリボンをしている。白のシンプルなブラウスに、青色のエプロンドレスを着用し、口にフリルのついた靴下、そして白のエナメルストラップシューズ。化粧はうっすらとしていたが、その目元は普段よりも睫毛の量が多い。
「凄いなぁ、ヴァルリ。誰がなんと言っても、可愛い女の子や」
「嬉しくない」
素直に感嘆の声を漏らすサミューに憮然と返したヴァルリだが、その女の子姿では様にならない。
「ヴァルリの準備も整ったところで、次は陸路と水路に分かれる訳だけれども……」
そう言うリールは、何がそんなに楽しいのか終始ニヤついている。その表情が余計にヴァルリのかんに障るのだった。
「みんなして、オレで遊んでないか?」
ふと込み上げてきたヴァルリの疑問には、沈黙という名の肯定が返ってくる。
(さっさと仕事終わらせて、こんなヒラヒラした服、脱いでやる……!)
ヴァルリはそう決心するのだった。
さて、陸路と水路の組み分けだが、サミューがヴァルリと水路を希望したため2人は水路でモールを巡ることが決まった。残ったリールとピューサは車で陸路を行くことになる。
「何か困ったことがあったら、笛で知らせること」
「笛?」
最後に言われたリールの言葉に疑問の声を上げるサミューに、
「君たちがいつも首から提げているソレ」
そう言ってリールはサミューの胸元を指さした。ヴァルリとリールは互いに顔を見合わせると、首にかけている紐をたぐり寄せる。その先端には小さな木製の笛がついていた。いつも無意識に常備していたものだ。