第7話 空中の死闘

文字数 2,280文字

 一刻一秒を争う死中にいた。

 荒れ狂う暴風の中、怪鳥たちが右へ左へ上へ下へ。

 何かを振りほどかんと乱れ暴れて豪風がとぐろを巻く。

 竜を超えるといううわさ話もあながち嘘ではない程にとんでもない力。それが一つのロープの束につき20に枝分かれして10羽の怪鳥が担っている。怪鳥の語源は怪力の意味かもしれない。

 僕は辛うじて片手に結わえ付けたロープを逆に千切れんばかりに握りしめ、皮膚が擦れるのをどうにか軽減していた。それでも滲み出てくる血の量に切迫する命の危険を感じていた。

 自分のじゃない。彼女の。

 幸いにも本人の意識がないせいで体に抵抗した後がなく血の量は然程でもないが、首の骨はとうに折れているだろう。気道も潰れて、息をしていない。目も動いていない。伽藍洞のような両目に活動を停止した眼球が彼女の死期を告げていた。もうあと幾ばくも無いと。

 飛翔からまだ2分も経過していない。しかし、超速で飛翔し脳の血流が滞り、更に呼吸も止まっているとあっては、これはまさに一刻一秒。ただし無策でもない。

 僕はようやく彼女側のロープの一端を蹴り上げた足に引っ掛けた。そのまま、足に引っ掛けて第2工程が完了した。

 第一工程は僕の方の怪鳥のグループと、彼女側の怪鳥の連結である。クバリにばれないようにウォーケンに扮して予めロープに策を施してあった。二つのグループを見えないロープで繋ぐ策謀は即興で作ったボロ縄のためすぐに切れた。よって、飛び立って程なく両者は分かれて、どうしようもないことになるところを、僕が魔法を使ってどうにかするしかなかった。何度も言うが僕は魔法が使える。

 出来損ないのちゃちな魔法だが怪鳥の行く手に竜の幻影を作って軌道を逸らすくらいはお手の物である。

 僕が得意とする魔法の一つ、幻影の魔法は魔法の中でも特別高度と言われているが、僕はこれが特別得意なのである。

 軌道をある程度逸らしたあとは、同調が必要だった。

 今怪鳥たちは、同じ夢を見ている。行く手を扇動するように巨大な怪鳥が母鳥のように前を行き、ついてこい、と鳴き声をあげている夢だ。同調するように皆が足並みを揃えつつある。当初は、驚愕したのか、暴れ狂っていたが、徐々に安定してきて、ようやく彼女の方のロープに足が届いた。

 引き寄せる事に成功した僕は、幻影を維持したまま、

「ひぎぃぃぃぃぃい」

 一匹幻影が解けたのか、再び乱れた。

 その声で数匹が気付いて、拡散した。

 僕は僕側のロープを離し、そっちのグループと縁を切った。鳥たちが口から泡を吹きながら、彼方に向かって乱れ飛んでいく。視線を戻してすぐに幻影を彼女側の鳥たちに限定する。

 ロープを手繰り、ようやく彼女の身体に手が届いた。

「ごめん、もう少し待って」

 もう一刻一秒どころか死の匂いしかしない顔をしていた。

 唇が青く、顏から何から皮膚以外の色が浮かんでいる。

 僕はロープを伝い、彼女の首に結びついている、ロープの集結している箇所をナイフで削った。ロープは腐食していて凝固した血がこびりついていたが、そんなに切れない程じゃないのは、来る前にサンプルで確かめてある。しかし、ここは空の上。遮る力がなくて刃がうまく通らない。どうにか重力を使ってうまい具合に食い込ませ。

「もう少し、ああ」

 彼女の目から涙が零れていた。幻影かと思ったが違う。雨が降ってきた。

 身体が冷えたら一層苦行になる。

 僕は全精力をこめて最後の力を加えて切り離した。とたん、天地逆転。かと錯覚するかのように抜ける足先。支えがなくなり、力が下に一遍に降り注ぐ。でも感覚的には、上に飛翔している時と変わらない。しかし、かかる力は桁違いだ。

「さてと」

 落ちるまでに、堕ちるまえに、救命する。なにをするかなんてわかりきっている。僕は口笛を吹いた。

 直後、切り離してどこかに飛び立っていったはずの怪鳥が戻ってきた。怪鳥の狂気的な特徴と相反して彼らには同族意識が強い。自分たちの視点からは見えなかった僕たちが、今は死に体の仲間にでも見えているのだろう。何かに唆されて。

 僕がナイスキャッチと言うのと、彼らが嘴で僕の身体の節々を掴みあげるのは同時。

 流血を気にしている余裕もなく、少し時間にゆとりのできた僕は、彼女の意識を戻すべく、もう一つの魔法を使うことにした。

 治癒は僕が一番苦手とする魔法だったが、僕が苦手なのは対象が自分の場合だけだ。

 死に瀕している相手を治癒するのに、不安、も糞もない。

 やがて夜の帳がおりて再び夜空にあの笑う月が浮かぶ頃には、月夜の海の上、宙に羽ばたく怪鳥の群れと、僕のげっそりした顔と、彼女の寝息がゆっくりと宙にたゆたっていた。

「ごめんなさい」

 とりあえず不時着するまでは寝れない。不眠不休で寝ずの番をする僕の耳に、時折そんな言葉が断続的に聞こえてきて、僕はようやく少しまともな世界に戻ってきたような気がしていた。

 きっと全員があの二人みたいに、兵隊たちみたいに、故郷の奴らみたいに、大切な感情を捨てた人達ばかりじゃないってことを。

 自分ですら忘れていた心を取り戻すように、時折、あっちの彼女を思い出しながら、鳥の行方も操りながら、目指すは、その彼女のいる場所へ。

 レングランド大陸最大の国土を誇るライノーツ王国。僕自身の生まれた場所へ。

 愉快に笑う月に大事な感情を思い出しながら、寝ない程度に微睡んでいた。

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登場人物紹介

後々記載するにゃ

実は前に出した分を削除してしまったので再投稿にゃ

因みに吾輩は作中で喋る猫として登場するにゃ

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