第20話

文字数 955文字



 鳥居をくぐった一行が本殿の石段に足をかけた時、その声は聞こえた。

『この森の聖域に入るものは誰ぞ』

 誰何する声は、何十もの男女が同時に喋っているように重なり、森の空気にこだました。

 神社の境内という雰囲気が余計に畏怖を呼び起こし、全員の顔に緊張が張りついた――そのフリをする小夜は別として。

「ひぃ! 祟りかね!」

 余一が声をあげ、弱々しく車イスの影に隠れた。しかし治兵衛とキヌは最初の驚きから立ち直り、冷静になっていた。

「こりゃあたまげた……治兵衛さ、こいつはもしかして……」

治兵衛は静かにうなずいた。「あぁ、キヌさん。やっぱりだ。わしらを待っとってくれた。森の守り神じゃ」

 四人が注目する先、小さな社の少し開いた御扉から弱い光が漏れ始めた。さらに不思議なことに、どこからか格式高い調べが流れてきた。

 その音楽を聞いて小夜はひとりドギマギした。

(そりゃあ『何かを流して神聖な雰囲気を出せたら』って言ったけど、何で越天楽(えてんらく)なのよ! まるでお正月か結婚式みたいじゃない!)

 しかしそんな心配は杞憂に終わった。治兵衛が悪い足を引きずり車椅子から降りてきて、地面にひざまずいた。

「誉田の神さま、わしゃあ近くに住む治兵衛といいます。お供え物もなんも無しに来ちまったご無礼をお許しくだせぇ」

 続いてキヌが被っていたほっかむりを取り、治兵衛の横で手を合わせた。

「あたしゃ、キヌです。次兵衛さんとおんなじ村にずーっと前から住んでるもんです。あたしからもお詫びします」

『ふうむ。次兵衛、そしてキヌだな』

 ひれ伏す二人の信徒を前にして、誉田の神は先程よりも優しい声になった。

『献身的に我がもとに祈りを捧げに訪れる者たちか。結構、結構』

「なんか偉そう……」突っ込みを入れずに済ませられない小夜。

『その方も(こうべ)を垂れぬか!』

「さ、小夜ちゃんも頭下げなきゃバチが当たるよ!」

 余一か小娘の無礼に驚き、小夜の頭を後ろから強引に押しつけた。

「ハイ……神様モウシワケゴザイマセン」

『うむ、その最初からそのように素直に振る舞えば良いのだ』

 神は満足げにうなった。

(むっかぁぁぁ! 瀧のやつ、あとで覚えてなさい!)

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