第6話

文字数 2,152文字

 彼女の言い分では、『結婚すれば家族なのだから、何でも言える関係になって当然』とおっしゃるのですが、実の親子ならともかく、結婚したからといって舅姑と嫁・婿はあくまで他人、なかなかそうは参りません。

 どんなに盤石の関係性だと思っていても、ごく些細なことで簡単に崩れるほど、義理関係は脆いということを、先ず頭に置いておくべきなのですが、『嫁』の立場の苦労をした経験のない橘井さんには、それが分からないのです。

 挙句、反論できない相手の気持ちを汲み取ることが出来ず、『私はお腹にため込むのは嫌いだから』と、常に上から目線で暴言を吐き、本人だけがスッキリするという。

 かといって、反論しようものなら、『嫁(婿)の分際で、親に対する礼儀も知らないのか』と激怒するのですからたまりません。

 要するに、『姑』にするにはもっとも敬遠されるタイプであり、同居のお嫁さんに至っては、よく耐えていられると、周囲の誰もが敬意を払っていたほどです。

 とにかく干渉が酷く、お嫁さんやお婿さんは勿論、実の息子や娘からも引かれている自覚がなく、最近では新築の長女宅に上がり込んで、好き放題しているという専らの噂。

 そうして、とうとう同居する長男夫婦から愛想をつかされたのですが、話はそれだけではありませんでした。

「娘も、離婚することになりそうでね」

「そりゃまた、いったいどうして~?」

「あの婿は、前から気に入らなかったのよ。良い歳した男が、何かっていうと自分の田舎へ顔出して、みっともないったら!」


 娘さんのご主人は、自宅から車で2時間ほどの距離にある田舎町の出身で、主な地場産業が第一次産業であることから、若者の多くが進学や就職を機に都会へ出て行く過疎化が進む地域でした。

 娘婿さんの故郷では、古くから伝わる伝統的なお祭りがあり、彼も毎年参加していました。人間関係を重んじる土地柄に加え、過疎化で若い人が減っていることから、彼のようにお祭りの時期に合わせ、里帰りをするという方も珍しくないのだとか。

 見物だけならそのときだけの帰省で済みますが、参加するとなると様々な準備等があり、毎週末、最低でも1か月以上は通うことになります。

 そのことは、妻である橘井さんの長女も了解しており、子供たちもパパに同行していたのですが、それに対し、姑の橘井さんが苦言を呈したというのです。


「だからね、私、あの婿に言ってやったのよ! いい加減、そんな祭りなんかやめて、もっとこっちに時間を使えって!」

「婿さんのお里のご両親は~?」

「まだ元気で、むこうに住んでるのよ! 婿じゃ埒があかないから、直接むこうの親に言ってやったわ!」

「何て~?」

「『そちらは田舎だし、淋しいのは分かるけど、お宅の息子さんは、故郷を捨ててこっちの人間になったんだから、いい加減、子離れして貰わないと困ります』って!」


 その言葉に、思わず耳を疑った私。さすがに、これには葛岡さんのおばあちゃんもびっくりしたようで、橘井さんに尋ねました。


「で、むこうの親御さんは、何て~?」

「それが、聞いてよ! 『息子は、自分の意思でお祭りに参加してますし、子供じゃないので、親がとやかく言う筋合いではないと思ってますから。それに、そっちの人間と言われても、うちは息子を婿養子に出した覚えはありません』って言うじゃない!」

「へ、へぇ~」

「もう、あんまりにも失礼で腹が立ったから、私、返事もしないで電話を切ってやったわよ!」


 いったいどちらのほうが失礼なのか。少なくとも、彼は結婚してこちらに移り住んではいても、決して自分の実家や故郷を『捨てた』わけではないと思います。

 さすがに、この暴言には彼のご両親も怒り心頭で、長女には悪いけれど、今後は嫁実家と交流を持ちたくない旨、通告されたのだそうです。

 長女としても、義実家の言い分はごもっとも。ただ、話したところで通じる相手ではなく、本人には黙っているつもりだったのですが、子供たちが口を滑らせてしまい、橘井さんの知るところとなったのです。

 激怒し、娘婿に怒鳴り散らしたものの、うんざりした彼はとうとう自宅を出てしまい、今後も姑が勝手に来るようなら、二度と自宅には戻らないし、離婚も視野に入れていると言っているそうです。

 義実家からは責められ、夫には出て行かれ、実母は見当違いな怒りをぶちまけ、気の毒なのはとばっちりを受けている長女でした。

 そういう事情で、長女から合鍵を取り上げられてしまい、最近では、お昼間一人で暇を持て余している葛岡さんのおばあちゃんの所へ入り浸っていたのです。


「まあ、親も親なら、子も子ってことだわよ! だいたい、最近の若い人ってのは、年長者に対する敬意も常識もないんだものね!」

「確かに、最近の人は、そういうところが駄目になったねぇ~」

「葛岡さんも、お嫁さんにちゃんと教育しとかないと、どんどんつけ上がるから気を付けなさいよ!」

「それもそうだねぇ~。私たち年寄りがしっかりしないと~!」


 しばらく二人の動向を見守っていましたが、異様に盛り上がっている様子に、回覧板をお届けするのは奥さんか柊くんが戻ってからにしようと決め、家の中へ撤退しました。

 居間に戻ると、置きっぱなしの携帯に着信があり、見ると麻貴ちゃんからのメールでした。



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