第4話

文字数 2,269文字

「愛ちゃん来てくれてありがとう」

 到着してしばらくすると、おばあちゃんが車いすで出迎えてくれた。玄関が折り紙などの飾りつけで華やかに歓迎する。秋らしい穏やかな季節の色が散りばめられていた。

 ここは老人ホーム。私のおばあちゃんはここで毎日過ごしている。お父さんのお母さんだ。足腰が弱くなって歩けなくなってからは、私の住む地域の老人ホームに来てもらった。私とお父さんでは面倒を見ることは出来ない。だけど、心配だから、近くの老人ホームで過ごしてほしいと数年前にお願いをした。お金はほとんどおばあちゃんの財産で払ってもらっている。当時、自分のせいで財産を残せなくてごめんねと申し訳なさそうに謝っていたのを私は覚えている。そんなふうに、いつも家族の事を考えるおばあちゃんはとても優しい人なのだ。

 そして、今日もおばあちゃんは嬉しそうに私に話し始める。

「あら、大人になったかねぇ?少し顔つきがちごうとるで?」
「そんなことないよ、先週と同じ」
「そうじゃな、まだ子供じゃな」
「ねぇ、どっちよ」

 おばあちゃんからは、私がこの一週間でそんなに変わって見えたのか?と疑問に思ったが、見間違えたようだ。

「あら、愛ちゃんきたの?こんにちは」
「こんにちは、かよさん、さっきここへ来ました。お邪魔しますね」
「毎日来てくれていいよ、若いもんは見るだけで元気になるからねぇ」
「そんなに元気になるんですかぁ?」
「なるさ~」

 老人ホームでおばあちゃんと仲良しのかよさんも出迎えてくれた。遠方からきたおばあちゃんだったけれど、かよさんや周りの方たちがとても仲良くしてくれている。お友達ができて、いつも楽しそうに過ごすおばあちゃんに、私は安心している。この地域に連れてきて、よかったと思えるのだ。私はカキツバタのようなやわらかい笑顔のおばあちゃんが大好きなのだ。

「かよさんいつもおばあちゃんと仲良くしてくれてありがとうございます」
「なによ、こっちこそありがとうだよ」

「まぁ、二人でなにはなしおって?はやくこっちこられ、写真撮ってくれる言うとる」

「仲良くしてくれてありがとうって話だよ。写真?あぁ、私たちのね。撮ろうか」

 かよさんにお礼を言っている間に、施設の職員さんがおばあちゃんと私の写真を撮ろうと提案してくれていたようだ。せっかくなのでかよさんも一緒の三人で、秋の華やかな飾りつけをバックに撮ってもらうことにした。

「わたしもいいのかい?」
「もちろん。みんなで撮ろうよ」
「かよさんがおったほうが映えじゃもんな」

「どこでそんな言葉覚えたのよ」

「はーい、撮りますよー」
「ハイチーズ」

――――カシャッッ

 最近の若者語を口にされ、思わず突っ込んでしまう。私のおばあちゃんはとても若い。正しくは若い事が好き。どんな事にも興味を持ちすぐ行動に出る。八十九歳なのに頭もよく回る。きっと若い新しい刺激がボケない秘訣なのだろう。若者言葉の使い方はいつも合っているわけではないけれど、しっかりと最近の言葉の記憶はできている。

 職員さんに見せてもらったカメラの画面には楽しそうに笑う三人が写っていた。

「愛ちゃん良い笑顔じゃ」
「ほんと?おばあちゃんもだよ」
「沢山な、わろうて過ごすのが長生きの秘訣。愛ちゃん、わろうて過ごされよ」 

 おばあちゃんに言われ、考えてしまう。私は最近いつ笑っただろうか。家も学校も笑えるところがない。だから、おばあちゃんといる時間だけが心から笑っていられる時間なのかもしれない。

「じゃぁ、たくさんここに来るよ」
「こられ」
「うん、来る」

 その後は、とてもかわいい犬がいたとか紅葉の綺麗な場所のお話とか、おばあちゃんが喜びそうな話を二時間ほどして、帰ろうとした。

「もうお昼過ぎだ。そろそろ帰るね。おばあちゃん、また来週会おうね」

 いつもと同じようなセリフで、私は帰ろうとする。すると、おばあちゃんは寂しそうな顔で言った。

「ひとりで背負わんで、たまにはわたしに吐かれよ」
「おばあちゃん、困っていることはないよ。大丈夫だよ」
「ほんまか?(まさ)のことで困っとることあるんなら言われよ」
「無いよ、心配ないって」

 困っていることなどない。困ったってどうにもならないことを困ったって無駄だから。だから、私は困らない。できることへ進むしかないのだ。

 おばあちゃんには笑顔でいてほしいから。いつも笑顔でいろんなことを話していたいから。だから、どうにもならない事など話そうと思わない。

 おばあちゃんはお父さんと私が二人暮らしになってから、私が辛い思いをしていないかずっと心配をしている。(まさ)とはお父さんのことだ。自分の息子のせいで、困っていないかとっても心配してくれているのだ。

 大丈夫だよおばあちゃん。

 私は強いから。

「また来るね」
「元気でな。無理せず、ぼつぼつじゃ」
「はーい!」

 私はまた来週来ると約束をして、温まった心を保ちながら帰りたくない家へと足を動かす。

 私は春から自由になれるのだ。

 困ってなんかいないのだ。

 そうやって、自分の心に話しかけながら秋の冷たく鋭い空気から守り抜く。

 そして、今日もまた重たく苦しいドアを開け、同じ景色の中で過ごす。

「春からは自由、もう少しの我慢」

 私は春から社会人になるのだ。自分で働いたお金で好きなことが出来る。ひとりで自由に暮らせる生活になる。

「困ることなんてない」

「自由になることが出来るのだ」

 私は春が待ち遠しくて仕方がない。きっとこのもやもやした生活は今だけなのだ。春になれば桜の開花と共に、素敵な世界に変わるのだ。

 あと少し、我慢すれば自由なのだ。
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