第36話 最終種目

文字数 3,776文字

 テントに帰るとクラスの皆からすごい歓声が焔たちに注がれた。

「焔お前やばいな!!」
「流石はレッドアイを倒した男だぜ!!」
「次の種目も頼むぜ!!」

 正直、今まで体育祭で褒められた記憶なんてないから嬉しかった。

 そこに龍二が苦笑いで近寄ってきた。

「おおー!! 焔。お前やっぱすごいな。な、なあ……綾香……さん?」

 さん? 

 すると、綾香が龍二の後ろからのっそり出てきた。

「ええ。本当にすごいよ焔は。絹ちゃんおんぶして1位でゴールしちゃうんだもん。すごいすごい」

 顔は笑っていたが、その口調と雰囲気からはどこか物凄いプレッシャーを感じた。

 え? 怒ってる? 俺なんか悪いことした?

 焔は疑問に思い絹子の方を向く。

 それに気づいた絹子は焔に向かって腕を伸ばし親指を上に立て、グッドポーズをした。

 焔も胸元で小さく同じポーズをとった。


 だよな。俺ら何も悪いことしてないよな。


 2人のやり取りを見ていた綾香は更に燃え上がる。その圧を感じ取った龍二が綾香の肩を抑え込み、焔に一言。

「焔お前次、障害物競走だろ。は、早く行け!」

「お、おー」

 焔は龍二の必死さに首をかしげながら入場門の方に向かって行った。

 ホッと肩の荷を下ろす龍二。

(頼むからもう面倒ごとはよしてくれよ。焔)


 障害物競走。

 これは……と会長が説明してくれるらしい。


「会長……今回の障害物競走の説明お願いします!!」

「任せろ副会長!! まずはオーソドックスに平均台、そして網をくぐり、その後にピンポン玉をお玉に入れて指定された場所まで運ぶ。そして、跳び箱を飛んでからパン食いをしてゴールとなる」

「なるほど!! 皆さん頑張ってください!! ちなみに跳び箱の高さはどうなってるんですか?」

「男子は6段! 女子は4段だ! 最悪飛べずとも跳び箱の上に乗れさえすればOKとする!!」

「なるほど!! ピンポン玉を落とした場合はどおなるんでようか?」

「よくぞ聞いてくれた副会長!! 落とした場合……また初めの位置からピンポン玉を運んでもらう!!」

 会場はざわついた。

 これは1人だけでずーっとピンポン玉の所で立ち往生してしまうとすごく恥ずかしいな。慎重に行こ。

「さあそれでは早速始めたいと思います!!」


「位置について……よーい……」

 パン!!

 今回俺は4番目だからけっこうまだまだ時間があった。やっぱり皆ピンポン玉のところがネックみたいだな。落とすやつがまあまあいるな。あそこで落としたらもう1位は望めない。他で苦戦しそうなところは最後のパン食いぐらいか。

 そんなことを頭の中で巡らせていたら瞬く間に俺の番がきた。

「でたな!! 焔!! 今回は事前に知っていたからもう驚かんぞ!!」

「さあ今回はどんな姿を我々に見せてくれるんでしょうか!? 見ものです」

 2人のアナウンスで場が一気に沸き立つ。

 はあ……この2人のせいでもう下手なところは見せられなくなった。今回の体育祭は徹底的にマークされそうだな。全く。

 こんなことを思っている焔だったが、その顔は少し嬉しそうだった。

「位置について……よーい……」

 パン!!

 一斉に走り出すが、最初のスタートダッシュから1人抜きんでていた。

「早くも焔君1人躍り出ました!! 平均台も全くペースを落とすことなくクリアしていきました!!」

 早くも会場は興奮状態に入る。

「網も他の3組が入る頃にはもう出口に迫っています!! と、会長、今回はえらく静かですね?」

「フッ……もうこんなことでは驚かんからな。だが、勝負はここからだ!! いくら焔といえどもこの風が吹いている中、ピンボールを落とさずに行けるなんてこと……」

「お、お、お!! 落としませんでしたね……」

「……ハーハッハッハッハ!! これも計算のうちだ!! 私は最後の手を残していたんだよ!! 焔の行く先を見ろ!! 副会長!!」

 その言葉に副会長だけでなく会場の全員が注目する。

「次は跳び箱ですけど……あ、あれは!? 焔君の所だけ跳び箱が12段になっている!!」

 会場は歓声とブーイングの嵐に包まれた。

「ふざけんじゃねーぞ!!」
「そんなの不公平だろ!!」
「よくやった会長!!」
「会長最高!!」


「焔よ!! 飛べるものなら飛んでみろ!!」

 焔は真っすぐ跳び箱に向かって走って行く。

 はあ……会長度が過ぎてるだろ。だが、不思議と全然いける気がする。修行の成果だろうか、どれが出来てどれができないか。どれぐらいの力を入れれば、どんな風にやれば良いのか……そんなことが分かるようになった。この跳び箱も……

 焔は踏切板に勢いよく両足で踏み込み、そこから軽く蹴り上げるとスッと跳び箱の一番上までジャンプをした。そして、またまたスッとマットの上に着地した。

 固唾をのんで見守っていた生徒たちも焔が着地した瞬間、物凄い歓声を上げた。

 歓声鳴り止まぬまま、焔はパンを口で取りほぼ独走状態でゴールした。

「ゴール!! 焔君、独走状態でした!! いかがでしたか会長?」

「……ハーハッハッハッハ!! またしても焔にやられてしまった!! これはもう素直に負けを認めるしかない!! よくやった焔!! 面白かったぞ!!」

 会長が拍手を送ると、会場全員が焔に拍手を送った。

 焔も満更でない表情を浮かべる。

 ……今までで一番楽しい体育祭かも。シンさんには感謝だな。


 ―――「お疲れさん焔」

「ああ」

 焔はそう言って、龍二の横に腰を下ろした。

「大活躍だな」

「そうだな。あの会長は困ったもんだけど」

「ハハ。あの会長面白くて俺は好きだけどな」

「……俺も」

 そんなこんなで台風の目が終わり、借り人競争が始まった。

 借り人競争とは文字通り人を借りる。プレートにお題が書かれており、そのお題にあった人を借りてくる。お題は全て会長と副会長で決めたらしい。ろくなものがない気がするな。ちなみにこの競技には綾香と絹子が出ている。綾香は2番目で絹子が4番目だ。

 早速競技が始まった。

 皆一斉に伏せられたプレートに走り込み、お題を見るとテントの方に走ってきて声を上げる。

「今回のテスト学年ビリの人いますかー!!」
「自分こそ絶世の美女だと思う人ー!!」
「朝食に梅干し食べた人ー!!」
「犬飼ってる人ー!!」

 会場が笑いに包まれる。最初の2つのお題は会長だな。後の平凡なお題は副会長だな。

 意外にも2つ目のお題が一番最初に見つかった。ノリの良いブ……中々特徴的な顔の人だった。

 さあ勢いそのままで2回目が始まる。

 綾香はプレートをひっくり返す。

(もし好きな人なんて書かれてたらどうしよう……困っちゃうなー!!)

 期待を秘めた瞳でプレートを勢いよくめくる。

 "デブ"

 その言葉を見るや否や、見る見るうちに笑顔とはかけ離れた表情に変っていった。

 そのままテントに向かって呼びかけるのではなく、自分のクラスのテントに向かった。

「龍二、一緒に来て」

 暗い声で言う綾香とは裏腹に龍二は、

「お! 俺か! 早く行こうぜ!!」

 浮かれていた。

「なあ綾香? 何で俺なんだ? もしかして幼馴染とか!? 頼れるやつとか!? それとも……」

 そこで綾香は龍二の言葉を遮り、短く一言。

「デブ」

 さっきまで楽しそうな表情を浮かべていた龍二だったが、綾香と同様に表情が変わっていった。

「あ……そうすか……」

 1着だった。

 そして、4番目。絹子の番だ。

 プレートを見るや否や、真っすぐに焔の元に走って行った。

「焔君。一緒に来て」

「了解」

 一緒に走っている途中、焔は龍二同様に同じ質問をする。

「プレートにはなんて書いてあったんだ?」

「……教えない」

 教えないか……ま、良いか。

「お! 会長またあのペアですね!! なんて書いてあったんでしょう?」

「ハハハ!! 知っているが教えん!!」

「えー!? まあ生徒のプライバシーは守らなきゃならないですもんね」

「そういうことだ!! ハハハ!!(カップルなんておふざけ半分で言ったつもりだったが、これはこれは……)」

 それから、体育祭は大盛況の中、最終種目に入った。

 龍二は騎馬戦、ムカデ競争と大活躍だった。騎馬戦は赤組が1位、クラス対抗のムカデ競争と綱引きも1位となった。フォークダンスでは絹子とペアの時、どこからか物凄いプレッシャーを感じた。俺の勘違いだったのか? 

 そして、このままいけば赤組は優勝するかもしれない。更に、2年1組は全学年で一番点数を取った組としてグランプリをもらえる。このクラス対抗リレーで1位をとれば……

 1年のリレーが終わり、俺たち2年の番となった。

 流石にグランプリなんか目指していなかったが、ここまで来たらやはり夢見てしまう。

「位置について……よーい……」

 パン!!


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